第18話:行方
アクアがイフリートの炎の矢に心臓を貫かれて亡くなった。
多くの建物から炎が立ち昇る中、シェルはアクアの亡骸を揺さぶりながら悲鳴の様に泣き続けた。
アイレの事を全く知らなかったアクアは色んな出来事を通じてアイレの事を信じて着いてきた。
一生の友達、戦友になると思っていたが、現実は残酷だった。
治癒魔法を使用できる人はおらず、習得している人は極めて稀で相当な魔力と努力がないと不可能という事をアイレはこの時初めて知った
イフリートが最後に放った攻撃で死亡したのはアクアを含めて6名。
建物や家屋でまだ燃えていた炎は運よく大雨が降り消火されたが、爪痕は非常に大きく残った。
イフリートが消えた後も、生存している人を助けるためフェローを含めた冒険者達は夜通しヴルダヴァを駆け回ったが
行方不明者も合わせて犠牲者は相当な数となった。
イフリートの最後の言葉「目標は達成した。 魔王の初誕生」という言葉は瞬く間に噂になり、皆答えを求めた。
それと襲撃はここだけではなかった。街の南にあるヴルダヴァ城が魔物に破壊され、領主が殺されていた。その事から
目標は領主の首を取る事だったのではないかと推測されたが、魔王の初誕生というのは誰もが理解に苦しんだ。
この襲撃事件は他国でも同時に行われていたらしく、いくつの街や都市で同じような事が起きていた。
難なく撃退した国もあった事から、防衛準備について数々の問題視が浮き彫りになり、各国の力関係も大幅に変わるだろうと予想された。
又、30年前にヴェルネムとレムリに討伐されたはずのイフリートは「人間の姿」となり、知性を持った生物として変化している事から
新たな魔王の誕生が真実ではないかという意見も多く噂となったが、詳細は不明だった。
過去に多くの魔物や魔族の存在は見受けられたが、どれも知能は一定レベルだった為、人間の姿で言葉も話せるイフリートの存在は世界を恐怖の渦に突き落とした。
誰もが答えを求めたが、全ての真実が解き明かされる事はなかった。
ヴルダヴァ襲撃事件から四日後に魔物討伐に貢献したという事で数多くの冒険者が組合に呼びだされた。
アイレは多くの魔物を駆逐し、多くの人間を助けた事を認められ、フェローの推薦もあり
冒険者テスト合格から時間を空けずにC級に昇格する事になった。
これはヴェルネルやレムリに匹敵するほどのスピードとされ、アイレ自身の速度を褒めたたえる意味でも冒険者から「最速のアイレ」と呼ばれる様になった。
冒険者にはランクが存在し、最初はFランクから始まり、最高到達のSまで存在する。 各々の戦闘力や社会貢献によってランクは変動するが
この事件で大幅なランクの変動があった。 A級だったフェローはS級に昇格し、狂気のフェローはまた知名度を上げていた。
ランクがあがると同時に色々な報酬や特別措置が取られる。 アイレは50万コルネという大金をもらい、冒険者ギルド内における特別制限により
残されたダンジョンの挑戦権を得た。
だが、アイレはとても嬉しい気持ちにはなれなかった。
アクアが亡くなったあの日からシェルは片時もアクアの亡骸から離れなかった。
魔物によって殺された多くの死体はヴルダヴァ集合墓地に埋葬される事になったが
シェルはアクアの骨をカレル村に返しにいくということで火葬のみを行い遺骨を預かった。
そのシェルの姿を見ながら、アイレは自らを責め続けた。シェルとアクアを戦場に駆り出したのは自分で
フェローの援護に廻ったのもアイレの判断だった。 イフリートに対して近づく事すらできず、アクアを助ける事もできなかった。
自身の力の無さに、ただただ腹が立った。 この世界にきてからようやく信じられる仲間ができたと思った日の出来事。
もっと、もっと。 もっと。足りない何かを欲していた。
襲撃事件から五日目の夜にフェローは魔物が増えた地域に依頼され派遣される事になり、ヴルダヴァを去る事になった。
出発前にアイレはフェローを呼び止めた。
「フェロー。俺はもっと強くなりたい。 あんたみたいに多くの人を守れるような強さがほしい」
「……お前は弱くない。 お前の強さはその心だ。 その気持ちを忘れんな、いずれもっと強くなれる
だが、多くの人を守りたいと思うなら 自分だけの強さを作れ。 技でも、武器でも。頭脳でもいい。 強者はみんなそれぞれ自分だけの強さをもってる。
お前にもそれができるはずだ。じゃあな、アイレ」
フェローは皆が恐れる様な人ではなかった。冒険者の誇りを大切にし、多くの人を救いながらもアイレの気持ちにも真っすぐに向き合う芯のある心を持った人物だった。
アイレはフェローの様に強くなりたいと願った。
もう誰も死なせたくないと。
――――――ヴルダヴァ襲撃事件から六日目の朝。宿の前。
ヴルダヴァもある程度の復興が進み、少しずつ街が正常に落ち着いた頃を見計らって
シェルはアクアの遺骨をカレル村の墓地に埋葬するために、アイレと別れる事になった。
「アイレ、約束したのにごめん。 アクアの……アクアを。カレル村に帰らせてあげたい」
「謝らなくていい……。本当にごめんな」
「アイレは悪くない。 僕も同じ気持ちだよ。 アクアをカレル村に帰してあげたら僕もアイレの後を追うよ。
きっとどこかで会える」
「そうだな。 アクアも…‥もしかしたら俺みたいに違う世界で生きてるかもしれない」
「そうだといいな……。 アクアに……好きだって言えなかったのが心残りだ」
「今からでも遅くはないさ。 シェルの気持ちはきっとアクアに伝わってるよ。元気でな」
「アイレもね」
アイレは右拳をシェルに突き出した。大事な絆の印だ。
シェルもそれに気付いて右拳を出した。
アイレはシェルの後ろ姿が消えて見なくなるまでずっと眺めていた。
シェルとアクアはアイレにとって信用できる唯一の仲間だった。
ヴェルネルとレムリが生きているのか死んでいるのかもわからない、インザームの仇を討つ力も今のアイレにはない。
その上でイフリートの様な魔族が新たに出現したとなると、状況は悪化していると言わざる得ない。
「俺はどうしたらいいんだ」
アイレは上を向いて空を眺めながら囁いた。 この世界に来た時
綺麗な青い空と風が通るたびに葉が擦れる音はとても新鮮で何もかもが希望に満ち溢れていた。
だけど、あの時と変わらない空を見ても希望は見えなかった。
「あの子は残念だったね」
アイレの後ろから女の子の声が聞こえた。驚いて振り向くと、どこかで見た事があるような顔をしていた。
「君は……確かサイクロプスを倒してアクアを助けてくれた子か。 あの時はありがとう」
冒険者テストの際にアクアを助けてくれた女の子だった。あの硬いサイクロプスの右腕を吹き飛ばすほどの
力を持った少女。
「お礼を言われる必要なんてない。 知り合いに似てたから気まぐれよ」
「そうなのか……」
アイレは再びアクアを思い出して悲しげな表情を浮かべた。
これから何度も、アクアの最後の顔を思い出すような気がした。
「そんな顔見たくない。ちゃんと前を向いて」
「……向いてるよ」
「後悔しても何も変わらない」
その女の子はアイレに対して少しキツイ言い方をした。
「お前…‥誰だよ? 俺の何がわかるっていうんだよ! 俺は……
友達を失ったんだぞ!」
その言葉はアクアだけではなく、ヴェルネム、レムリ、そしてインザームの事も含んでいた。
「あなたの事は知ってる」
アイレはその女の子の顔を見て何か感じた。どこかで見たような気がした。
アイレは深く記憶を探った。
「ヴェルネルとレムリの事で伝えたい事がある」
アイレはその女の子の言葉を聞きながら驚きで声が出なかった
「インザームはまだ生きてる」
30年前、ヴェルネムの肩に乗りながら深いフードを被り、レムリとインザームと一緒に写真に写っていた女の子だった。
次回ついに……




