第40話:監視
アイレとフェアがベレニ街を出国してから既に四日が経過していた。目的地は東の森にあるエルフの集落。
フォンダトゥールという人物に会う為に向かっていた。
手元にあった食料は既に底を尽きており、道中で鹿や兎の様な動物を食べながら飢えを凌いでいた。東の森へ向かう際に近道が出来るとの事で二人は
山に登っていた。
アイレとフェアはあれから多くの魔物と遭遇した。ゴブリンやオークといった従来の魔物のみならず
フェアも知らない魔物も出現し始めてた事もあり、なかなか思うように前に進めないでいた。
「お風呂に入りたい……」
「俺はベットで寝たい……」
更にここ数日はちゃんとした食事も取れてらず、睡眠時は片方が起きて交代で警戒もしないといけない事もあり、精神的疲労と肉体的疲労は限界を迎えようとしていた。
そんなアイレとフェアを崖の上から品定めするように見ている5人がいた。それぞれ武器を携帯していて、動きやすい恰好をしている。
「勉強の時間だ。あのガキ二人についてどう思うか」
顔に縦筋で一直線に切られたような古傷がある男が4人に向かって言った。
貫禄があり、40代前後に見える。
「男は……剣士か? 女はよくわからないな」
「ガキなんて余裕だろ。俺一人でも大丈夫だ」
「強そうには見えないけど……。子供とはいえ油断はできないなぁ」
ガッチリとした体格と、やせっぽっちと、お腹が出ている男3人が答えた。
「グレース。お前はどうだ?」
最後に残ったグレース呼ばれた女の子はアイレとフェアをじっくりと眺めてから
「この山を登ってるって事は魔物に遭遇しても二人で対処出来る自信があるから。という事は相当な使い手な気がする。
年齢は16-17ぐらい。男が剣士で女は……魔法使いかな。魔力の揺らぎがそんな風に見える」
アイレとフェアをよく観察して言った。特徴的な青い髪と背中には矢のない弓を背負っている。アイレやフェアより小さく
「グレースの言う事が正解だ。ワイズ、ミット、クルーク、フルボ、お前らはもっと観察眼を磨け」
顔に傷のあるロックと呼ばれた貫禄のある男が言った。
「ほー大したもんだ」
ガッチリとした体格のワイズが
「けっ。俺は一人でもやれるぜ」
やせっぽっちのミットが
「うーん。そう言われると強く見えてきたかも」
お腹が出ているフルボがそれぞれ言った。
「お手並み拝見だ」
アイレとフェアが魔物を対峙する所を遠くで見ながらロックが嬉しそう言った。
その一方で、魔物と遭遇したアイレとフェアは
「――変な液体を出すぞ! 気を付けろ!」
花の形をした魔物の攻撃を避けながら愚痴を吐いていた。切れ味のいい花びらの刃を飛ばしたり、口の様な所から
地面が抉れる程の酸を出す攻撃を繰り出す。なかなかに厄介な相手であった。
「炎で包め」
フェアは平然と焦らずに花の魔物を焼け払っていた。腕にはページから褒美として頂いた魔法のブレスレッドが輝いている。
「あちち! おい――フェア! 俺まで焼け死ぬ所だったぞ!」
アイレの横で花の魔物が燃え上がり、その火の粉がアイレに飛んで服を少し焦がした。
「ちゃんと――避けないのが――悪いのよ!」
二人はお互いに軽口を叩きながら、簡単に魔物を駆逐していた。それを見ていた崖の上の連中は
「……。思った以上だな」
ロックはアイレとフェアに賛辞の言葉を放っていた。先程まで軽口を叩いていた男3人は静かにアイレとフェアの動きを見て黙っていた。
「ねぇ、ロック! あの女の子の腕のブレスレッド! 今夜はお肉だ!」
グレースは嬉しそうにフェアを見ながら指を指した。
「ああ。グレースよく気が付いたな。あれは見た所かなり値打ちもんだ。お前等、仕事の時間だ」
ロックがそういうと、ワイズ、ミット、フルボ、グレースは一言も発さず魔力を抑えて気配を消した。
アイレとフェアが視線に気づかないまま山を下り始めた時、先のほうから少女の悲鳴が聞こえてきた。急いで駆けつけると
10歳ぐらいの小さな女の子が手にバケットを持った状態で尻餅をついていた。
女の子の視線の先には二足歩行の狼の魔物が立っていた。両手は鋭い爪が光っていてそこから魔力が漲っている。アイレは
直ぐに少女を守るように前に立つと、短剣を構えた。
狼の魔物はアイレが視界に入って警戒したのか、すぐに距離を詰めてこようとはせずはぁはぁと息を荒くして様子を見ている。
「来ないならこっちから――いくぜ!」
アイレは直ぐに距離を詰めると首を狙ったが、狼の魔物は首を反らして避けた。隙を出したアイレに間髪入れず魔力で漲らせた爪で攻撃をしようとしたが
それをフェアが直ぐに魔法を詠唱して炎の攻撃を放つと、狼の魔物はそれを爪で切り刻んだ。
「――強い」
「――強い」
アイレとフェアは同時に囁くと緩んでいた気持ちを引き締めた。アイレが前に出てフェアが後方でカバーするのが二人のベストの戦い方だが
狼の魔物はそれに気が付いているのか様子見から一転、距離を詰めて爪を突き出してフェアを狙った。
「――物理障壁!」
フェアは急いで詠唱した魔法で魔物の攻撃を防いだ。 遠目でアイレとフェアを見ていたロックと呼ばれた男はそれを見て皆の動きを止めた。
「――大丈夫かっ!」
アイレは後ろから剣を振り下ろしたが、まるで背中に目があるように躱した。少女はまだ尻餅をついたまま、怯えていた。
――この子が狙われるとまずいな。
「――フェア! 早めにカタをつけるぞ!」
アイレは少女に狙いが定められる前にリスクを背負ってでも、決着を急いだ。 無防備に前に出て、狼の魔物の爪を剣で止めると
フェアに声をかけた。
「――俺ごとやれ!」
「――知らない――わよ!」
フェアはアイレの背中を狙って一直線にの炎の魔法を詠唱した。アイレは背中に熱を感じた瞬間に狼の体を登る様に蹴り上げて高く跳躍した。
狼の魔物はアイレが目隠しとなって魔法が見えず、そのままフェアの炎を食らうと悲鳴をあげてたじろいだ。
「――じゃあな」
アイレは高く跳躍した後、急降下しながら狼の魔物の脳天に短剣を突き刺した。 そのまま大きな悲鳴をあげると、魔物は炎に包まれながら倒れた。
「へへー。 さっき思いついた俺とフェアの連携攻撃だ」
「……あなたいつか死ぬわよ……」
アイレは笑いながら、フェアは飽きれていた。すると尻餅をついていた少女が
「あ……。助けて頂いてありがとうございます!!!!」
二人にお礼を言った。バケットから山菜が零れており、まだ10歳ぐらいに見える。白い服と黒いスカートで清潔感はあるが
良家の出には見えない出で立ちであった。
「お礼は……その山菜でどうだ?」
アイレは目を光らせながら決め顔で言った。
「……バカ。ねぇ、立てる?」
フェアはアイレを冷ややかな目で見た後に、少女に手をかした。今までのフェアなら他者との関わりは極力避けていたが、アイレと出会ってから変化していた。
「す、すいません! 山菜取りに夢中になって気が付いたら……」
「少し前から魔物が活発化してるから、あまり外に出ないほうがいいわよ。家は……近くなの?」
「はい! カナリアって言います! 近くにあるフルト村に住んでいます! あの……あなた達は?」
「私がフェア。あのバカがアイレよ」
フェアが少女に優しく言った。
「誰がバカだ! って限界だ……」
アイレはお腹が減りすぎてよれよれと倒れながら悪態を吐いた。
「あ、あの……山菜で良ければ家で用意しますよ!」
「行こうフェア。早く行こう」
「あなたね……。申し訳ないと思わ――」
自分の言葉を遮るようにフェアのお腹が鳴った。
「……」
「……」
フェアとカナリアが無言で目を合わせてから
「……お願いしていいのかな?」
フェアは申し訳なさそうに言った。
「はい!」
カナリアは飛び切りの笑顔で答えた。
アイレ、フェア、カナリアが山を下って行く様を、ロック達が見ていた。
「おい、いっちまうぞ! なんで今の隙でいかねえんだよロック!」
やせっぽっちのミットが不満そうに
「確かに、俺にも絶好のチャンスに見えた」 「うん。僕もそう思った」
体格のいいワイドとお腹が出ているフルボが続けて
「ったく……。今の女の魔法の揺らぎがわかかんねえのか? あれは」
ロックが不満そうに答えようとした時、グレースが
「……エルフだ」
一言呟いた。
 




