第12話:新しい出会い
「北北西で本当に合ってるのか……?」
アイレは島の北端に繋がれていた小舟を漕いでいた。過去にインザームが漁で使っていたらしく、磁石と魔法を組み合わせた木のコンパスも置いてあり、それを確認しながら、進路を確かめている。
かれこから10時間以上は漕ぎ続けているが、街どころか、岩の一つの姿も見えない。
孤島はおそろしい場所にあったんだと、あらためて震え上がった。
耳に入る音といえば、漕ぎ続けているオールの音だけで、空には鳥の姿もない。
静寂な海はまるで天国にでもいるような気分にさせる。
この状態で嵐でもくればアイレは確実に溺れてしまう。
休憩を挟みながら、海水を真水に変える魔法の竹筒で喉を潤した。
巨樹の家で用意していた鹿肉もあと少し……。
「あれは……」
地平線の彼方に、少しだけ陸のような物体が見える。きっと陸だ、そう呟いて最後の力を振り絞る。
ようやく到着したとき、嬉しさのあまり手を高くあげて小舟で横になった。すると、魔法の印が急に船を覆うように浮かぶ上がると、泥水のように沈みはじめた。
飛び降りように陸にあがると、間一髪のところで難を逃れた。
「……後戻りはできないな」
しかし苦難はまだ続き、見渡す限り平地が続いている。
緑の綺麗な芝生なのが、せめてもの救いかもしれない。
「……」
こんな事になるならもう少し詳しく聞いておけば、とアイレが後悔したその時、遠くから馬車のようなものが、蹄の音とともに近づいてきた。
「……馬?龍?」
龍が小さくなったのか、トカゲが大きくなったのか、どちらかわからないが馬の役割をしている。アイレは心の中で龍車と名付けた。
先頭で手綱を引いているのは、白髪の老人で、温和な顔をしていた。その後ろには、荷物か人を乗せることができる大きさの荷台が付いている。アイレが目線で追っていると、目の前で龍車がピタリと止まった。
老人は、アイレに顔を向けると、優しい声で、
「やあ、良かったら乗ってくかい? どうせヴルタヴァ行きだろう?」
「……ヴルタヴァ?」
「街だよ。 違うのかい?」
「あ、ありがとう!」
街までどうぞと声をかけてくれた。お金はもってないといったが、助け合いだからね、諭され、アイレはそそくさと龍車の後ろへ回った。
島の外で会う初めての人物で少し警戒していたが、良い人そうで安心した。
龍車の荷台は、お世辞にも大きいとは言えないが、荷物ではなく人が乗り合わせていた。 アイレと同じような子供が意外にも3人、これまた人の良さそうな老夫婦も座っていた。 ここ、空いてるよ と言われ、そこへちょこんと座る。
魔物のことを危惧していたが、子供もいるならこの辺りは出現はしないかもしれないと胸を撫で下ろした。ルチルと呼ばれたエルフも子供だったが……。
それからすぐに龍車はゆっくりとヴルダヴァへ向かいはじめた。道沿いは何でもない平野が続いたが、蹄の音が寝心地を誘う。遠くには山の影もちらほらと見え、この世界の広さを物語っていた。
感動も落ち着いてきたころ、少し安心したアイレはいつのまにか限界を迎えると、すやすやと眠りについた。
「‥‥い…おい!……物…だ!…魔物が出たぞ!」
誰かの悲鳴のような叫び声で、アイレは目覚めた。
「……まもの……魔物!?」
ようやく言葉の意味を理解して外に出ようとしたとき、隣に座っていた男の子と女の子が龍車の外へ飛び出した。続いて追いかけると、そこには見慣れた魔物と見たことのない魔物が立っていた。
ゴブリンが四体とインザームから教えてもらったことのある「オーガ」という魔物。身長は三メートルはありそうで、右手にはその身体に負けない立派な石のこん棒を手にしている。 アイレは唾を飲み込んで戦闘態勢を取った。
巨樹の家から持ってきた二刀の短剣を構えると、間髪入れず地を蹴った。ゴブリンはその動きにまったく反応できず、一体、そして続けざまに一体と、二体の首を落とした。緑の血が切断面からあふれると、そのまま倒れた。
アズライトとの戦いを経て、武器に魔力を込める術を身に付けたアイレは、以前とは比べ物にならないほど強くなっていた。
その攻防を見ていた、アイレより先に飛び出していた男の子と女の子が、口をぽかんとあけて、
「すげぇ……」
「すごい……」
と賛辞を送った。しかし、それで終わるはなく、男の子は剣を、女の子は魔法の杖を構えた。
そのまま男の子はゴブリンに向かって一直線に走った。アイレと比べると遥かに遅く隙が多いように見えたが、タイミングを合わせるかのように女の子が杖の矛先をゴブリンに向けた。すると、
「アクア、今だ!」
「鋭く貫け、氷の矢!」
男の子がゴブリンに接敵する手前で、杖の先から水で出来た矢が飛び出した。それは直前で分かれると、二体のゴブリンの眼に突き刺さった。
「シェル!」
アクアと呼ばれた女の子から、シェルと呼ばれた男の子は、目が見えなくなってうろたえているゴブリンを続けざまに切り刻んだ。首を一撃で切断! とまではいかないが、見事な連携技を見せた。
一朝一夕では身に付かないことが瞬時に理解できる。
残った敵は「オーガ」のみ。 手下のゴブリンが殺されたことで、鼻息を荒くしはじめた。 腹をどんどんと叩くと、こん棒を片手にドスドスと距離を詰めてきた。
アイレとシェルは、無言で顔を合わせると、オーガの左右に分かれた。アクアも何も言わずに魔法の詠唱をはじめた。
「二人を守れ、水の盾!」
オーガは、意外にも素早い動きで、巨大な石のこん棒をアイレの頭部目がけて振りおろした。なんとかそれを短剣で防ごうと思ったが、アクアの魔法がその攻撃を止めた。 それは、水で出来たノートの切れ端のようなもので、見事に盾になっている。
アイレがそれに驚いたとき、後方から「任せて!」とアクアが叫ぶ。その瞬間、「魔法だけで強い魔物を倒すことはできないが、使い方次第じゃの」と言っていた言葉が思い浮かんだ。
「――すげえな……魔法」
間髪入れずにシェルがオーガの足に剣撃を打ち込むと、悲鳴をあげながら膝をついた。
「――じゃあな」
アイレは、二刀の短剣を交差させると、オーガの首をはねた。
――――
――
―
「ありがとう!」
「本当に助かったよ!」
手綱を握っていた老人と老夫婦がアイレたちに笑顔でお礼を言った。魔物が集まってくる前に、すぐに出発しようと再び乗り込むと、一人の女の子が龍車の中ですやすやと眠っていた。
こんな状況でも起きないとは、たいしたものだと、その場にいた誰もが思った。
龍車が再び動きはじめると、先ほどの二人がアイレに声をかけた。
「さっきはありがとう! 僕はシェルで」
「私がアクアです!」
「俺はアイレだ。宜しくな」
その姿は、どことなくヴェルネルとレムリに似ている。シェルは、短髪に茶色い髪で、身長はそれほど高くないが、しっかりとした体躯をしている。アクアは、レムリのような幼い顔つきをしていて、腰までありそうな黒髪が可愛さをより際立たせている。茶色の布服と白黒のローブ。
上から下までじっくりと見たあと、
「ええと、二人は……兄弟?」
と、アイレは首を傾げた。それを慌てて否定するように、二人とも同じように手をぶんぶんと振りながら、
「違う違う! 幼馴染だよ」
「お兄ちゃんじゃないから!」
と、強く否定した。そのあと、些細な言い合いをはじめたが、仲が良いのが傍からみても感じ取れる。しばらくそれを眺めたあと、シェルがアイレに顔を向けて、
「なんであんなに速く動けるんだ? それに魔力も……」
「うんうん! あんなに簡単に魔物を……」
目を見開いて驚いた顔をした。アイレは再び首をかしげながら、
「そう……なのか?」
よくわからないと眉をひそめた。 無人島で生活をしていたときは、インザームにもっと鍛えんか、と怒られてばかりいた。さらにはアズライトとルチルの強さを目の当たりにしている。 しかしながら、シェルとアクアに褒められたことはアイレに取って喜ばしいことで、この世界でそれなりに通用することがわかったからだ。
「アイレはヴルダヴァに何しにいうんだ?」
シェルがの質問にアイレは答えられなかった。目的は、ヴェルネルとレムリの行方、そしてインザームの仇を取るため、しかしそれはとても言えることではない。
アズライトいわく、ヴェルネルとレムリはこの世界では魔王を倒した英雄だが、インザームは反対に有名な反逆者と呼ばれている、と。
あまり下手なことは言えないが、それが事実なら何か話を聞けるんじゃないか、そう思い口を開いた。
「……ヴェルネルとレムリって知ってる?」
アイレは、質問に質問で返すように、恐る恐る二人の名前を聞いた。もしかすると、アズライトの話はまったくの嘘の可能性もある。
心臓をバクバクさせながら、唾を飲み込んだとき、アクアが…‥‥
アクアが、とても早口で喋りはじめた。
「な、何を言ってるんですか! 当たり前ですよ! 魔王を倒した、勇者ヴェルネルと大魔法使いレムリ! 私はレムリ様が古の魔法を使って最強と呼ばれた魔族を倒した話が好きで好きで、それなんてもうあれでこれで――」
龍車に乗っている全員がアクアに視線を向けるぐらいの大きな声と早口で、二人の逸話を語りはじめた。魔王を倒したことは、やはり本当のことのようで、インザームのことも聞こうと思ったが――
「アイレごめん。こうなると止まんないんだ」
シェルが、アクアの顔をぐいっと押し込んだ。んぐぐっと不愉快そうな顔をしながらも、まだ早口で語り続けている。それを無視してシェルが、
「この世界を救ったヴェルネルとレムリの話は有名だから、知らない人なんているのかな? もちろん、素顔は僕たちもわからないけど」
この世界では、文字は存在しているが、絵は発達していない。実際、巨樹の家にあった物もすべて文字しかなかった。
アイレはそのまま続けて、
「実は俺……凄い田舎から出てきてさ……。ヴェルネルとレムリって人はそんな凄いことをしたのか?」
「当たり前だよ! 魔王を倒す前も、色んな戦争を止めたり、奴隷商人だって壊滅させたらしいからね。――確かヴルタヴァにも訪れていたことがあったはずだよ」
「うんうん、レムリ様が名物料理を食べすぎて、それででも――」
その話がスイッチとなり、アクアはまた嬉しそうに身振り手振りで語りはじめ――
シェルがぐいっと顔を押し込んだ。
「……名物料理か……」
アイレは30年前に死んだ二人の友達だとはさすがに言えなかった。この世界では、アイレが生まれる前の話だ。アクアとシェルは信頼できそうだが、警戒するにこしたことはない。
しかし、ヴルダヴァに手掛かりがあるかもしれないと、到着が待ち遠しくなった。
それからアイレは、田舎から出てきてまったく知らないから教えてほしいと嘘を尽き通して、根掘り葉掘り話を聞いた。
結論からいえば、やはりインザームはヴェルネルとレムリを殺した人物。この世界では誰もが知っている反逆者で、要注意人物に認定されている。
多数の目撃者もいるらしく、指名手配されてからずっと姿を晦ましているとのことだった。
インザームが二人を手にかけることは絶対にない、だけど、目撃者がいるというのは気にかかる。一人や二人なら勘違いかもしれないが、多数となると……。
30年間もあの島で逃げ隠れしていたのか、ヴェルネルとレムリはやはり死んでいるのか、答えのない問いが頭をぐるぐる回り続けているうちに、龍車はヴルダヴァに到着した。
まだまだ聞きたいこともあったが、二人は行くところがあると足早に龍車を降りると、
「じゃあな! アイレ!」
「またね、アイレくん!」
すぐに姿が見えなくなった。なんだか名残惜しい気もしたが、旅とはこういうものなんだろうと、納得した。
ヴルダヴァの外壁はとてもしっかりとした造りになっていて、その高さは驚くべきものだった。魔物が存在している以上は当たり前かもしれないが、アニメで見るのと、実際で見るのは大違いである。
龍車の中にいた老夫婦も、ぐっすりと寝ていた女の子もいつのまにか居なくなっており、アイレも急いで門をくぐろうとした。
はじめての街。はじめての国。入口で深呼吸をして、大事な一歩を踏み込む!
と、思った矢先、隣にいた門兵がアイレの前に立ちふさがる。
銀色の甲冑と細長い槍は、威圧感を与えてくる。
「おい、見慣れない恰好をしてるな?」
高圧的な態度で、アイレのことをジロジロと眺めた。インザームお手製の服はそんなにも怪しいのか……? 矢次に門兵が、
「お前、どっからきた?」
眉をひそめながら、さらに問い詰める。日本から、異世界から、とはとても言えず、かといってどこから? と言われれば、答えは一つしかない。
「えーと……島から?」
語尾に疑問符をつけながら、アイレは少しだけ可愛く言った。冗談ではないが、まったく冗談も通じなさそうな門兵はさらにに疑いを強くした。
「……島だと? この辺にそんなものはない」
「いや、この先の海を渡ったところにあるんだ、そこで……親と二人でずっと暮らしてて……」
「親と島だぁ? おい、持ち物を見せろ」
門兵は力強くアイレの持ち物を探った。武器以外は、特に怪しい物は持ってない。
短剣が怪しいと言われれば、それまでだが……。
「これはなんだ? 絵か……?」
門兵が懐にあった一枚の写真を発見する。あ、それは! と思わず声が出る。
「――これインザームじゃねえか!?」
それに気が付くと、血相を変えて槍を構えた。インザームは反逆者としてこの世界では有名人で、門兵であれば誰もがその姿を記憶しているそして、
「おい! これはなんだ!」
明らかに敵意を向けて叫んだ。周囲に散らばっていた兵士たちも、なんだなんだと騒ぎはじめる。
「怪しい物じゃない! 返してくれ!!」
「お前、インザームの手先か……?」
すると門兵は、ポケットから笛を取り出すと、大きな音を鳴らした。近くにいた兵士たちが、ガチャガチャと甲冑を鳴らしてアイレの元へ駆け寄ってきた。
「ちゃんと答えろ! お前は何しにここへ来た! あの写真はなんだ!」
アイレは、短剣に手を添えながら考えた。
――戦う……しかないのか?
第二章に突入しました!物語はようやく?異世界転生らしく?なります!
前のほうがよかったと思われない様に頑張ります~!(*´ω`*)
引き続き皆さま宜しくお願いします!
 




