第59話:真の姿
イフリートは人間から真の姿へと形を変えた。背中から翼が生えると共に、魔力量もぐんぐん上がっていく。
それに気づいたアイレが、
「フェア、グレース! 俺はシェルの援護にいく! ここを任せてもいいか?」
危険を察知して作戦を変更しようとした。
「ええ、大丈夫!」
「あいよ~! あたし達も、できるだけ急ぐ!」
大型の魔物の攻撃を全員が綺麗に避けている。3人もまた、この一年間で相当な努力をしていたのだ。
一方でイフリートが真の姿に変身しようとしている隙を大人しく待つほど、シェルは優しくない。追撃をしかけるために急いで距離を詰めた。
「ぐぁっがぁっぎぃがぁっ!!」
イフリートは普段、人間の姿で過ごしている。これには理由があり、魔力量の消費を抑えるためと、一定の知性を保つためヴェルネルに禁止されている。エルフの集落での変身はまだ辛うじて理性が残っていたが
完全なる真の姿になると、自身が敵と見定めた相手を絶滅させるまで決して止まることはない
つまりはシェルとクリアの魔法を侮らず、なりふり構わずこの勝負に命をかけているとも言える。また、その変身の隙を守るかのように
遠くでシンドラが手助けをしていた。
自身は遠くで姿を隠し、まるで千里眼のようにイフリートの姿を覗いている。シェルの追撃のタイミングで、窓で魔法をくぐらせ、遠距離からイフリートを360°覆うように物理障壁を詠唱して防ぐ。だが
すぐさま、クリアはシェルの後方から「魔法消滅!」と叫んだ。
攻撃を防いだ物理障壁が、数秒とかからず消滅する。それを見たシンドラは、
「な、なんなのよあの魔法!? 魔法物理学も何もかも否定してる……」
賛辞とも取れる言葉を吐いていた。しかし、シンドラが時間を稼いだことで、イフリートは真の姿に変身することができた。。先ほどと比べると体躯は3倍以上に膨れ上がっている。身体中に至るところに、炎が燃え盛るように立ち昇っている。
「ちぃ。これが30年前も以上に世界を壊滅させようとした魔族――」
イフリートはまるで獣のように不敵な笑みを浮かべ、涎を垂らしながら天高く咆哮した。その声は耳に響き、痛みすら感じる。地下道にいる、ロン達もその声を聞いた。
「グァアアアアアアアアア! まさかこんなにも早く、この姿になろうとはな!」
再びイフリートは咆哮すると共に、翼を広げて大きな音を立て空高く舞い上がった。あまりの高さにシェルの攻撃はとても届かない。
――くそっ。あんなのどうしたらいいんだ。
空の優位性はイフリートも理解しているようで、遥か上空から炎の玉を投げつけた。それはヴルダヴァ同様、無数の矢に分裂すると
シェルの逃げ道を完全に防いだ。
「くたばれ! 愚かな人間!」
一つ一つが高密度の炎の魔法で具現化されている。
「シェル! 私が! 魔法消滅!」
クリアは自分のすべきことを理解していた。シェルもまた、クリアを信頼していたため、例え逃げ道がなくとも怯えは一切ない。再び、消滅魔法を詠唱しようと――
「まずはあなたからよ」
シンドラが転移魔法で、クリアの後ろに突如現れた。漆黒の窓から、魔力が帯びた黒光が伸び、クリアの背中から心臓を突き破ろうと一撃を狙った。決して油断していたわけでないが、シェルを助ける隙を狙ったシンドラの不意打ち。
「――クリア!」
だが、そこでアイレが神速で現れ、クリアの背中を押した。衝撃で吹き飛んだが、間一髪のところで事なきを得た。しかし、左腕に致命的な怪我を負ってしまった。
「大丈夫か!?」
アイレが倒れたクリアに駆け寄り、傷を確かめる。シンドラは舌打ちをして転移魔法をすぐに閉じた。
「ありがとう、アイレ。でも……この怪我だと、魔力を練るのがすぐにはできない。シェルを……お願い」
クリアの魔法消滅はとんでもない威力を誇る反面、繊細な魔力調節を要する。超音波のように寸分たがわず魔力をぶつけることで、”魔法を打ち消す”。それ故に、本人が大きなダメージを負ってしまうと
詠唱そのものが難しいというデメリットが存在した。
炎の魔法の矢を放たれたシェルは、なんとか剣で切り刻んで事なきを得たが、全身に傷を負ってしまった。傷口が炎で瞬時に焼かれて激痛を伴う。顔は苦痛に歪んでいるが、その瞳はまっすぐ上空にいるイフリートを見ている。
――どうしたらいい。あんなに高く……いや、諦めるな。アクアの仇を……俺は取る。
そのシェルの横を、
「待たせた。――あれが真の姿か」
アイレがクリアの肩を持ちながら現れ、天高く舞い上がっているイフリートを眺めた。
「アイレ。――どうしたらいい? とても攻撃が届かない、フェアやグレースが来るまで時間を稼ぐか?」
「大型の魔物を討伐するために、二人とも全力を出している。まだ時間がかかりそうだ」
イフリートは理性を失ったとしても、空の優位性を理解しており、降りてくる気配がない。
「俺に考えがある。――シェル、クリア」
イフリートは先ほど比べものにならない炎の玉を精製した。次は両手で二つも。シンドラも理解しており
同タイミングで攻撃を仕掛けようとしていた。
神出鬼没のシンドラの攻撃と、ヴェルネルをも凌駕しうる絶大な魔力量を誇るイフリートの同時攻撃。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
イフリートは再び咆哮すると、炎の玉を投げつけた。一つ目は分裂して炎の矢となり降り注ぎ、もう片方はその後ろを追撃するように大きな火の玉のまま。さらにシンドラも転移窓を開いた。
同タイミングで攻撃を合わせるために。
「今だ!」
その瞬間、アイレが叫んだ。
シェルが力いっぱい空に向かって剣を横にして振り、その剣の腹に乗るように、アイレはジャンプした。
――ぐっ!
アイレを運ぶように剣で空に向かって押し上げ、そのタイミングでアイレは「神速」詠唱して空高く舞い上がった。それでもまだイフリートは遥か上空。続いてクリアが、
「風の息吹!」
アイレを身体を風の魔法で更に押し上げた。物凄い速度でぐんぐんと高く舞い上がっていく。アイレの目前に炎の矢が迫ってきたが、それを魔力の込めた短刀で切り裂き
更にはその背にある大きな火の玉も一刀両断した。大きな炎の玉は分裂し、左右に分かれた。
アイレはその勢いを落とすことなく、イフリートまで到達すると、翼をの右翼を切り落とした。
「――なっ! 貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
イフリートはバランスを失い、下降していくのは明らかだった――
が、シェルとクリアがアイレを手助けした隙を見逃さず、転移で後ろに現れた。黒光を伸ばし――
「まずはお前達だ」
二人を殺さんとしたとき――
「やらせねえよ」
ずっと姿を隠していたコポルスカが現れ、転移魔法の窓の奥にいるシンドラに剣で一太刀を浴びせた。腕に傷を負い、血が飛び散り苦痛でシンドラは顔が歪んだ。




