第29話:過去
ベレニ街の領主の長男フロード・ルイウスはページ・ルイウスと貴族であるヒトラの元に生まれた。
父親は聡明な人格者であり、武運においても数々の功績を持つ素晴らしい人物であった。二人はフロードを授かると大変喜び、街は盛大に誕生を祝った。
フロードは親の尊厳を守る為に幼い頃から一生懸命勉学に励みながら、上級民が通う魔法学校で優秀な成績を誇っていた。
しかし、高学年になるとフロードの成績は下がる一方だった。沢山の期待に応えられず、友人もいなかったフロードは日々を孤独に過ごしていた。
ページとヒトラはそんなフロードに対しても変わらぬ愛情を注いだ。
フロードは特に母を愛していた。忙しく家を空ける事も多かったページと違い、常に傍にいてフロードを支え続けた母は一番の理解者であった。
領主の息子として期待に応えようと努力を重ねたが、フロードは学校内で落ちこぼれ扱いをされた。
ある日フロードは同級生の陰湿ないじめにより危険な森の奥へ逃げ込んだ。その日ページは外交で国にはおらず、ヒトラは一向に帰ってこないフロードを心配して取り乱すと
自らも危険な森へ入ってしまい、魔物に殺されてしまう。
ページはヒトラの死後、更に仕事に精を出す事で悲しみを癒した。一方でフロードとの距離は更に離れてしまった。
フロードは間接的に母を死に追いやった同級生をずっと恨んでいた。罪を償わせたいと長い間深い憎悪を溜め込んでいた。母の死から5年後に残されたダンジョンに挑戦する同級生の後をつけ
後ろから心臓を突き刺したのがフロードの初めての殺人となった。
その日を境にフロードの心は壊れた。自分より優秀な同級生や希望に溢れた人物の未来を奪う事に生きがいを覚えると殺人はダンジョン外にも及んだ。しかし、表向きは一切その姿は出さなかった。
そして誰にも気づかれないままフロードは殺人を重ね続けた。 衝動はエスカレートして金に物をいわせ悪人と付き合う事も多くなり、フロードの噂は父親のページ・ルイウスの耳にも入った。
領主としてあるまじき行為の数々の噂に対して、ページは息子のフロードに真実の言葉を求めたが、一切証拠はなく事実が明かされる事はなかった。そしてヴルダヴァ事件の後
多くの国の力関係が変わると共に、ページ・ルイウスは更にベレニを離れる事が多くなった。 その為、現在は長男であるフロード・ルイウスが絶対的な地位を持っている。
そして、フロードはダンジョンから脱出すると、アイレとフェアを殺人の容疑で兵隊に連行を命じた。
ダンジョンのクリアで疲れ果てた上に慣れない魔力操作で殆ど動けないアイレとフェアは大人しく捕まる他なかった。
二人は街の南の丘にあるベレニ城に連れてこられると魔力を妨害する印が刻まれている手錠をかけられて、牢屋に投獄された。
城に入るまで目隠しをされており、どこにいるかはわからなかったが、牢屋に入ってから初めて目隠しを取られた。石畳に囲まれ壁と天井には見えるほんの小さなスキマのような穴が一つあった。
光は少し漏れているが、そこから雨が落ちてくるせいで地面はかなり汚れていた。 ベットはなく、隅にはトイレをする為か金網の穴がぽつんと置いてあった。
「大人しくしておけ」
ベレニ兵の一人がアイレとフェアに冷たくあしらった。
「俺達は……あいつに殺されかけたんだぞ!」
「黙れ。フロード様がそんな事をするはずがない」
アイレは弁解したが、聞く耳を持たれなかった。兵がどこかに消えると、重たい扉が閉じる音が部屋中に響いた。
鉄格子と石に囲まれた牢屋は酷い悪臭も放っている。
「ちきしょう……フェア、大丈夫か?」
「首の怪我は大丈夫。だけどこの手錠と匂い……」
魔力を妨害する印の手錠は高い魔力を持つフェアにとっては頭痛を引き起こしていた。更に不衛生の匂いは嗅覚に鋭いフェアを更に苦しめた。
「フロードが領主って事は……最悪だな」
アイレは牢屋をぐるぐると廻りながらなんとか出れないか模索したが、出口はなかった。
「……俺達を直ぐに殺さないって事はまだチャンスがあるはずだ。 今は体力を回復させよう」
アイレはフェアに優しく声をかけて牢屋の壁にもたれて座ってから、再び口を開いた。
「ダンジョンクリアした時に……頭の中でクリア報酬って聞こえて気が付いたら手に武器があったんだ。でも……いまはない。 ……どういうことかわかるか?」
「ヴェルネルとレムリもダンジョンの武器を持ってたけど、出したり消えたりする感じではなかった。 だから、私にもわからないけど何か理由があるのかも」
「そうか……ありがとう」
フロードを倒した時にアイレが持っていた雷と炎の短剣は消えていた。何か出現の条件があるのかもと思ったが
今は試す事はできなかった。
それからほどなくしてアイレとフェアは気が付いたら牢屋で無防備に眠っていた。ダンジョンに入ってからずっと精神と体力を行使していたからだ。牢屋に投獄されてから5時間ほど経った頃
二人の兵が銀色の甲冑を着込んだ状態で牢獄の扉をあけた。大きな扉の音でアイレとフェアは目を覚ました。
「お前ら出てこい」
二人は脱出の機会を伺いながらも兵隊に連れていかれた。城の内部は豪華絢爛とは言えなかった、所々壊れている部分や
窓が割れている所もあった。階段を上って赤い絨毯が引かれた廊下を進んだ。
ある部屋で止まると、兵隊は部屋をノックした。扉の右上にあるプレートには騎士団長と書かれてある。兵隊は丁寧な挨拶をしてから扉をあけてアイレとフェアを中に入れた。
部屋には綺麗な本棚と大きな机や椅子があり、まるで応接間の様に見えた。
「連れてきました」
二人は意外に綺麗な部屋に通された事で唖然としていた。すると、奥の椅子に座っていた男がゆっくりと二人の前に歩いてきた。
「……君達がフロードの右手を切り落としたのか?」
男は老人とまではいかないが、それなりに歳を感じさせる風格があった。顔に浮き出るしわと傷が歴戦の騎士を思わせる。
低く落ち着いた声でアイレ達に声をかけた。綺麗な服をきていて騎士よりは貴族に見える。
「……そうだ。 だが、あいつは仲間と共に俺達を殺そうとした」
「ふむ……それで君がハーフエルフか?」
フェアを向いて行った。
「……そう」
「なるほど……」
男は目を少し瞑りながら額を擦って何かを考えている様だった。アイレとフェアは何時でも逃げ出せる様にと警戒は怠らなかった。
「お前らは外せ」
男は部屋の中にいた兵隊に声をかけた。
「し、しかし!? こいつらは危険ですよ!?」
「二度言わすな」
「はっ」
二人の兵隊は命令通りに部屋の外に出た。男はアイレとフェアにそのまま椅子に掛けろと言った。
「君達が右手を切り落としたフロードはここの領主の息子だ。 そして君たちは殺人容疑をかけられている」
「さっきも言ったが、俺は身を守っただけだ。モートとソンジュとかいう奴とフロードは俺とフェアを殺そうとした」
「モートとソンジュか……。実を言うと私はフェアくん、君の事は知っているんだよ」
男はアイレの話を聞いてから、フェアのほうに顔を向けた。
「……知ってる?」
「君は……30年以上前にこの街にきたことがあるだろう? ヴェルネル様とレムリ様と一緒に、よく覚えているよ。あの日の事を」
「……もしかして……ラッセなの?」
to be Continue
 




