第30話:悪と悪
「ああ、そうだよ。 君の姿を見てびっくりした。面影が残っていたからね」
ラッセと呼ばれた男はフェアを見ながら優しそうに声をかけた。
「ど、どういうことだよ!? 俺にもわかるように説明してくれ!」
「ああ、すまないね。私の名前はラッセ・ヴェイヤールだ。 このベレニ街の騎士団長をしている。ここの領主様はページ・ルイウスと呼ばれるお方で大変すばらしい人格者なのだが……
今は活発化した魔物についての外交で忙しく、この城にいないんだ。 君達が右腕を落としたというのは息子のフロード・ルイウスだ。 表向きは聡明だが……
裏では悪行の限りを尽くしているのを知っている。 君が……フェアくんが無抵抗な人間を殺す事がない事はもちろんわかっている」
「ラッセとフェアは知り合いって事なのか?」
アイレは困惑していた。それを見てラッセが
「30年以上前にこの街が魔物に襲われた時にそこにいるフェアくんとヴェルネル様御一行が私を助けてくれたんだよ。数日間だけ一緒に過ごしたんだ。フェアくんは小さかったが、とてつもない魔法使いだったのを覚えている。
しかし、ヴェルネル様とレムリ様がインザームの手によって死んでしまってからは世界は変わった。 エルフが追われる立場となったの私も知っている。今は無事でいてくれた事が嬉しい」
ラッセと呼ばれる男もインザームがヴェルネルとレムリを殺したと思っていた。アイレはその話を聞いて悔しい想いをした。絶対にインザームの汚名を晴らしてあげたいと。
「まさかラッセだなんて。 私たちは無実だわ。 早くこの手錠を外して」
ラッセはフェアの言葉を聞いて表情を曇らせた
「ページ様がいない今はフロードがこの国で一番の権力者だ。手錠を外す事はできたとしても、ここから逃げる事は難しい。 城の中には私とは無関係のフロード直下の兵隊が大勢いる」
「じゃあ、どうしろってんだよ! このまま殺人の容疑で死ねってのか!?」
アイレがラッセに噛み付いた。ラッセは落ち着いたまま
「そんな事はさせないよ。だが、今は耐えてくれ。 君達を呼び出しているのも私の独断なんだ。 フロードにバレてしまうと私の手の届かない所へいってしまうかもしれない」
「……ラッセの言いたい事はわかった。 でも私達には時間がないの」
フェアはそう言うと、アイレの代わりにヴェルネルとレムリの死因とインザームの無罪をラッセに話した。
危険はあったが、ラッセなら信じてくれるようなそんな気がした。
「そんなバカな……。つまり、インザームは二人を殺してないのか。 それが真実ならこの世界は大きく揺らぐ事になるな」
「嘘じゃない。俺はずっとインザームと一緒にいたし、ヴェルネルもレムリの事も知ってる」
「……君達が嘘をつく理由もないし、私もあのインザームが二人を殺すとは到底思えなかったが……何か大きな裏があるのかもしれないな……」
フェアはラッセが信じてくれてる事に驚いた。今まで誰に話しても信じてもらえなかったうえにエルフと言うだけで命を狙われつづけた。フロードには裏切られたが
アイレが現れてからフェアの心は大きく変化を見せている。
「出来るだけ君達がすぐに出れるように全力を尽くすつもりだ。 殺人の容疑がかかっているとはいえ、証拠もなく死刑になる事はありえない。安心してほしい。
フロードも母ヒトラ様が亡くなるまではいい子だったんだがな。あれ以来、変わってしまったと思う」
ラッセがフロードの生い立ちを少し話したときにドアがノックする音が聞こえた。フロードが二人を呼んでいるとの事で牢獄から連れて来いとの命令があったそうだ。
「君たちは私と会ってない事になっている。 私も近くにいるから、どうか安心してくれ」
ラッセはアイレとフェアにそう言うと、兵隊を中に招き入れて。厳格な態度をしながらフロードの元へアイレとフェアを連れていった。階段を下りてから少し進んで大きな扉を開くと
そこには大勢の兵士が等間隔で横に並んでおり、その奥にフロードが椅子に座っていた。、ラッセはフロードにお辞儀をしてから横に並んだ。
フロードはアイレに切られたはずの右手をこれ見よがしに見せた。
「やあ。 君のせいで僕の寿命は大きく縮んでしまったよ」
フロードはお抱え治癒魔法使いに右手を治してもらった。その代償に自身の生命力を大きく消費していたが
「……俺のせいだと? お前が俺達を殺そうとしたんだろうが」
「僕は何もしていない。 ダンジョンのクリアをしようとした僕から宝を横取りしようとしたのは君達だ」
フロードは当然かのように答えた。その顔は一切悪気なく、当たり前の様な顔をしている。
「君たちは知らないと思うが、僕はこの街の領主様だ。この街の平和を守っている。君達のような危険な人物は父上が来る前に処理しなければならないと考えた」
フロードは続けた
「本来は正式な手続きが必要だが、父上は今は忙しい。だから僕が処理を早める事にしたんだ」
「……どういう事だ」
「あなたは……私を奴隷しようとしたじゃない!!!」
フェアがアイレより大声で叫んだ。エルフを奴隷にしたいという発言したフロードを殺したいとほど憎んでいた。
「何度もいうが、僕は何もしてない。君達の様な虚言壁のある危険人物は即刻この国から消えてもらわないといけない」
ここでラッセが驚きで大きな声をあげた
「な! どういう事ですか!? ページ様の命令なしにそんな事は許されないはずです!」
「黙れラッセ。お前がこの二人を部屋に連れて行ったことは知ってるんだよ。 何か企んでるんだろう?」
フロードが指を鳴らすと兵隊がラッセを取り囲んだ。フロード直下の兵隊である。
ラッセはページの兵隊の騎士団長であり、命令系統が違うので言う事は聞いてくれない。
「何をするお前ら!? この意味がわかってるのか!?」
兵隊はラッセに対して何も言わず、体を拘束して武器を奪った。
「私は父上の手を煩わせたくないだけだ。 今は過去の歴史の様に世界が混沌に陥ろうとしている。
断腸の思いなんだよ。 わかるか? この街を守るために僕も必死なんだ。 だから、僕はダンジョンのクリアをして更に強くなろうとした。
それをこいつらが奪いとったんだ!!!!」
フロードは本当に怒っているような演技をした。全てはアイレとフェアを殺すための嘘だった。
「ラッセ。君は僕を小さい頃から守ってくれている。 それに君は父上のお抱え騎士団長という事もあり何もしないよ。だが、この二人は違う。
そこで大人しくしておくんだ」
フロードの兵隊が大きな斧を抱えてアイレとフェアの前に立った。アイレとフェアは膝を付きながらも、なんとか脱出しようと藻掻いているが
魔力妨害の手錠のせいで動けない。
「やめろ! この方は……この二人はヴェルネル様とレムリ様の……大切なお方達だ!」
「……どいう事だ? あの勇者御一行とこいつらに何の関係がある?」
フロードはアイレとフェアに疑惑の目を向けた。フロード直下の兵隊もその言葉を聞いて全員が動揺した。
「そこにいる……女性はヴェルネル様とレムリ様と同じ勇者御一行の一人であるフェア様だ。 手を出していいお方ではない!」
ラッセがその場が響き渡るほどの大声をあげた。ヴェルネルとレムリとインザームと、もう一人小さな女の子がいると噂になった事もあった。
有名ではないが、もちろん知っている人もいる。
「……その話が真実だとしても、この男は無関係だろう? まずは男からだ。殺れ」
フロードは少しだけ考えてそういうと、アイレの殺害をあっさりと兵に命令した。
「やめろ!」「やめて!」「お前たち、正気か!? ページ様がいないところでこんなことをして許されるとでも思ってるのか!」
アイレとフェアとラッセは叫んだが、アイレは兵隊に体を抑えられると首を下に向けさせられた。ガッシリとした大柄の男が大きな斧がアイレの首に目を向けた。
「……すまねえ」
斧を持った兵隊はアイレに聞こえる程度に囁くと斧をアイレの首を目がけて振り落とした。が、同時に爆発音と共に扉が大きく吹き飛ぶと
アイレを殺そうとした兵隊にぶつかり大きく吹き飛んだ。
扉の前におどけた顔をした女性が立っていた。青と水色の綺麗なコントラストの髪色をしていて
胸が大きく開けた黒いドレスの様なワン―ピースの服をきている。今までアイレも見たことがない風貌だった。
「ごめんなさい。 お邪魔だったかしら?」
全員の視線がその女性に向けられた。フェアだけはその女性が誰か直ぐに理解した。驚きの表情を隠せずに目を見開いた。
「お前は誰だ!? 門兵はどうした!」
フロードは叫んで怒った。恐怖も感じる震え声だった。
「あら、これでも昔は有名だったのに時の流れは残酷ねぇ」
女性はフロードや兵士達が大勢いるにも関わらずたった一人で落ち着いて悲しげな表情をした。
フェアは女性を見ながら誰にも聞こえない程度で小さく囁いた。
「どうして……あなたが……」
女性は続けた。同時にフェアも名前を囁いた。
「……北のセーヴェル」
「セーヴェルって聞いた事ないかしら?」
30年前レムリ討伐作戦の原因にもなった、クラドノ街壊滅事件を引き起こして死んだはずの北のセーヴェルが生前と変わらない若さでそこに立っていた。




