第82話:複雑な感情
ガルダスの言葉は、その場にいた全員を驚かせた。ヴェルネルとセーヴェルが来ている。アイレは突然のことで意味を理解できずにオウム返しのように口を開いた。
「ヴェルネルとセーヴェルが来てる……? どういうことだよ?」
「お前たちに会いたいと来ている。何かの罠だと思うが、シンドラについて急を要するとのことだ」
「たったの二人でか? 怪しすぎる」
フェローが怪訝そうな顔をする。
「舐めやがって、ロックたちの仇を取ってやる。 どこだ? あたしがあいつらの顔面にぶち込んでやるよ」
「罠……確かにそうとしか思えんの」
「なんで……」
グレースがいきり立ち、インザームとフェアが顔をしかめる。
「私は……話を聞きたいです。二人はどこにいるんですか?」
アイレの後ろから、アズライトが食い気味に叫ぶ。なりふり構わず、ルチルのことが心配でたまらないといった様子だ。
「北門の外で待たせているが、確かに二人しか見えねぇ。こっちの魔法使いに調べさせたが、周囲に魔物や魔力の気配はないらしい。皆いきり立ってるが、俺が止めてる。もし殺すならお前たちの力が必要だ」
「殺すなら? 決まってる。 そんなの悩む必要なんてない。あたしに任せろ。一撃で仕留めてやる」
その言葉でアイレは拳を握りしめると、唾を飲み込んだ。グレースの言う通り、こんな絶好のチャンスはない。
「ちょっと待ってください、シンドラについてということは、レムリさんやルチルの居場所もわかるかもしれないんですよ。殺してしまってなにも情報は得られません。それにその話だと、やはり仲間割れしているんでしょう」
「……あたしだって二人は大事だ。でもそんな見え透いた罠に引っかかるほどバカじゃねえ ついさっき騙されたばかりだろ お前も考えろよ!」
「考えてますよ。――あなたはただ復讐がしたいだけでしょう」
「何だ!?」
グレースが勢いよくアズライトの胸ぐらを掴むと、急いでインザームとフェアがやめろ、と止める。どちらが正しいのか、聞くべきか、殺すべきか。
「私も話を聞いてみたいです。何か手掛かりが得られるかも……」
「……反対だな。シェルの件もある。ここで逃す手はない」
クリアは賛成の意を示したが、フェローは意見を曲げなかった。ついさっきの出来事が、全員の脳裏に過る。
「あまり時間がない。攻撃を仕掛けるなら、急いで準備を整えなきゃならんぞ」
「アイレ……どうするの?」
ガルダスが追うように声をかけ、フェアがアイレに顔を向ける。
「……話を聞いてみよう。けど、グレースやフェローの言う通り罠の可能性は高い。だから……いつでも”殺せる”ようにしてからだ。もし、何かおかしな挙動を見せたら
俺もすぐに戦う」
その言葉で、全員がしっかりと覚悟を決めた。ガルダスが皆を案内する間に、グレースは急いで北門の塔へ向かった。
魔力が回復したクリアは、自身とフェロー、そしてアズライトに姿を消す魔法をかけた。近くで待機して、すぐに戦える準備をしておく。
ヴェルネルが嘘をついているかどうか、それを見分けるために、アイレ、インザーム、フェアが直接話を聞くことにした。今は敵だとはいえ、ヴェルネルことを誰よりもよく知っている3人だ。
罠だとわかれば、もしくは誰かが何か怪しいと感じれば、独断で行動してもいいと決めた。
ガルダスは手練れの魔法使いを配置させ、フェローは念のため冒険者たちに周囲を警戒させた。
アイレが北門に到着したとき、視線の先にはヴェルネルとセーヴェルが立っていた。二人とも砂を避けるためか、黒いマントを身に付けている。それがまた怪しさを際立たせている。
「俺はあいつらを油断させるため、ここで待機しておく」
ガルダスが手前の橋で止まると、クリア、フェロー、アズライトが姿を消しながら、一定の距離でアイレたちに着いて行く。
これなら、アイレたち3人しか姿は見えない。
塔の上ではすでにグレースが弓を構えている。弦はピンと張りつめていて、二本の指を放すだけで、ヴェルネルの顔面に渾身の矢をぶち込める準備をしていた。
アイレが北門の橋をゆっくりと渡る。視線の先のヴェルネルの顔が段々と鮮明になってくると、その顔がなぜか懐かしく思えた。
レムリのことを見た後だからだろうか、そんな感情を抱きながら、いつでも殺せるように魔力を漲らせた。
何の用だ? アイレが口を開こうとした瞬間、ヴェルネルの口が先に動く。
「アイレ、久しぶりだね。それにインザームとフェアも」
何とも言えない感情が渦巻いた。最後に会ったのはエルフの集落以来で、約一年。
「何の用だ? ヴェルネル、お前わかってるのか?」
もうやめにしないか、そんなことをつい口走りそうになり、抑えた。
「レムリは元気だったか?」
「……シンドラに攫れたんだぞ! お前の仲間だろ!」
「僕が命令したわけじゃない、それに生きていたことを知ったのもつい最近だ」
「そんなの信じられるか! なんで俺たちを呼びつけた? 返答次第では、今すぐに殺す」
アイレは武器は構えていないものの、威嚇するには十分な魔力を漲らせた。ヴェルネルの横で静かにしていたセーヴェルの体がピクリと反応する。黒いマントが少し動き、その小さな動作を見逃さず、塔の上にいるグレースの指が少し開く。
フェローたちも同様に警戒した。
だがそれ気づいたヴェルネルが、セーヴェルの前に手を出すと、
「――レムリとルチルというエルフについて」
そして、
「二人はいまどこかで魔力を吸い取られているはずだ。鉄箱の力で」
「……シンドラは誰かを生き返らせようとしてるってことか?」
「違う。鉄箱は高等な魔法を詠唱するための必要な術式を省くための装置で、蘇生魔法はその一つに過ぎない」
「じゃあ、何を企んでるっていうんだ」
ヴェルネルは少し間をあけて、
「レムリの身体を乗っ取り、そして魔族に転生することで、最強の力を得ようとしている」
ずっと黙っていたインザームが口を開く。フェベルの言葉「五百年前の種族戦争」を思い出す。
「やはりそうか、あやつはこの世界に復讐を忘れておらんかったのだな……しかし乗っ取る魔法など聞いたことがないぞ……」
「……私は……知っているわ。古代禁忌魔法の一つの憑依術よ。フォンダトゥールに聞いたことがある」
「そんな……そうなるとレムリは? レムリはどうなるんだ?」
アイレが喚くようにヴェルネルを問い詰める。
「人格は消え失せる。レムリの記憶もすべてこの世からなくなるんだ。そうなれば……もう蘇生することもできない。だから僕はここへきた。
レムリの強さは僕がよく知ってる。あの強さで魔族になればもはや誰も勝てない。世界は完全にシンドラが牛耳ることになる」
「……てめぇだって同じことをしてるだろう!」
ヴェルネルの言葉にアイレが突っかかる。胸ぐらを掴んで、体を覆っていた黒いマントが剥がれ落ちる。そして、
「お前……なんだよこれ……」
to be continued




