第14話:冒険者ギルド
とても居心地が良かったとは言えないベットでアイレは目を覚ました。
身体がくたくたでなければ、きっと眠ることなど出来なかっただろうと、恐怖した。
「良かった、疲れていて……」
そんな冗談はさておき、ベットから体を起こすと周囲に誰もいないことに気が付いた。夜中にアイレを困らせた鼾がうるさくて恰幅のいい男性の姿もなく、もしかしてめちゃくちゃ寝てたのか……? と不安になったとき、ドアの外から賑やかな声が聞こえた。なんだ? と扉を開くと同時にいい匂いも漂ってきた。
鼻をくんくんとさせながら、匂いを頼りに階段を下ると、食堂が見えはじめた。中に入ると、すでに大勢が食事にありついている。
「……そういえば」
昨晩、シェルとアクアが食事付きですよ! と言っていた言葉を思い出した。そして、
「おはようさん!」
ぼけっと他人の食事を眺めていたアイレに、恰幅が良く、それでいて気さくそうな女性が元気に声をかけてきた。突然、木製のプレートを「はいよっ」と渡す。
そこには、豚肉の塩漬けと、固くなったパンをやわらかくするために、野菜を煮込み塩で味付けをしたスープが一緒になっていた。一つ一つを丁寧に説明してくれる。
この宿の看板朝食セットだ。
「ありがとう。おばさん!」
その言葉で、「おばさんちゃうわ!」と、アイレの頭を小突いたが、そのあとすぐに満面の笑顔で「まぁでもそうだわ」と笑った。この宿は、人も良さそうだ。
食堂はほとんど満席で、どこかに空きはないかとキョロキョロしていたら、シェルとアクアの姿を見つけた。同時に二人もアイレに気が付いたようで、こっちこっちと手を振る。
椅子と机は独立したものではなく、長椅子と長机がずらっと並んでいる。そのため、二人が席を詰めて空間をわざわざアイレのために作ってくれた。
「ありがとう、シェル、アクア」
少し窮屈そうだが、ありがたいと二人にお礼を言って座る。
「いえいえ、とんでもない!」
「おはよう! アイレくん!」
すると、アイレはその二人のプレートに目を奪われた。自分のとは違い、とても美味しそうな苺が二つずつ載っている。どう考えても、羨ましいなぁといった表情を浮かべて、
「苺だ」
と、聞こえる程度の小さな声でぼやいた。そしてシェルとアクアは、アイレの視界から離すようにプレートをさっと隠したが、それでもじぃっと見つめ続けてきたので、仕方なく一つずつあげた。
「意外と欲張りなんだね……」
「いやしんぼだ、いやしんぼ」
シェルが呆れながら言って、アクアが笑いながら皮肉を言った。
ありがとうとお礼を返したあと、話は変わり、
「そういえば二人にここへ来た目的を聞いてなかったな」
アイレが食べながら顔を向ける。シェルとアクアは目を合わせから、ほとんど同時に答えた。
「冒険者ギルドのテストがあるんだ」
「冒険者になりにきたの」
どうやら一年に一回しかテストがないらしく、それも今日とのことだった。そういえば、レムリも冒険者に所属していたと昨日の食堂のおばちゃんが言っていたなとアイレが思い出す。そして、
「二人は……あんなに強いのにまだ冒険者じゃないのか?」
昨日、魔物を倒した二人の連携を思い出した。二人は少し眉を中央に寄せてから、
「今は昔と違って、すっごく難しいって聞いて、ずっと特訓してたんだ」
「そうそう! テストなのに死人も出るとか……」
アクアがまるでホラー話をしているかのように声を震わせた。
そしてアイレもそのように相槌を打った。
「それは確かに恐ろしいな……」
三人は朝食を済ませると、給仕をしてくれたおばさん……。ではなく、綺麗なお姉さんにお礼を告げ、冒険者ギルドに向かった。
アイレも興味はあったので、話だけでも聞いてみようと考えた。その道中で、ふと気になったことを聞いた。
「そういえば、30年前に倒された魔王ってどんな奴だったんだ?」
「魔王は書物によって解釈が違うんだけど、僕が知ってるのは国を滅ぼす魔法が使えたとか?」
「私は頭に角があって火の玉を出したってのを見ました!」
「後は……四刀流だったとか」
「口から魔物を生むとか!」
シェルとアクアが、さも嬉しそうに交互に答え続けた。結局、何がなんだかわからない。
「国を滅ぼす魔法を使える上に、角があって、火の玉を吐いて、さらに四刀流で口から魔物を生むのか……」
まとめると、飛んでもない化け物が出来上がった。さすがにそれはありえないだろうと思ったが、それほどめちゃくちゃに強かったことは間違いなかった。
そんな無駄話をしているうちに、三人は冒険組合の前に到着した。建物の入り口の横には、大きな看板があり、剣と盾と魔法の杖が重なっている紋章が描かれていた。
また、今泊めさてもらっている宿よりも遥かに大きい。
「すげぇ……これが冒険者の……」
唖然としているアイレを余所目に、シェルとアクアがいそいそと扉をあけた。後を追う。
入口からすでに大勢の人で溢れており、背の低いアイレたちはぴょんぴょんと飛び跳ねて前を見た。テストの受付は線の細い、スーツのようなものを着込んだ女性がしているらしく、何か受け答えしている。
あまりの人の多さにさすが一年に一回だな、とアイレがぼやく。
しかし、ここで不思議なことに気が付いた。インザームが言っていることが事実ならば、この世界は三十年前と違い平和になってきているはず。それならば冒険者ギルドにそこまで魅力を感じるのも変だなと思った。その理由を、二人に問いかけてみた。
「残されたダンジョンに行きたいんだよ」
「一攫千金なのです!」
どうやら、僕たちもと言った様子で、シェルが答えアクアが嬉しそうに声をあげる。
「残されたダンジョンって?」
「過去に魔法が作ったとされてる建物で、ボスモンスターを倒すと願いが叶う道具だったり、強い装備や財宝がもらえたりするんだよ。その代わり、魔物もうようよしているけどね」
「一晩で小さな国を買えるほどのお金を手にした人もいるとか!」
「それは凄いな……。でも、そのダンジョン? はなぜ存在してるんだ? 魔王ってやつ人間のために財宝をあげる理由もよくわからないな」
アイレの質問に、シェルはそれはーと、
「ダンジョン内で人が死ぬと、死体は残らずに建物に吸収されるんだ。そしてその死体の魔力は分解されて、新たな魔物を生む。それを繰り返すことで、さらに強い魔物が誕生すると、ダンジョンの外へ飛び出すんだ。人間の欲を餌に魔物を大量生産しているんだよ。宝物は欲深い人間たちをおびき寄せるための餌だと言われる。」
「それに、普通の人がダンジョンに入ることは出来ないのです。どこかの騎士か、それか冒険者ギルドに合格して、一定のランク以上がある人は入場が許されます」
「そういう事か‥‥…」
なるほど、とアイレは納得した。二人は戦闘だけではなく、話口調もかなり丁寧でわかりやすい。良家の出か、それとも勉強熱心か。シェルが続けて、
「ちなみにダンジョンボスを倒せば、建物は完全に消滅する。だけど、この世界にはまだ未踏のダンジョンがいくつか残ってるんだよ。名目上は、魔物をこれ以上増やさないためになってるけど、ほとんどの人が一攫千金を狙ってるよ」
「なら……誰もダンジョンに入らなければ人も死なないし、魔物も誕生しないんじゃないのか?」
「いや……、それは難しい。皆お宝がほしいんだよ。それに残されたダンジョンについては取り扱いが難しいんだ。一国が独占してしまうと、争いの原因になるしね。だから、信頼のある冒険者ギルドが管理しているところが多い。もちろん、アクアが言ったように誰でもってわけじゃないけどね」
更に続けて、
「それと、ダンジョンを制覇した場合、その人はもう二度と他のダンジョンに入れなくなる。もしたとえ入場したとしても、すぐ外に強制でワープさせられるんだ。
よく出来たシステムだよ。それがなければ、勇者ヴェルネルが全てのダンジョンを制覇したと言われてる」
アイレは関心してへぇーとタメ息をついて、
「凄いな……人間の欲の底を知り尽くしているような構造だ。それに、ヴェルネルもダンジョンをクリアしたんだな……」
ヴェルネル、という言葉を聞いてアクアが水を得た魚のように、
「そうなんです!ヴ ェルネル様も !レムリ様も!」
いつものように元気よく語りはじめ、シェルがすに制止した。ちなみにアイレはいつも聞きたがっている。そして――
「えー! いいですか? 締め切りますよー! 冒険者ギルドへの入団テストの説明をはじめます」
「あ、僕たちもお願いします!」
「はい!」
受付の女性の言葉に、シェルとアクアが手を挙げる。一年に一度しかないテスト――残されたダンジョン――。
どれも今しかないチャンスのように思えた。なぜならアイレの所持金は……残り1600コルネしかない。
欲深い人間のためのダンジョン。
「俺も……同じか」
そう呟くと、アイレはシェルとアクアの横に並んで手を挙げた。
それから女性はすぐに説明をはじめた。
「試験開始はこの後すぐとなります。課題をクリアすれば合格となりますが、もし不合格になった場合は適正不十分とみなされ、今後三年間はテストを受けることすら出来なくなります。実力がまだ不安だという方は、今の時点ならまだ辞退することが出来ます。その場合は、来年にまた受けることが出来ます。また、いくつかの国、都市でも試験は行っていますが、多重受付は出来なくなっておりますので、お気をつけください。こちらでよろしければ、試験官が来るまでその場で待機をお願いします」
よく見ると眼鏡のようなものをかけている赤髪の女性は、明るくハキハキとした声でわかりやすく説明した。室内には、50数名もいるかとおもう大勢の方がその話を聞いて「がんばろうぜ」「辞退なんかするかよ」と互いに声を掛け合っている。
中にはアイレとそう変わらない年齢の子供たちだけのパーティもいて、少しびっくりした。もちろん、柄の悪そうな連中や、女の子たった一人だけで壁にもたれている子もいる。
そういえばとアイレが、
「試験官ってどんな人が来るんだ?」
二人に顔を向ける。
「試験官は、毎年ランダムで高ランクの人から選ばれるんだよ。去年はええと……」 「囁きのランディ!」
「あ、そうそう! それに試験官によって難易度も変化するから、当たり年やハズレ年があるって言われてるね、もの凄い試験だったらまったく受からないってこともあるらしいけど……」
段々とシェルが声を小さくして元気をなくす。心のどこかで不安を感じているようだった。
「なるほどな……。でも、来年まで待つなんて出来ないな」
もちろん、僕たちも! とアイレに続いて二人が、
「同じだよ。そのために特訓を重ねてきたんだ」
「うん! 絶対合格!」
決心した目をする。アクアが両腕で拳を作って気合を入れる。
二人はアイレのどんな質問にも嫌な顔をせず答える。自分も勿論そうだが、なんとしても合格してほしいと、そう願った――
そのとき、山賊かと思うほど悪そうな連中が、アイレたちに滲みよってきた。
とても大柄で、拳はアクアの顔ほどある。ガタイもよく、かなり強そうだ。
「へっ、お前みたいなガキが試験だ~? やめとけやめとけ!っ」
口を大きく開けて、仲間に笑いかける。シェルとアクアはその威圧感に負けて、少し怯えたようで静かに黙り込んだ。いくら戦闘経験があったとしても、まだほんの子供。
しかしアイレは、
「黙ってなおっさん」
気にしてないといった様子で、鼻で笑った。その態度に業を煮やした大柄の男の仲間が、
「なんだこいつ?」
「チビが! やっちまえアンガルト!」
とはやし立てた。どうやら大型の男はアンガルトという名前らしい。アクアは怯えて、アイレの腕の袖を掴む。
アンガルトはふたたび、
「てめぇ、俺のこと知らねえのか? 鉄拳のアンガルドさまたぁ! このあたりでは有名なんだがな」
「そのデカいだけの拳が鉄なのか? 笑わせんな」
アイレたちに威圧してきたが、それを馬鹿にするように返す。さすがにぷちっときたのか、
「ガキがぁ、調子に乗りやがって!」
アンガルトは拳をぎゅっと握りしめた。どうやらそのグローブには砂鉄が組み込まれているらしく、固まって硬度を増した。
ちなみに、本当にこの辺でアンガルドの名前を知らないものはいないというのは自称だ。
そしてアンガルトは、両拳を合わせて力を込めた。それでもアイレは、はいはいと笑ったので、
「試験の前に退場させてやるよ!」
我慢の限界だと拳を振りかぶった。アイレはすぐに二本の短剣を取り出し、構えた――
が、突然、アンガルドの姿が視界から消える。
するとその後ろから、見たことがある女性の姿――
「邪魔だ。どけ、木偶の棒」
それは――入国審査のときにアイレを助けたフェローだった。
登場するやいなや、周囲から悲鳴が舞う。
「おい、嘘だろ……」
「まじかよ! 神様嘘だといってくれ」
「駄目だ終わった」
シェルとアクアに顔を向けると、明らかに先ほど以上の怯えた表情を浮かべている。これは――まさか――
アイレに嫌な予感が走る。『試験官はランダムで――』
そしてつかつかと前に出ると、くるっと振り返り、
「あー、今年はあたしが試験を務める、フェローだ。自信がねーやつは今辞退しろ。許可してやる」
腕を組みながらまるで睨むように言い放った。
その言葉のすぐ、鉄拳のアンガルト一味は誰よりも早くその場から消え去っていた。
人が増えると会話も増えますが、その分わかりやすく?
見せるのが難しくてなかなか大変ですが
皆さまのおかげで気合も十分なのでがんばります!(*´ω`*)




