第65話:葛藤
アイレ、フェア、グレースはロンの拙い地図を頼りに、ラコブニーク王国へ向かっていた。
この周辺は砂砂漠が続いており、歩くたびにサラサラとした砂が足にまとわりつくため、歩行もままならず
太陽は容赦なく3人の体中の水分を奪いとり、気力も消し去っていた。
普通であれば、このあたりに生息するラクダのような動物に乗って移動するらしいのだが、あいにく魔王軍が攻めてきてから
食料不足により……ということである。
手持ちの食料も底を尽きかけており、水はフェアが空気中の水分を魔法で精製していたが、それも体力を使うらしく、グレースとアイレにせがまれてはイライラとした態度を見せていた。
二日で着く予定が、もうすでに三日も経過している。
「なぁ……フェア」
「いやです」
「ねぇ……フェアちゃ~ん」
「いやです」
何度も繰り返されたであろう水魔法を欲しがるやり取りは、まるで漫才のコントのように見える。
「も~駄目だ~! 休憩しよ~!」
「そうだな。ここらへんでちょっと休憩しよう」
グレースが膝をついて、砂砂漠に項垂れる。アイレもそれに続く。
「あのねぇ……。私だって疲れてるけど、ここは魔王軍がいつ攻めてくるのかわからないのよ? イフリートを倒したことは、すでにシンドラから
ヴェルネルに報告を聞いてるだろうし、こんなところで攻められたら終わりよ」
休憩は悪いことではないとフェアもわかっているが、あまりにも回数が多いのと、この後に起こる出来事を予想していた。
「とりあえずこれで一旦! な!」
「ひゅ~ひゅ~! フェアちゃんのちょっといいとこ見てみたい~!」
まるで学生の悪ふざけのように、フェアを躍らせようとしているが、逆効果にも思える。それでも、二人は続けてフェアにお願いをしていた。
「……水の精霊よ、この者たちに身を捧げたまえ」
生前、レムリが武器として所持していた杖と踊るように魔法を詠唱した。アイレたちは手持ちの竹で出来た水筒を置いて待機しており
そのあとすぐに空中から水が水道の蛇口のように溢れ出てきた。
それをすぐに確保しながらも、アイレとグレースは交代で水をがぶがぶと飲む。
「さいこだーーー」
「かみさま~~~」
「ちょっと……私のも残しておいてよ」
グレースが仲間になってから、3人は苦しくも楽しい旅を過ごしている。ロックはどんな時も楽しく生きろとグレースに教え込んだ。事実、ロックは笑いながら死んでいった。
それを体現するかのように、グレースはどんな時も楽しそうに生きている。
一方でアイレは眠れない夜を過ごすようになっていた。魔王軍が活躍するということは、ヴェルネルが世界を侵略しているということ
しかし、それはレムリが復活するかもしれないという相対する感情も持ち合わせている。予知によって生きている可能性があると知ってからは更に複雑な想いがあった。
なぜならレムリが生きていた場合は、ヴェルネルは全く無意味な殺人を犯し続けているのだから。言わずとも、フェアとグレースは気付いていた。それでもグレースはロック達の仇を討つために
揺らぎようのない信念を持っている。
フェアは……揺れていた。
「どうした? フェア、飲みな」
アイレが自分の竹の水筒を満タンにしてフェアに渡す。
「あ、うん。ありがとう」
アイレも葛藤はしているが、ヴェルネルを殺す覚悟で止めると決めている。それはフェアもわかっていた。しかし、自分は本当に殺せるかどうかわからない。大好きなヴェルネルが
どれだけ罪を犯し続けていたとしても、すべてはレムリのため。他種族撲滅運動を扇動したのも、シンドラのせいなのかもしれない。全部、シンドラがいなければ。
そんな想いを抱えたまま、フェアは誰にも言えない悩みを抱えていた。
3人は休憩を挟みつつ、ラコブニーク王国の姿が確認できる近くまでようやくたどり着いた。アイレが訪れた国とは比較にならないほど大きいと外壁がそれを現していた。
「でっけぇ……。ロンが言うには、魔王軍の抵抗を退けている唯一の国らしいが、俺たち入れるのか?」
「いざとなれば、この私がお色気で~」
「まぁ、大丈夫でしょ。念のため、レグニツァ国で一筆お願いしてたから」
フェアはどこからともなく綺麗な封筒を取り出した。
「さっすがフェアちゃん~。アイレみたいな猪突猛進とは違うのよね~」
グレースがフェアを抱きしめる。身長差が違うすぎるため、グレースの胸のあたりにフェアの頭が当たる。
「やめなさい……」
ラコブニーク王国は東で最大の規模を誇る。それには明確な理由があり、この周辺は、ほとんどが干ばつ地域にあたる。
しかし、ラコブニークは周囲と比べてよく雨が降る。そのため、人口が集中し、結果として商人がこぞって集まると
いつのまにか輸入の拠点として使われはじめた。利益が生まれると王国はさらに潤いをみせ、東で最大の王国を築いた。
また、君主制(一人の支配者が統治する国家形態)が存続していることでも有名で、軍事力はオストラバ王国をも凌ぐと言われている。
「ふむ、確かにこの印はレグニツァ国のものだな。しかし…‥」
ラコブニーク王国の門兵が首を傾げながら、アイレ、フェア、グレースの姿を見ていた。一筆の内容はレシュノがアイレ達の実力は確かなものであり
魔王軍の対抗しうる傭兵で、なおかつ身分を証明すると直筆でサインをしている。
門兵はこの地域の独特な服装をしていた。銀色の甲冑、ではなく、茶色の布をいくつもを組み合わせた肌着のようなものに、頭をすっぽりと覆うことができるフード。
靴は履いておらず、足がむき出しになっている。
「実力ねぇ……」
3人は砂でぼろぼろに汚れた服を着ていたことで門兵の心証を悪くしていた。さらには子供にしか見えないアイレとフェア(実年齢は不明)とスタイルはいいが
同じく子供のグレース。
実力は確かなもの、という記載が逆に怪しさを助長してしまっていた。魔王軍が東で暴れている今、この時期の入国は観光では怪しく、傭兵が最適だとフェアは考えていた。
無論、冒険者ギルドの身分証も同時に提示しているので、疑われるものの断れることはないと確信はしている。
「この国の往来は初めてか?」
「はい、そうです」
フェアが答える。
「一つ注意しておくが、魔王軍のせいで今はこの国は誰もが気が立ってる。傭兵は歓迎だが、くれぐれも面倒を起こさないようにしろよ。
冒険者ギルドは街の真ん中に立ってるから、宿が決まったらすぐに報告してくれ」
門兵の言葉通り、3人は入国するとすぐそれを理解した。よそ者か?と言わんばかりに、市民がアイレ達をじろじろと眺めてくる。レムリのことを調べようとしていたが
なかなかに幸先が良いとは言えない。
ラコブニーク王国も、モジナと同じく土を固めた煉瓦で壁を作っているが、木材で作られた伝統建築の家屋も並んでいる。これは国が幾多の戦争でも破壊されれることなく
街が健在していることも表している。他国と比べ、貧しい層と富裕層が明確に分かれており、その差は甚だ大きい。
またここには城がなく、宮殿に国王が在住している。明確な違いは城は敵襲を防ぐために作られているが、宮殿は住居である。
3人は市民の視線を横切りながら、まずは冒険者ギルドへ向かった。




