第62話:ファベル
「はい」
ドアが開くと同時にファベルの姿が見える。この時、アズライトは予想外の出来事で更に固まった。
◇ ◇ ◇
「そういえば伝え忘れておったわ……」
インザームが何かに気づいて頭を叩く。
「んっ? どうしたのおじいちゃん」
「ファベルはドワーフではないということを……」
◇ ◇ ◇
ファベルは「ジェアン」と呼ばれる珍しい獣族で身長は190cmを超える。風貌は人間と酷使しているが
その力は他種族で類を見ないほど強い。繊細な手さばきも必要な鍛冶屋を生業としているのは、ジェアン種族で世界広しといえども、ファベルだけである。
なお、本人曰く趣味とのこと。
また、男性は筋肉質で大柄、女性は豊満な身体が特徴的で、頭の上に猫耳のような愛くるしい形状が付いているが、触っていいのは生涯を伴侶として認められた相手であり
他者が触ることは相当失礼に当たる。
そしてファベルは――女性である。
「ええと、あなた達は?」
大きくはだけた豊満な胸と高い背にそぐわないほど、綺麗な声と丁寧な言葉で
ポルンカことアズライトと門兵を不思議に眺めた。墨色のズボンがすらりと長い脚を強調している。上半身の布の面積は少ない。
「こんにちは、私は門兵のラスです。あなたのご友人である、ポルンカさんですが、お知り合い……ですよね?」
アズライトはなんとかインザームの遣いだということを証明するため、時間を稼ごうと門兵の前に出ると
無理やりファベルに握手を求めた。
「やあやあ! お久しぶりです! いやー! 聞いていた通り綺麗な街に綺麗な家だ!」
ファベルは自分の記憶を辿りながら、愛想笑いをしたが、会ったことがないのだから思い出せるわけがない。
「……ええと、」
何かを言いかけたとき、アズライトは小さな声で『インザームの遣いです』と素早く伝えた。ファベルは察したように
門兵に丁寧に挨拶をすると、扉を閉めてアズライトを招き入れた。
「いやー! すみません! 実は私もびっくりびっくりで!」
すぐに切り替えができなかったようで、まだ心の中はポルンカだったが、失礼と何度か咳き込んでから
アズライトに戻った。
「……驚かせてすみません。インザームの遣いでここへ来ました。あなたがファベルさんですね? てっきりドワーフだと……」
「いえいえ、私を初めて見る人は良く驚かれるので。大変なことになっているのは知っています。それに魔王軍についても」
ファベルは丁寧にアズライトを奥まで誘導すると、綺麗なティーカップに紅茶をいれはじめた。家の中には綺麗な花が沢山飾っているが、似つかわしくない剣や斧
鎌や杖も飾っていたりするところから、鍛冶屋をしているのは本当のようだ。それにアズライトは武器に視線を泳がせながらも、
「私はアズライトと言います。ええと、――先にインザームを呼んでもよろしいでしょうか? 私の大切な友人であるエルフも一緒ですが」
「勿論ですよ。……ここへですか?」
ティーカップに紅茶を注いだとき、アズライトは心の中でルチルを呼んだ。それから数秒立たずに、ファベルの家の中に時空が歪むほどの黒い転移窓が出来上がり
二人が窓から現れた。
衝撃で少し花が倒れそうになったが、アズライトがそれをそっと防いだ。
「久しぶりじゃの、ファベルよ。綺麗になったのぅ」
白い髭をワシワシと触りながら、インザームは恥ずかしげもなく言った。ルチルは簡単な自己紹介をした後『わー綺麗ー! といいながら、家の中を動き回っている』
「どうかしら? あなたは……変わらないわね。あの時のままだ。この魔法は……?」
「これはこのルチルの魔法です。驚かせてすみません」
「面白い……ですね。おそらく術者の魔力を感知してそこへ移動するための窓を開くのかしら?」
ファベルはルチルの魔法を一目見ただけで誰よりも理解した。
「……ええ。あなたは魔法にも造詣が深いようですね」
これにはアズライトも驚いたが、あまり多くは話さなかった。ベラベラと魔法の秘密を喋るほどアズライトはバカではない。
「ファベルよ。お主に聞きたいことがあるのじゃ。多くの武器、そして魔法、そして世界を研究してきたお主の知恵を貸してほしい」
インザームがここへきたのには理由が二つある。まずはレムリの行方。そしてオストラバ王国でアズライト達に奪取された”鉄箱”の秘密だ。
他人の魔力を吸収することから、蘇りに関係していることは間違いないが、あれから何の手掛かりも掴めていない。ァベルは鍛冶屋としての多くの武器を手掛けてきた。
魔法についても詳しく、何か知っているかもしれないからだ。
そしてインザームも大切な旧友でもある。
「というと?」
「少し話が長くなるが良いか?」
インザームは出来るだけわかりやすく、ファベルに今までの出来事を話した。特にレムリの居場所と鉄箱について知っていることはないかと
強く念押しした。
ファベルは静かにインザームの話しを聞きながら、ルチルに暇をせせないようにと冷蔵庫から美味しいケーキを引っ張り出してテーブルに置いた。
「なるほど……。あなたなら多少なりとも関わっていると思っていましたが、むしろ渦中にいるみたいね。残念ながらレムリさんの事は知らないわ。この国に
私も深く関わっているけど、そんな話は聞いたことがない」
「ふむ……やはりそうか」
ジスティ王国は広いこの世界の中でも非戦争を掲げており、争いごとを嫌う。勿論、攻撃をされれば別だが。ファベルのような色々なことに長けている人物が多く滞在しており
その勢力はオストラバをも凌ぐとされている。
「ファベルさん、レムリさんの事はとうことは、オストラバ王国の”鉄箱”については知っているということでしょうか?」
アズライトがファベルの言葉尻を捉えて話の間に入る。
「どうでしょう。そもそも、あれはオストラバ王国にあったものなのに、どうしてあなたは知らないのかしら?」
「返す言葉もありません……。私は……あの国ではあまり良い立場にありません」
「あなたの事を思い出しましたわ、アズライト・シュタイン。隣にいるのがエルフのルチルですね。騎士の名を剥奪されたのは本当だったんですね
通りでまぁ、純粋な魔力をしていると思いましたが」
「ルチルっ! 有名人っ!」
「どうか教えてくれぬか?」
「そうね……。なら転移魔法について教えてくれる? 包み隠さず、すべて。勿論、私は他言はしない。知的好奇心を満たしたいだけですから」
アズライトはその言葉に少し戸惑い、ルチルを見た。転移魔法については特殊な魔法である。クリアの消滅魔法、シンドラの転移魔法同様で
秘密を話すのは危険を伴う。
自分のことではなく、ルチルの事を心配した。しかし、
「アズアズ、大丈夫だよ」
ルチルは嬉しそうにケーキを平らげてから、転移魔法の説明を包み隠さず話そうとした。




