第52話:諦めない心
フェアの高まり続ける悪意に満ちた魔力にセーヴェルとユークも気づいた
「な、なんだあれは!?」
「あれは……やばい! 砕け散れ!!!」
セーヴェルはすぐにフェアに魔法を放ったが、直撃する直前で弾けとんだ。フェアの目は赤く充血して我を忘れて魔法の詠唱を止めない。アイレもヴェルネルも全ての人間を巻き込む程の魔力が漲っていく。
「……シンドラ!!!! 彼女を止めろ!」
ヴェルネルは大きな声で叫んだ。シンドラは表情を変えずにフェアの横に瞬間移動すると、オストラバ王国で奪い取った鉄箱をフェアに向けて、聞きなれない呪文を唱えた。
すると、不思議な事にフェアの体から溢れかえっていた魔力が煙の様に吸い込まれ、フェアは気絶したかの様に倒れ込んだ。
「魔王様、彼女の魔力と生命力があればレムリを蘇らせる事が大幅に早める事ができると思います」
シンドラは倒れたフェアを見ながら驚いた顔をした。
「……シンドラ。出来るだけ痛みがないように頼む」
ヴェルネルは少し思いつめた顔をしたが、すぐに決断した。
「了解しました」
そういうと、シンドラ再び鉄箱を向けようとしたが、その間にアイレと腹部から流血しているロックが守る様に前に立ちふさがった。
「フェアになにしやがる! いい加減にしろ。こんな犠牲の前に永遠の平和なんてありえない!」
「……もう誰もやらせねぇぞ……てめぇらは許さねぇ……」
アイレはダンジョン武器の反動で体中に痛みが走っている。ロックは今にも死にそうな目をしている。
それでも、フェアを守ろうと二人は力を振り絞った。
「……いいか。アイレ。僕達がいた世界を思い出せ。あの平和な日本でも過去に大きな戦争や血みどろの紛争があったのは知っているだろう。しかし、それを本当の意味で気にかけていた奴は何人いた?
平和な世界が作られてしまえば、悪ですら過去になり正義となる! 数百年もすれば殆どの人間が犠牲なんて記憶から消される。 君も僕と同じ魔族になり永遠に近い命を得れば想いは変わるはずだ。僕もできるだけフェアは殺したくない
最後のチャンスだ。返答次第では君の命も糧になってもらう」
ヴェルネルは本心でアイレに訴えた。心から理解してほしいと願っていた。
「……わからねぇよ! 俺だってレムリに会いてぇ。出来る事なら、ヴェルネル、お前と3人でずっと楽しく生きていたい。だが、死体の上で作られた平和な世界で幸せに生きる事なんてできねぇ!」
「……そうか。残念だ」
ヴェルネルは長考してから静かに囁いた。アイレとロックは最後の力を振り絞って剣を構えた。その時、上空からイフリートが降りてきた。
近くにはイフリートが召喚した魔物が大人しく待機している。
「……エルフ達は全滅させました。魔王様、この人間の処遇はどうしますか」
「グレース!!!!」
「……ロ、ロック……」
ロックが血だらけのグレースを見て叫んだ。まだ微かに息があるだが、それも時間の問題に見えた。
「アイレ、君ならどうする? この人間の女とフェア。どちらを助けたい? この世界は選択の連続だ。 君の様な偽善では誰も救えない。 どちらかを助けてやる」
ヴェルネルの突然の発言にアイレは固まった。グレースかフェアか。答えれるわけがない。
「答えなければ二人を殺す。それがお前の正義ならそれでもいいだろう」
「……待て。俺を殺せ。グレースは助けてくれ……」
ロックが流血している腹部を抑えながらヴェルネルに懇願した。
「ロック……ダメよ……」
グレースが静かに涙を流した。
「アイレ。この男のほうがお前よりこの世界の仕組みを理解している。犠牲が無ければ助けられないんだよ。わかるか? 誰かを救うのには等価交換が必要だ」
ヴェルネルはそう言い放つとグレースの体を掴んでロックに投げ飛ばした。
「最後のお別れさせてやろう。受け取れ」
ヴェルネルはグレースの体をイフリートから剥がすとロックに軽々と投げつけた。ロックはそれを受け止めた。
「グレース!!!」
「……ロック……」
「アイレ、君には失望した。いや……僕が間違っていたんだ」
ヴェルネルはそう言いながら、右手の掌を翳して魔法を詠唱しはじめた。
「これは僕が払う最後の犠牲だ。アイレ、フェア、そして人間達。君達の命は無駄にはしない。レムリを蘇らせ、世界を永遠に平和にする為の糧となってもらう」
「……黙れ! 何が犠牲だ! ヴェルネル、お前は全てを正当化して現実に目を背けているだけだ――」
アイレはそう言い放つと魔力を漲らせて地を蹴り距離を詰めて、ヴェルネルの首を一刀両断できる程の剣速で切り付けた。
赤い線が一筋走ったが、シンドラがすぐにアイレの体の動きを魔法で止めた。
空中に浮きながらまるで吊るされるようになり制止したアイレをヴェルネルが再び蹴り倒してロック達へ吹き飛ばした。
「ぐはぁっっ――」
「……悪足掻きはよせ。所詮、人間の力で魔族には勝てない。……さらばだ、アイレ」
ヴェルネルは冷淡な目つきのまま巨大な魔法を放った。皮肉にもアイレといつも拳を合わせていた右手で。
――ちきしょう!!
放たれた魔法は黒と赤の二色で渦巻きながらアイレ達に直撃して大きな轟音と共に砂埃が周囲に俟った。
だが、その前にアイレ達の横に”あの時と同じ”次元が歪み大きな穴が開いていた。それにヴェルネル達は誰も気付かなかった。
「……シンドラ、回収してくれ」
ヴェルネルはシンドラにそう言い放った。しかし、徐々に砂埃の霧が晴れると高密度の魔法防御に覆われたアイレ達の姿があった。
浮遊した小さな金色の長い髪の女の子が両手でシールドを展開していた。その隣には長い剣を構えている男と大きな斧を抱えている小さなドワーフがいた。
「あっぶなーーーーいっ!」
「お久しぶりです」
アイレは小さな声をあげながら驚いた。この世界に来て初めて戦った相手であるルチルとアズライトがそこに立っていた。
「ルチル……アズライト……」
そして
「アイレ。見違える程、強くなったようじゃな」
インザームがそこに立っていた。大きな斧を構えて、写真で見た時と同じ装備をしていた。
アイレは驚いて大きな声で名前を叫んだ。
「……インザーム!」
tobe continued




