第64話:転生
「どういう事ですか? あなた一体何歳なんですか?」
アズライトがファベルの突然の告白に驚いた。長寿のエルフを凌ぐ種族は未だかつて存在したことはない。
「いいえ、私は――」
「魔族だよね」
ルチルが沈黙を破ってファベルの言葉を遮った。五百年前の話しから、ずっと口を開かずに
何かを考えている表情をしていた。
「はい。よくわかりましたね」
「あなたの魔力は凄い違和感があった。なんだか変だなって思ってたけど、やっぱりそうだったんだ」
ルチルは普段とぼけているが、真剣な時になると口調が変わる。まるで人格が変わったかのように大人びた瞬間が垣間見える。
「まさか……転生術を?」
「そうです。私は……五百年前の種族戦争の際に鉄箱を使って転生術で魔族に生まれ変わりました。見た目は変わりませんでしたが、中身は魔族です。
ダークエルフの命と魔力を生贄にすることで、強さを手に入れようとしたのです。ですが、獣族の私の器では魔族の魔力は耐え切れなかったのようで、長寿の命を得ることはできましたが
魔法は逆にまったく使えなくなってしまいました」
転生術は能力が高い種族から低い種族になるのはそこまでの力を使わない。ただ、デメリットは甚だ大きい。インザームは寿命を大幅に縮めている。
獣族から魔族、ヴェルネルのように人間から魔族になるには途方もない犠牲が必要になる。
「当時は鉄箱を使って魔族と人間の混血を作ろうとさえしていましたが、その研究はあまりにも人道的ではないとさすがに途中で断念することになりました」
「もしやそれもお主も関わりがあると?」
「いいえ、私はそれには関与していません。さすがに、他人の命をどうこうするのは私の倫理に反します。戦争が終わり、私は生き抜くことができましたが、長寿はあまり嬉しいことではありません。
親しい友人や愛する人もこの世にいなくなり、私は生きる目的を失いました。長い間、放浪生活をしていましたが、数百年前に私はここの王に見初められ、それ以来ずっとこの国で暮らしています。
ここでは魔法の使えない私も安心して暮らせます」
「ルチルもここで暮らせるのかな?」
「ええ、あなたのような可愛い子なら歓迎してくれると思いますよ」
ファベルは出会ってから一番の笑顔でルチルに優しく言葉をかけた。オストラバ王国では満足に外も歩けないルチルにとって夢のような国なのかもしれない。
「お言葉は嬉しいですが、私たちは鉄箱を奪った犯人としてオストラバ王国から追われている立場になります。その罪を晴らすにはヴェルネルとシンドラの鉄箱を回収しないといけません
それに、このまま放って置いてはいずれこの国にも彼らはやってくる」
「ええ、それはわかっています。ですが、ジスティ王国は自ら動くことはないでしょう。この国の法律は、自衛しか認められていませんから」
「ファベルよ。色々とすまぬな。最後に……レムリが生きているということを予知した人物がいるのじゃが、それは知らぬか? ワシらはもしかすればこの国にいるのかも知れぬと思っておったが」
「勿論、大魔法使いレムリの事は存じていますが、この国にはいないと断言できます。ただ、気になる点があります」
「気になる点じゃと?」
「シンドラがレムリの命と魔力を鉄箱で回収していたのであれば、既に魔法兵器として完成していた可能性は高いです。それも考えると……シンドラはヴェルネルとレムリを殺害しようとしたが
何かしらの理由で失敗に終わった、と考えられます。ヴェルネルと共に行動しているのも、それが関係しているのかもしれません」
ファベルの見解によると
シンドラはグラドノで鉄箱を奪い、証拠隠滅のために街を壊滅させた。しかし、空になった鉄箱の補充が必要になったため
ヴェルネルとレムリの命と魔力を奪おうと、人間を騙してレムリ討伐作戦を決行した。だが、それは失敗に終わったため、ヴェルネルを騙して鉄箱の補充を続けている。
証拠の裏付けは何もないが、ファベルの言う通りであればレムリはまだ生きていることになる。フォンダトゥールの予知も考えると、やはりその可能性は高いと考えた。
「オストラバ、ジスティでもないとすると……アイレくんが向かっているラコブニーク王国にもしかすれば……」
「ヴェルネル達が東から攻めておるのも、何かしら関係をしてるかもしれぬな」
ファベルがアズライトの言葉を聞いて、
「ラコブニーク王国ですって!?」
目を見開いて大声で叫んだ。ファベルから嫌な雰囲気が漂う。続けて、
「五百年前、鉄箱を使って魔族と人間の混血を作ろうと率先していたのは……ラコブニーク王国の権力者たちとその王よ」
ファベルのその言葉と同時に、アズライト達は、フォンダトゥールの最後の言葉『彼女はどこかとても大きな国に縛られている』を思い出す。
とてつもなく嫌な予感が襲う。
「……これは間違いなく無関係ではありませんね。私達も急いでラコブニーク王国へ向かいましょう」
「そうじゃな……。ファベル、本当に色々とありがとう。助かったぞ」
「ファベルさん、ありがとうっ!」
「いえいえ、お気をつけて。良ければ、私が作った武器をいくつかお渡しします。あなた達の手助けになるといいけれど……」
ルチルは予めマーキングしていた街の外に転移魔法を出現させた。向かうはラコブニーク王国。
「それでは、色々と助かりました」
「またねーっ!」
「インザーム、あなたが英雄殺しと指名手配をされてから、私はずっと無実だと信じていました。それなのに……何もしてやれなくてごめんなさい」
「気にするな。また、お酒でも飲もうぞ」
アズライトとルチルとインザームは転移魔法をくぐり、その場を後にした。




