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君の彼女でよかったとよ。  作者: ひとひら
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第25話

「長政。ビシッと、よかとこば見せないかんぞ」


「こっちの台詞たい。かなたや栞ちゃんの足ば引っ張ったらいかんぞ」


「なんか貴様(きさ)ん!?」


「貴様んこそ、なんかっ!?」


 慌てて仲裁に入る私。


「今日は楽しく試合しましょう! アハハハハ……ㇵ~ァ……」


 夏休みに入り、彼が話しをしていた大会に出場することになった。


「ようし、今日は大活躍ばするったい!」


「小永吉先輩は皆さんの邪魔にならんごと、静かにプレーしてくだいね」


「古賀原、応援になっとらんぞ……」


「中牟田さん、いつも息子がお世話になっております」


「こちらこそ、栞がお世話になっとります」


 親同士の挨拶を済ませた美紀さんが、差し入れといって大きな紙袋に入ったお弁当を私達に見せてくれる。


「美紀さん。この爺には毒入りくれちゃらんね」


「長政。貴様んは入れ歯ば喉に詰まらせてくたばれ」


「一緒にするな。入れ歯なんぞしよらん」


「俺かて、金歯の他は自前ばい」


「……成金が」


「なんか――この!」


「なんが、なんか――この!」


「そ、そろそろ時間じゃないかなっ!?」


 互いの祖父の舌戦が激しさを増すのを彼はスマホを取り出して逸らそうとする。


「わーほんとだ! コートば確認せんといかんね!?」


 私も、彼に合わせた――。


 今日は福岡県内、最大規模を誇る博多の森テニス競技場に足を運んでいた。

 ここは国際大会等も開かれる場所で、週末にはほぼ空きのないコートだ。

 本日はなんと、ここで団体戦が行われることになり、意外な顔ぶれが集まることになった。

 メンバーはというと、私達の祖父。それから彼と私に小永吉先輩。応援には、弥生と美紀さん。

 そして、最後のメンバーは……お父さんだった。


「大膳。ムスッとしとらんで、約束通り早よう徹也君と仲直りせんか」


 長政さんは、直近の大会で勝った方が相手の言うことを聞くという条件で戦ったらしい。そしてその結果でも縦に首を振ろうとしない祖父に対して、墓場まで持って行くと約束した昔話を持ち出すことによって承諾させたという。

 けれど長政さん曰く、「そこまでされたっちゅう言い訳でもなかやったら、あの爺の面子が立たんだけたい」と、そういうことらしい。


「あ、あの……」


 畏まる父が話かけようとする。こんなにも緊張している姿を見るのは初めてだ。私はその姿に、祖父母の家に足を運んでくれた時の父の気持ちを想像して胸が熱くなった。


「喧嘩なんぞしよらん!」


 ぶっきら棒に祖父が口にする。そしてソッポを向きながらも、「徹也! 今日はしっかりやらんと、くらすぞ!」と、力強く父に声を掛けた。


「――はい!」


 父は姿勢を正して、祖父に深く深く頭を下げた。


「お祖父ちゃん……お父さん……」


 私は二人のぎこちないながらも言葉を交わしてくれたことに潤む目から涙を零していた。きっと母も、この光景を喜んでいるに違いない……。


「ほらほら、栞ちゃん。これから頑張らなくちゃいけないんだから、泣いてちゃダメよ」


「ありがとうございます……」


 まるで本当のお母さんのようにして、美紀さんが私の背中に手を回してハンカチで涙を拭ってくれる。


「よかったね、栞……」


「……うん」


 雰囲気で察してくれた弥生が微笑みをくれた……。

 そしてガラリと表情を変えて、「せからしかっ!」と、先程から感極まって号泣する小永吉先輩を一喝して黙らせた。すると遠く向こうの方から、呼び掛ける声が聞こえてきた――


「チーム上白水の皆さん、いらっしゃいますかー!? 至急14番コートへ、お入りくださぁい!」


「皆、急いで行かんと!」


「大膳! なんでチーム上白水なんか!? 甘露寺軍団やろうがっ!?」


「せからしかたい! 末席に加えてやっとっちゃけん、有難く思わんか!!」


「有難く思うんわ――」


 なんだかんだで、祖父達は先頭に立って急ぎ足でコートへと向かっていく。

 十四番と言われて迷うことなく真っしぐらに進む辺りは、いかに通い詰めているのかがよく分かった。


「――お願いします!」

 

 参加チームは計8チームで、1チーム六名とされていた。

 ルールはシングルスとダブルスを二面展開で同時に行い、1ゲーム毎にプレーヤーを入れ替え出場回数を可能な限り合わせながら1セットマッチを戦う。

 そしてセットカウントが1-1になった場合は、スーパータイブレーク方式という10点先取のダブルスで勝負を決めるのだったが、これも特別ルールで9-9の点数になった場合は一本勝負となる。

 そうして私達は初めて経験するルールに緊張しながら、この凸凹なメンバーでトーナメントを戦っていくのだった。


「君~! ファイトー!!」


 初戦の相手は大学のサークルメンバーで構成されたチームで、元気はあるもののコートに入る確率は私達より劣るので難なく勝利することができた。

 ここで驚いたことは、父がテニスをするのは久し振りのはずなのに、なかなかに堅実なプレーを見せて「今度、相手ばしちゃろう」と、祖父から闘志を剥き出しにされていたことで、私は思わず忍び笑いをしてしまっていた。


 そして準決勝の相手は草トーナメントで上位に入る人達を擁したチームで、祖父達がプレーする番になると劣勢に立たされる場面もあった。けれど、彼と小永吉先輩が状況を打開して、父や私も踏ん張り二勝を先にすることが出来て団結力も増していく。


 そうして迎えた決勝戦――


 相手チームは格段に強くなっていて、四十代ぐらいの男性二人は、若かりし頃に全日本選手権にダブルスで出場するほどの実力者だった。

 他のメンバーはというと、コーチをしている三十代の男性と、年齢別の大会で九州代表にもなるほどの実力を持つ四十代の女性。それから大学の部活でプレーする元気な男女で構成されたチームだった。


「必ず、優勝しよう!」


 お互い変則的なこの戦い方に慣れてきた頃で、私達は先手必勝を心掛け、最初にシングルスに彼を出して直ぐに1ゲームを奪った後、小永吉先輩で粘らせておいて「最初に出る!」と言って聞かないお祖父ちゃんズでスタートしたダブルスに父と私、それから彼を順番に控えさせておいて、タイミング次第で彼をシングルスの方へ再投入するという作戦を取っていた。


 相手の方はというと、こちらの実力の程を確認済みらしく、ダブルスに注力する為に最初の彼の相手を敢てチームの中で一番上手じゃない女子大生を当てて、元全日本選手達を出来る限りダブルスの方でプレーさせるよう努めていた――


「栞、頑張って!」 


 試合の終わるタイミングにもよるのだが、参加者を出来るだけ平等にコートへ立たせなければならないというそのルールに相手チームは取捨選択のメンバーを上手に当ててくる。

 それでも私達のチームは、貴重な一勝を先に手にすることが出来ていた。

 けれどダブルスの方は、残念ながら惜敗を喫すこととなる。


「なんでチャンスボールまで丁寧に返球しようとよっ!?」


 誤算だったのが、シングルスを戦う小永吉先輩と四十代女性のテニスが絡み合ってしまったことだった。余りにも長いストローク戦で無駄にプレー時間を費やしてしまっていた。

 もしもあれがなかったら、もう少し彼をシングルスの方に参戦させることが出来たような気もする。

 応援する彼女も同じように思っていたらしく、先ほどから烈火の如く先輩に説教をしている。

 どうやら彼女は、先輩に対して人格が変わるようだ。


「スイッチが入ってしもうた……」


 ボソリいじけたように呟く先輩。そんな姿を見て、私は笑いを堪えるのに必死だった。

 

 そうして波乱含みのスーパータイブレーク。

 それぞれ1ポイントずつメンバーを入れ替えながらのシーソーゲーム。

 このダブルスでは、ミスがそのままポイントに直結しまうという緊張感からか、互いに固くなったプレーが続いていた。 

 そして9-9という、最高にシビれる場面…… 

 向こう側は、元全日本選手の二人。

 対するこちらは、サーバーが彼で前衛が私。


「集中だけすれば、大丈夫だよ」

 

 震える体を何とか堪えながら、私はコートに立っている。


「う、うん」


 コートサイドの皆の声援も、緊張の余り、遠くに聞こえる……。


「さあ、最後のワンプレーだよ!」


 蒼い顔をしながらも、彼は力強くそう言った。


(凄い迫力……)


 アドサイドのポジションに就く私の視界には、 必ず勝利するという気合に満ち溢れた敵の姿がある。

 相手は彼のサーブが別格に良いことを考慮して、二人共にベースラインよりも遥か後方で構えている。

 私は、敵の気合に負けないように、パシンと腿を叩いて喝を入れた。

 すると、彼のボールを突く音が聴こえてきて、静寂が訪れてきた……そして、

 

 ――バフンッ!!

 

 板を叩き割るような音と共に彼のサーブがセンターへと入り、コートを抉るようにバウンドしたそのボールが真っ直ぐに飛んでいく。


(取った!?)


 相手レシーバーは、一か八かでコートの内側へ寄っていたお蔭で、弾かれながらもなんとかこちらへと返球してきた。


「栞ちゃん――!」


 そのボールは私の方へ上がって来たのだったが、ナイスロブと言えるほどの深さには至らず、私にとってピンチのようなチャンスボールとなる――


「うん!」


 フワリと力なく上がってくるそのボールに対して、私は、スマッシュの構えを整える……。

 そして構えながら、あの壁打ち場で彼から教えてもらった光景を思い出した。

 ボールを壁の手前に打ちつけて、その勢いで跳ね上がらせながら練習した、あのスマッシュを――


「栞ちゃん。スマッシュは、左手を利用してラケットを真横に持ち上げて、そこから一気に頭の後ろへ持って行った方が安定した形になるよ」


「へぇ、知らんかった……」


「それで意識しなくちゃいけないのは、やっぱり左。左の腕をしっかりと伸ばして、支えておくことで打点が安定するんだ」


「ふんふん」


「あとはしっかりと振り切ればいいんだけど、その勢いに体が負けないようにね」


「はーーい」


 ――そうして今、その場面がやって来た。 

  

 敵の二人は、私が構えたことに勝機ありと感じて何処までも食らいつこうと身構えている。

 私は、その様子に怯む……。

 圧倒的優位のはずなのに、蛇に睨まれた蛙のようになってしまった――。


(どこ!?)


 逃げるように取れそうにないコースを探していると、およそライン際を狙うぐらいしか思いつかなかった。

 フォアサイド……バックサイド……それに、深さについても迷いが生じてしまう。


(無理やろ!?)


 その辺りなら確かに決まるだろう……だけど私の技量じゃサイドアウトしてしまう可能性が強くあって何より恐くて振り切れない……。


(どうしたらいいとよ!?)


 焦る気持ちが私を支配する。判断が、つかない――。


「栞ちゃんっ! 思い出して!!」


(――っ!?)


 彼の声を背中に受けた瞬間、私は、あの光景の続きを思い出した――


「ダブルスの場合は、ベースラインを狙うんじゃなくて、サービスライン前後を狙うといいよ」


「なんで?」


「もしも返球された時に、ペア同士、カバーしやすくなるから」


「へぇ……じゃ、コースは?」


「迷ったら、相手の事なんか気にしないでフルスイングでど真ん中!」


「気持ちよさそうやね!」


(――そう! 迷ったら!!)


 私は呼吸を整え、タイミングを計り、しっかりと一歩踏み込んでボールを捉えた。

 

 ――パシン!

 

 狙い通りに打った私のボールは、軽快な音と共に相手コートのど真ん中にバウンドする。


 ――でも、


「え……」


 今コートに立っている中で最も球威のない私のスマッシュは、前衛役の敵を嬉々とさせるもので、バックハンドロブで見事な放物線を描かせ返球させるものだった――。


(駄目……やった……)


 見るとカバーの為に私の傍までやって来ていた彼の頭上をも軽々と超えて、そのボールは、ベースラインぎりぎりに落ちようとする……。

 見事なまでの起死回生ショット。さすが元全日本選手。

 残念だけど、やれるだけのことはやったと思う。本当なら、この申し訳なく思う気持ちから彼に伝えたいところだけれど、今回は謝らないことにした。だって、私にとって恥ずべきプレーではなかったのだから。


(ようやったよ……)


 そうして肩を落として俯きかけた、次の瞬間――


「……嘘やろ」


 彼は煌めくように駆け出して、ボールのバウンドする近くまであっという間に辿り着く。

 そして背を向けたまま、私に横顔を覗かせ声を掛けてきた――


「栞! しゃがんでっ!!」


「へっ!?」という抜けた声を出しながらも、彼の指示に従い私はしゃがみ込んだ。

 すると彼はバウンドに合わせてポジションを微調整して、一呼吸置いたあと私の頭スレスレを通す速球を両脚の間から向こう側へ打ち込む――

 

 ブゥーーーーーーンッ!

 

 風切り音が私の頭の上を通過する。


「構えて!」


 素早く体を切り返す彼が告げる。


「はい!」

 

 私は言われたことに直ぐさま反応して、顔と体、何より気持ちを持ち上げて向き直り構え直した。 


「もう一度!」


 見ればレシーブした相手が、なんとか手だけを必死に出して浮わついたボールを私に寄越してきていた。


「はいっ!」

 

 迷うことなく、同じ場所、相手が待っているその場所に、私は渾身の力と思いを込めてスマッシユを叩き込んだ――――


 カシャン…………。

 響いたフェンスの音。

 小さく弾むボール……。

 私は、茫然となる……。

 静けさが、舞い戻ってきた――。

 

「……か――」


 相手の二人は、どちらが私のスマッシュを取るのかで一瞬だけ躊躇った。そしてその僅かな決断の遅れが意思疎通を失わせて、結局どちらも手を出すことが出来ずに見送ってしまっていた。

 ボールは後ろのフェンスに当たる音を残して、小さく数回コートに弾んだ後に落ち着く。 


「勝った……」

 

 私は、フィニッシュのままに呟き、そして――


「かなたーーーーっ! 勝ったばぁぁぁぁい!!」と、両手を突き上げ涙目で振り返った。するとベースラインにいる彼は満足そうに微笑んで、「よかった……」と、口元だけを僅かに動かし、そして…………倒れた――

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