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暗い金曜日  作者: ピカルの定理
3/3

技術部

 六時間目の、つまらぬ数学Bの授業が終わり、新谷による雑なホームルームが終わると、皆一斉に各々の部活動に向かう。政二が学校生活の中で、最も嫌で、屈辱的で、惨めな時間である。政二は文化系の技術部に属していた。政二の最大のコンプレックスであった。無論、大学生や社会人から考えれば、それは対した問題ではなく、気に留めることのように思われるが、青春とは外部では真っ赤に煌びやかに燃えていても、内部では陰鬱な、それはどこにもぶつけようの無い暗い、暗い雨の模様をなすものである。一中では、月に一度配布させる学校だよりに、「部活動入部者八十パーセント!」

などと謳い、サッカーやバスケなどの運動部を必ず上に記載し、写真もスラっとした爽やか系のイケメンが颯爽と練習に励むものばかりで、当然メガネをかけた、ひょろひょろ(もしくはムチムチ)の男子学生が、むさ苦しくパソコンの前で目をかっ開くような写真は、教育衛生上の観点からも、学校の風紀からも、掲載されることは未来永劫無かった。政二は、中学校生活を棒に振るった。もう遅かった。人生を技術部に変えられてしまった。小学生の時は、運動部に入る彼らと同じ立ち位置で一緒に遊び、振る舞っていたものの、今そのような風体をなせば、あらゆる方向から"いじめ"の刃が、自身に向けられることは必至であった。政二には、運動部に言葉では言い表せない羨望があった。自分もユニフォームに着て、仲間と辛い練習に励み、県大会に出てみたかった。同じ部活の女子と一緒に下校してみたかった。体育祭で活躍したかった。なぜ、技術部になんか、入ってしまったんだろう・・・。


 "部室"は、生徒が朝夕出入りする下駄箱の近くにあった。天井が低い暗い雰囲気の場所で、大きな広場があったので、雨の日には剣道部やテニス部が筋トレなどのメニューをすぐそこでこなしていた。さて、政二は若干の急ぎ足で部室へ向かう。なぜ、急ぎ足なのか。それは、皆がユニフォームや体操服に着替え、健全な男女であることを象徴する体育クラブの一員であること、外部に知らせるのが大抵であったが、政二は学ラン(もしくはカッターシャツ)のままで、側から見れば、何か用事でもあるのか、病院でもいくのか、などと声をかけられることもあるわけで、もしそうなれば、「いや、部活や。」とのやりとりが横行すれば、変な空気になることは、馬鹿な政二でも、経験則で分かるものであったからだ。一目散に部室に逃げる。

 さて、榊原市立第一中学校技術部は、部員八名、内、男子七名女子一名で、顧問の先生は、ソフトボール部兼任の副教科技術科担当教師、高桑であった。一年生が三人、二年生が政二のみの一人、三年生が男子三人の女子一人という内訳であった。三年生の女子、田畑さんは滅多に来ない。部室につくと、常勤の三年生二人、橋本と近藤がウロウロしており、政二に気づくと、

「おう」

などと、近藤がなんとも言えない顔で挨拶してくる。

「こんにちは」

政二も挨拶し、橋下にも一礼する。この三年生二人は、知り合ってから一年近く経っているので、まぁそこそこ気がしれた仲であり、いがみ合うなことは一切なく、勿論政二は、先輩二人に対して敬語は使うものの、無駄な気を遣うことがないので、好意的な情を持っていた。近藤は、いかにも"技術部"な風体で、ヌルッとした温水洋一のような髪型と、政二世代の親が学生時代つけていたような古臭い、クソダサいメガネを着用しており、よく

「近藤きもーいwww」

などと、陸上部やバスケ部のイマドキの女子からからかわれていた。しかし、どうにも憎めない存在で、政二もたまにくるその口臭や、うざい絡みっぷりに、顔面にグーパンチ一撃喰らわしたい時も、たまさかあったが、普段はその近藤もつまらない話っぷりに、適当に相槌するのが何か心地よかった。橋下は、見た目好青年といった風貌で、性格も至って普通、笑顔が可愛らしいのが特徴で、誰からも嫌われることもない、本当に普通の中学生であった。

 さて、今日は何しようか。顧問の高桑はほぼ滅多に来ない。なので、いつもは雑談するか、ノコギリでギコギコ木を切って遊ぶのだった。

「今来たんですか。」

と、エナメルバックを作業台に置きながら聞くと、

「うん。今日何するかーーーーー」

と、橋下が背伸びとあくびをしながら、答える。

「やることあるでしょー。作りかけのベンチ完成すっぞ」

と、近藤が気持ち悪い口調で言うので

「えーー。近藤さん一人でやってください」

と、ニヤニヤしながら政二がからかう。

「うっせ!ほら、材料もってこい:

時刻は十六時を少し回ったところだ。今日は雨なので、前述の通り剣道部が掛け声をしながら棒を一心不乱に振っているのが音でわかる。雨の日は、政二にとって少しばかり好都合だった。近くにあの"運動部"がいるので、なぜか一体感が感じられ、それはソファで母親とテレビを観ているような、安心感があった

「じゃあ、とりあえずノコギリで木材切るか。」

橋下がそういったので、政二も作業の準備に取り掛かる。技術部は、表向きには学校のホームページの作成や、学校のベンチや備品などを木材で作る活動内容であった。顧問である高桑もほとんど来ないので、みんな自由気ままにやっていた。

「あれ?今日一年生休み?」

「さぁ、サボりじゃないですか」

「なにーーーー!、なめてんのかっ、あいつら」

「・・・」

近藤は相変わらず元気そうで、下手なノコギリ捌きで木材をギコギコ切っていた。

「有吉くん、最近どう?」

橋下が薄ら笑いを浮かべながら、言う。

「え、何がですかw」

「好きな子とかいないの?」

「いやいやいないですいないです。」

「え、橋下さんいるんですかw」

「んー、いないかなー」

「どんな子がタイプなんですか?」

「清楚!w」

「あー、橋下さん好きそう。陸上部の川林さんとかどうですか。」

「あー。いや、ルックスはいい!ルックスはいいけど・・・、あんま接点ないしなー。」

「おい!くだらねえこと言ってんじゃねえ!作業しろ作業。」

近藤が気持ち悪い口調で口を挟む。近藤は関西弁を滅多に使わない体であった。これは関西圏の学校社会では、嫌われる要因としてはあまりに十分であり、現に近藤は三年生の輩から少しいじめられていた。

「近藤さんは?どんな子がタイプなんですか。」

「うるせぇ、バカ。アホ。」

「あ、バスケ部の丸亀さんとか?w」

「は?意味わからんわお前。」

「なんか前、丸亀さんのことずっと見ていたじゃないですか」

ここで、近藤が作業を中断して、政二のほうを顔を少し赤らめながら見やり、

「・・・。何で丸亀さんのことお前が知ってんのっ。きもっ。そういうのやめた方がいいよ。」

「wwwwwwwwwww」

いつものくだらない話を三十分かそこら一通り終えると、三人はなぜか沈黙の空間に身を寄せるのだった。この沈黙が、三人がお互いを信頼し、仲間であることをを証明するものであった。

「よし、材料完成したわ。」

橋下は三人の中で、一番手際がよかった。

「えー、はや。」

「どうしよ、釘打つの明日にしよかな。」

「どっちでもいいんじゃない。」

「あ、橋下さん、トイレ行きませんか。」

「あぁ、いいよ。」

「何で今トイレなんだよっ」

政二と橋下は、近藤一人残し、向かいの理科室の隣にある便所に向かうのであった。

「いやあ、有吉くん受験とかもう考えてる?」

「いや受験は全然考えていないです。橋下さん志望校決まったんですか。」

「まだ。全然やる気でんわ。」

横目に剣道部とテニス部が中練(雨の日に体育館や広場で練習すること)しているのを横目に、いつもと変わらぬ何気ない会話を行う。


 さて、部室へ帰るとそこには、白いジャージのアウターに鮮血を想起させる赤いパンツに身を包んだ、技術部顧問の高桑の背中が見えた。

「おはよう!」

二人に気づいた高桑は、頭を少しさげ、ふざけたような面持ちで二人に声を掛けた。高桑は、中肉中背の見た目ヤクザを思わせる風貌で、茶色いサングラスに、毎朝セットする必要がなさそうなパンチパーマ、中年男性特有の骨太の拳が特徴で、見た目に反せず、怒らせると中々に怖い。普段は、それとは打って変わって、猫撫で声のオカマ口調で授業をするので、政二の学年の不良にも一目置かれ、反抗する者はいなかった。

「おはようございます・・・」

高桑のからかいに若干応えるようにして、二人はデクレッシェンド気味に挨拶し返す。

「なんや、また恋バナしてたんか!」

「へ?」

「近藤から聞いたで。有吉はずっと女子のことばっか喋るって」

「あぁ、すみません。」

「いや謝らんでいいけど!笑、有吉は誰が好きなんや」

「いやいやいや・・・、いないですよ!」

「えー?、ま、ええけど。ほな、今日も六時まで頑張ってな。鍵はここに置いとくから、職員室まで返すこと。あんまりサボったらあかんで!・・・サボるやろうけど。ほな!」

高桑は部室から出て行った。三人は顔を合わせて、微妙に笑う。

「ちょっと、近藤先輩、あんまりいらないこと言わないでくださいよ。高桑先生は二年の学年主任なんですから。」

「えー、だって有吉はどこ行ったって聞かれたから、それに答えただけだし」

「トイレに行っただけでいいじゃないですか笑」

しかし、高桑が部活指導してくれたのは一年生が入部したての二ヶ月前か、それも鋸の使い方を十分かそこらで雑に説明されたばっかで、高桑は放課後何をしているんだろうか、ソフトボール部の練習にも全然立ち会わないらしいし、学年主任だから、他の仕事があるのだろうか、などと考えながら、先のノコギリ仕事に従事する有吉であったが、ふと、先の恋バナの話が頭にモヤモヤと残る。政二はあまり恋愛をしない体で、小学校の六年間は告白したことは一度もなく、(もちろんされたこともない)女性を好きになるという感覚がまだ理解できずにいた。政二の友人の中にも、付き合ってる奴は何人かいたが、話を聞いても一緒にショッピングモールに行っただの、一緒に下校しただの、正直、何が面白くて付き合ってるのかわからなかった。むしろ興味があるのは、性である。付き合ってる奴に話を聞くと、キスまではあってもそれ以降のことはしていないこと。政二は一段と、思春期男子であれば皆そうだが、性欲の方は万事旺盛で、1日に一回は必ずマスを掻くのが常で、それもスマートフォンでfc2やXvideosのアダルトサイトをおかずにするならまだしも、同級生の女子のSNSを漁り、半ばネットストーカー状態で、それをおかずに一杯やるのが、これまたいい肴になり、放出量も放出速度もインクリージングするのであった。しかし、それは恋愛ではない。恋愛とは、何であるか、政二は知らなかった。政二の所属する二年一組にも該当する人物は見当たらない。同級生の女子と、エッチしてみたいな、などと考えていたら、

「政二ー!」

部室のドアから政二の小学校からの同級生、剣道部の西澤の姿を確認する。

「おう、西澤やん。汗やばいやん。」

部室のドアに近づきながら、応対をかます。

「wwwwwww、技術部何してるん。さっき高桑おったけど。」

「いや、なんもしてないw、暇や。」

「また政二ん家行くわ。」

そういって一秒ほど目を合わせながら、西澤は剣道部の部員のもとへ帰っていく。あぁ、やっぱ運動部はいいな、生き生きしてるな、西澤ほどのルックスでも、運動部ってだけでそれは彼氏候補の資格を得るのも分かる、そりゃ女子が運動部に群がる理由はわかるわ、文化部なんでクソやなぁ、と一頻りに政二は思ったところで、同じ寂れた陰気臭い空間にいる近藤と橋下が急激に、憎くてたまらなくなってくる。なんでこんなやつらと鋸で木材なんぞ切っているんや、俺の人生はこういう奴らと同等のものになるのか、などと酷く妄想し、何やら日常生活全てが暗く雲がかった世紀末の様相を帯びてくる。




 

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