第60話:勝利
「やらせねえよ」
「――な、なに!?」
クリアの魔法で姿を隠していたコポルスカが現れ、窓の中にいるシンドラに向けて剣を振った。油断していたシンドラは腕に手傷を負い血が飛び散る。激痛で悲鳴を吐きながら、すぐ窓を閉じる。
「あいつを!」
コポルスカが遥か上空から落ちてくるアイレを見て叫んだ。イフリートの右翼を切り落としたのはいいものの、同じく急降下している。
「私に任せて!」
クリアが再び、風の魔法を詠唱しようとした――
「人間如きがああああああああああああ!!!!」
イフリートがバランスを失って空中で急降下しているにもかかわらず、クリアに向かって炎の玉を投げつけた。コポルスカが急いでシェルとクリアを掴んで離れたが、
クリアが詠唱を止めざる得ない。アイレはぐんぐんと地面に近づいていく。
――どうする!?
アイレの脳裏に過去の記憶が蘇る。巨樹で窓から落とされたとき、アイレは短剣を木にめり込ませ落下速度を軽減させた。
――何か、何かないか!?
急降下しながら周囲を見渡すが、建物は近くにない。――その時、遠くから等間隔で放たれた矢羽根の風切り音がアイレの耳に届いた。
「これは、グレースの魔法の矢!?」
アイレは空中で上手くバランスを取りながら、魔法の矢から視線を離さず、自身の下を通る瞬間に足で踏み身体を回転させながら、一本また一本と乗り繋いで
落下速度をを著しく低下させた。
少しでもタイミングを間違えれば、身体に突き刺さり死んでしまうが、見事な集中力をみせた。
一方でイフリートはそのまま地面にたたき落とされた。大きな轟音と共に砂埃が俟い。まるで爆発音のように街中に鳴り響くと、その後すぐに
アイレも地面に落ち砂埃が俟う。
「アイレ!!!」
「アイレくん!」
シェルとクリアが同時に叫んだ。そして――
砂埃の中から、アイレは無事に現れた。
「ふぅ……。死ぬかと思ったぜ……」
身体中に魔力を漲らせ、グレースのおかげでアイレはなんとか生還した。そしてイフリートを眺めた。
「マジで化け物だな……」
アイレの言葉の通り、イフリートの咆哮が聞こえた。
「貴様ら、きさまら、キサマラ!!!!!!!!! よくもやってくれたナァ!!!!!!!!」
右翼を失い、身体中にもダメージを負っているにも関わらずまだ魔力を漲らせる。
再びアイレは戦闘態勢を取る。
「人間人間人間人間、ニンゲンニンゲンニンゲンのブンザイで!!!!!!!」
イフリートは理性を失い、鋭い牙と涎を垂らしてアイレに突進してきた。その横にシェルが並ぶ。
「アイレ、一緒に」
「ああ」
二人で同時に剣を構えた。
「オマエラなんぞに! マケはないノダアアアアアアアアアアアア!!!」
イフリートが攻撃を繰り出す前に、アイレとシェルは向かって走り出した。それから直前で左右に分かれ、イフリートの攻撃を避けながら右腕と左腕を瞬時に落とした。
「何だ、なんだ、ナンダアアアアアアアアアアアア!? 私は、わたしは、ワたしは、コウケツノマゾクなのだ!!!!!」
渾身の魔力を込めて、イフリートは自爆するかのように体中を膨れあがり、赤く光り輝いた。
「シェル!」
アイレが叫び、シェルが、
「アクアの仇だ」
イフリートの首を一刀両断した。傷口から炎が吹き出ると、そのまま倒れて死亡した。その様子をロン達は地下道から這い出て遠くから見ており
歓喜の声をあげた。
それを千里眼で見ていたシンドラが、使えないヤツめ。と、舌打ちをしながら転移魔法は使わず逃げるようにその場を離れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大丈夫じゃないかな。転移魔法は万全な状態でないと詠唱もできないと思う」
イフリートを倒し、シンドラの姿が見えないことを警戒していたアイレをクリアが安心させた。
「そうか……」
その言葉でアイレは警戒を解いた。エルフの森の集落でシンドラが極力戦闘に加わらなかったことは、怪我をすると転移魔法が詠唱できなくなる恐れがあった。
「ふぅ~。こっちも終わったよ。ちょっち、怪我したけど大丈夫だった。そっちも……おつかれさん」
グレースとフェアが大型の魔物を残さず止めを刺してから合流した。魔物は相当な数だったが、息が切れている様子はない、
「さっきはありがとう、グレース。助かったぜ」
「何か、ご褒美もらおうかにゃ~」
伝説のイフリートを倒し、大型の魔物を討伐したにもかかわらず、まだ戦えるアイレ達を見て、コポルスカが、
「君たちは本当に凄いな。今までの非礼を詫びたい。だが、どうやってそれほどまでの強さを得た?」
賛辞を送り、素直な疑問をぶつけた。フェアが、
「えーと、”あの日々”を思い出したくないからやめて……」
とタメ息をつきながら答えると、アイレとグレースの顔も恐怖で顔が歪んだ。
それから、ロン達も何人かの兵士を連れて合流した。
「本当にありがとうございました。私たちだけではとても敵いませんでした……。これからどうされるんですか?」
ロンの言葉にアイレが、
「俺達はヴェルネルを探してる。それと、ラコブニーク王国へ行きたいんだ。今どうなってるかわかるか?」
「ラコブニーク王国ですか……、この東で一番大きな国ですからね。魔王軍と唯一対等に渡り合えているとききました。まだ紛争が続いてるとも聞いていますが、詳しいことはあまり……」
「そうか…‥。ありがとう」
「そこへ何しに?」
「探してる人がいるんだ」
一週間前、フォンダトゥールが寿命で亡くなる前、レムリが大きな国に縛られていると言葉を残した。言葉の真意はわからないが、レムリが生きていれば
ヴェルネルを止める事ができる。また、ヴェルネル達がレムリを蘇らせていないことも、関係しているような気がしていた。
この世界で大国と呼ばれる国は三つ。一つ目はアズライトの祖国である、オストラバ王国だが、そんな話は聞いたことがない上に、ヴェルネルとシンドラも気づいていなかった事も考えると
可能性は低いと言わざる得ない。
そうなると、残りは二つ。西の果てにある、ジスティ王国と東のラコブニーク王国だった。
インザームは元々、西のドワーフ国出身ということもあり、そのあたりの土地勘があった。また、信頼できる古い友人もいるらしく、それを伝手にしてなんとか情報を得ようと
アズライトとルチルと共に向かった。
東はヴェルネル達の侵攻により危険を伴うが、アイレ達はそれでも良いと、ラコブニーク王国へ。
そのためにはプンクヴァ山を越える必要があり、レグニツァ国でユークと対峙した。
もう一つ、インザーム達と離れたのには大きな理由があった。インザームの英雄殺しの汚名はヴェルネルが蘇ったことで晴れたかに思えたが、魔王軍と仲間と思われる可能性も十分にあった。
そのため、まだインザームは表に姿を現すことは危険と判断した。更にアズライトとルチルもオストラバ王国から”鉄箱”を盗んだことで追われていたため、二手に分かれたということだ。
「俺たちはラコブニーク王国へ向かう。シェル達やコポルスカはどうするんだ?」
「ロン達とこの国の市民を連れて、レグニツァに戻る。この様子を説明すると、再びこの土地へ来ることは軍事上難しいだろう」
「僕とクリアは冒険者ギルドの命令で東へ来た。魔王軍の侵攻次第だけど、ラコブニーク王国には行けないと思う……。せっかくアイレ達と会えたのに、手伝えないかもしれない」
シェルは申し訳なさそうに、なおかつ丁寧にアイレを気遣った。
「大丈夫だよ。俺には強い仲間がいるから」
それからすぐ、コポルスカはロン達と大勢の市民と共にモジナを離れた。アイレ、レグニツァで待ってるぞ、と別れ際にコポルスカが放った言葉がアイレは嬉しかった。
この戦闘で体力を消耗しすぎたアイレ達は、もぬけの殻となったモジナで一晩を過ごすことにした。ロンが家を自由に使ってくださいと言ってくれていたので
久しぶりにシャワーを浴びた。
シンドラにやられたクリアの左腕はかなり重症だったが、自己治癒能力を魔力で高めて方法があり、数日でおそらっく治るとのことだった。さすがは天才少女とシェルが冗談を言うとクリアに頭を小突かれた。
アイレ達はその日、ありものの食材で久しぶりに楽しい食卓を皆で囲い、それからすぐにぐっすりと眠りについた。
次の日、フェロー率いる冒険者御一行がモジナに到着する予定だったが、何時までたってもその姿を現すことはなかった。
tobe continued




