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君の彼女でよかったとよ。  作者: ひとひら
24/31

第24話

「そうそう、ナイスショット!」


 夏休み間近の休日の午後。

 私達は今、学校のコートにいる。それは何故かというと、レッスンして欲しいと弥生が彼に頼んだからだった。


「やった! ……栞も聞いておいた方がいいっちゃないとー?」


 私は何度か彼女の相手をしていた。そして打ち方などを聞かれ困ってしまっていた。

 私は人に教えられるほど上手じゃないと思ってる。それに、知識として身につけている事も多くはない。なので、「教えてくれるて言いよったっちゃけん、頼んでみたら?」と、熱心な彼女に促してみたのだった。


「私は、別にいいと……」


 ではなぜ、その私がここにいるのか。

 それはグループLINEで連絡が来たから……。

 それに私もトップ選手のテニスに対する考え方には、嫌いになったとはいえ、少なからず興味があったから……。後はなんとなく二人きりにさせるのに、抵抗があったからなのかもしれない……。

 でもだからといって、対抗意識を燃やしている訳では、決してない――


「じゃあ、なんでそげな恰好しようと?」


「ただの雰囲気作りやろうもん」


「中牟田さんのテニスウエア、初めて見たなー」


「ぅ……ぅん」


 ずっと私服のままというのも、なんだか気が引けるようになっていたというのがあったのと、弥生がウチの店でナイキのテニスウエアとシューズ、それからプリンスのラケットを買い揃え、私にもウエアを着るよう再三に亘って言ってきたのもあって、私は今日、FILAのTシャツとロングパンツという姿でいる。


「じゃ、古賀原さん。レディースポジション作ってみて」


 私の位置からは、弥生のパンツが見えそうだ。


「はい、コーチ!」


 吃驚(びっくり)したことといえば、ウエアについて気を遣わなくていいと伝えはしたものの、何もワンピース姿で肩や脚を出しまくりでやらなてもいいんじゃないかとは思った。

 彼女は大人しい割に、やることが大胆だ。


「そんなにしゃがみ込まなくても大丈夫だよ」


「え? だってテレビば見よったら、こげんして構えとらん?」


「それは体幹が安定してるならってこと。それより体を起こして、動きやすい程度に膝を曲げておけば十分だよ」


「……うん。こっちの方が私には合いそう」


 彼のアドバイスは、先程から聞いたことがないものばかりだった。

 正直、天才と呼ばれている彼のことだから、感覚でしかプレーしていないのではという気持ちもあったのだが、実際には知識として多くの事を身に着けていることに驚かされた。


「テイクバックを……って、いきなり横向く必要はないよ」


「なんで?」


「レディースポジションから、肩だけを捻るようにして我慢すると、力が溜まりやすいんだ。それから足を一歩ずつ入れ替えるようにして、その力が抜けないように動いてね」


「え!? 力ば抜くっちゃないと? 〈リラックスして~、タコのように~〉とか言うやろ?」


「……タコで打てる?」


「無理」


「だよね。じゃあ何が必要かというと、ボールに最大限の威力を加えたい訳だから、筋肉の連動を意識しなくちゃならない。ということは、肩が持ち上がって力んだり、凝り固まるような力の入れ方だと連動したものは生まれにくいからそれはよくない、ということになるんだよ」


 彼のコーチングから、どうやって先日のショットが生み出されたのかが何となく分かったような気がする。

 確かに彼が打つと、力みというものが全く感じられなくて、スムーズな印象が強く残る。多分、それが連動ということなんだろう。


「じゃあ、ラケットもブラブラ持ったらいかんと?」


「もちろん。かと言って、握力検査の要領で持つのは無駄な力が多くなり過ぎるから、手の平を吸いつけるように握った方がいいよ」


「そういえば甘露寺くん、グリップの持つ場所なんかは教えてくれんね?」


「グリップの持つ角度や位置は、本当に人それぞれなんだ。大事なのはインパクトの時に一番力が伝わりやすいって感じる場所だよ」


「なるほど~」


「後はどんなショットでもテイクバックを出来るだけ早く完了させて、待つ時間を作ること。そして真っ直ぐ押し出すことだね」


「え? ちょっと待って。そしたらボレーはどげんすっと? 上から下に切らんといかんやろ?」


「あ~中牟田さん、それは勘違いだよ。ボレーもしっかりと押し込むことが大事なんだ。だから切るっていうよりは、上から下に押さえ込むっていう方が正しいかな。それに回転はガットの扱いで掛けるもので、その回転量を増やす為にラケットヘッドの遠心力を加えることが重要になってくるんだ」


「知らんかった……」


「自分の体を最大限に使うことを考えてやれば、なんでも簡単に出来るよ」

 

 私は思った。それを『才能』というんだ、と――。


「わー、ちゃんと当たるようになってきた!」


「古賀原さん、呑み込み早いね」


「ありがとう!」


「……」


 私はコートサイドにしゃがみ込んで、二人のラリーを眺めている。

 彼は弥生のボールを丁寧に返球している。それを彼女は一球ずつ、フォア・バックと笑顔で打ち分けている。まるで、付き合っている二人が(はしゃ)いでいるようだった。


「――ふ~~、 ちょっと休憩!」


「中牟田さん……やる?」


 彼と弥生の視線が集まった。


「………………やる」

 

 二人は大きく目を見開いて、弾ける笑顔を私に見せた――。


「練習したいショットは、ある?」


 用具倉庫にしまわれていたキャスター付きのカゴボールをセットして彼は聞く。てっきり私は、彼のラケットケースに入っていた何球かを使うものだと思っていたので、考えていたよりも真剣な練習になりそうで多少なりとも後悔するものを覚えてしまった。


「……私、フォアハンドストロークが苦手」


「了解!」


 そうして彼は球を出してくれる。そして出しながら悪い所を見定めようとする真剣な目をこちらに向けてくれる……。

 私は、その視線に気恥ずかしいものを覚えた。けれど何度か打っているうちに、その熱い視線が安心感に変わっていき、次第に気分よくスイングをすることが出来た。


(ん~~……)


 でも苦手としているだけではなくて、ブランクのある私のショットはネットやオーバーとミスばかりで、今まで受けた中で一番打ちやすい彼の球出しに申し訳ないやら情けないやらと、次第にげんなりする気持ちが表れてきてしまう……。

 すると、彼は納得したように声を掛けてきた。


「中牟田さん、ラケット持ってる右手が主導になってるから、まずはフォームを整える左側を意識してみて。左手の指先まで、しっかり意識して!」


「う、うん!」


 そんなこと、考えたこともなかった。今までラケットを一生懸命振るということぐらいしか思ったことのない私からすれば、画期的なことだ。

 私は意識を左側へ持っていく。そして、指先まで集中してみた……。

 すると、スイングに対して体が負けなくなって、軸が取りやすくなったような気がした。


「いい感じだよ。そしたら次は、テイクバックを出来るだけ自分の方に引き付ける意識と、インパクト目掛けて手元の方から出すイメージで、最終的に打点がくるような感じで打ってみて!」


 私は言われた通りに出来るよう心がけた。

 最初は打点からラケットが離れる不安と遅れる感覚があったけれど、徐々に捉えどころが明確になっていって、どんどんスイングが安定してインパクトの感触がクリアになっていくのが解った。


(凄か……)


 ボールの軌道もブレずに、同じ深さへとバウンドしていく。

 コントロールして、支配しているという感覚がある……。

 正直、自分じゃないようだった。

 そして彼が打感を気にする理由は、こういうことなのかと納得もした――。


「栞……バリ上手かね」


「その顔は……なんね」


 爽快に噴き出す汗を拭い、水飲み休憩を取る私に弥生が呆気に取られたような顔をして話し掛ける。


「この間の人とは、思えん」


「それは言わんとって……ん? どげんしたとー!?」 

 

 ボールを集めてくれていた彼が、コートの奥で俯き立ち止まっているのが見えた。

 私は直ぐに駈け寄った。


「……な、なんでもないよ」


「具合、悪いと?」


「大丈夫。ちょっと暑さにやられただけ」


「……本当に大丈夫ね?」


「うん、もう平気」


 そう言って彼は笑顔を浮かべるのだが、どこか先ほどよりも精気を感じないように思った……と、そこでガチャリと開く音がして私達は振り向いた。


「楽しそうやなー!」


 見ればラケット片手にサッカーウエアで姿を現した小永吉先輩が素振りを始めている。その足元に目をやると、きちんとシューズを履き替えている辺りは目を細めたくなる思いだった。


「部活は、もう終わったとですか?」


 近くの弥生が話し掛ける。


「ああ。それにしても古賀原、えらいエロか恰好しとるな……」


「先輩、それ以上ジロジロ見よったら、訴えますよー」


 冗談なのか本気なのか、彼女は無表情に冷たい眼差しを向けて言う。 


「さ、さぁー! 俺もかたらしてくれ(仲間に入れてくれ)!!」


 蒼い顔になった先輩が、助けを求めるように私達へ声を掛けてきた。


「ダブルスしますか?」


 答えながら彼が歩み寄るので、私も倣った。


「おー、やろやろ!」

 

「ペア、どうすると?」


 私は彼の様子を窺いながら、その横顔に尋ねた。すると、


「俺と中牟田。甘露寺と古賀原で丁度よかろう」と、先輩が迷うことなく口にした。


「……君は、ほんとに大丈夫ね?」


 私は彼の顔を覗き込んだ。先ほどの様子は影を潜めるように元気な様子でいる。そしてそんな彼は、「うん」と大きく頷き、私に笑って見せた――。

 

 そうしてミックスダブルスを騒々しくも愉快にプレーした。 

 サーブをやったことのない弥生が、アンダーでサービスボックスを狙い順調に試合が進んでいく。

 私達三人は、彼女の為に手加減を心掛けた。

 それでも気心の知れた仲間でプレーするのはとても楽しくて、大笑いしながら私はコートに立っていた。

 ワンポイントごとのやり取りが、心を弾ませてくれた。

 インパクトが爽快な刺激を体に与えてくれた。 

 皆の笑顔が、私にテニスの素晴らしさを伝えてくれていた――けど、


(近いやろ……) 


 向こう側、ハイタッチしたり仲良さそうにする二人の姿を見て、胸がチクッとなった。

恋敵(ライバル)

 そんな単語が浮かんできてしまった――。


「楽しかった~」


「古賀原、おまえ初心者とは思えんなぁ!」


「コーチがよかですからね」


「俺もコーチしちゃろうか?」


「丁重に、お断りばさせて頂きます」


「なんか、その言葉遣いは……」


 クスリと笑った弥生が私に話す。


「栞も甘露寺くんに、もっと習ったらよかやん。そしたら次は優勝間違いなしよ」


 機嫌が悪くなってしまった私は、「どうやろね……」と、素っ気なく返す。すると彼が話題を途切らさないかのように「大丈夫だよ、古賀原さん。今度の大会は、絶対に優勝するから」と言った。


 私は自然な彼の言葉に引っかかるものを感じて、暫し小首を傾げる……。そしてハタと思い浮かぶものがあって目を吊り上げて直ぐに口にした。


「もしかして、また勝手にエントリーしたっちゃないやろねっ!?」


「え? 中牟田さんのお祖父ちゃんがエントリーしたはずだよ。聞いてないの?」


 彼は、キョトンとした表情で言う。


「はぁーーーーっ!?」


 この時点で私に拒否権がないだろうということは、明らかだと思った……。


「頑張ってね、栞」


「おっと、そろそろ俺は帰るばい」


「じゃあ、僕達も帰ろうか?」


「栞、固まっとらんで着替えに行こ」


「……うん」


 そうして色々な思いを抱えながらも、私は家路へと向かう――。


「ずいぶん楽しそうやったね?」


 皆と別れて大橋駅に着くなり、つっけんどんに彼に話しかける。


「うん! 皆でテニスできて楽しかったよ」


「特に弥生とダブルスば組めて」


「え?」


(言ってしもうた――)


 我慢していた……。言わないように、言わないように……我慢していた。

 だけど二人きりになっても変わらず機嫌のいい彼の姿を見て、私の心に棘のように刺さっているものに耐え切れなくなってしまった。

 私は自分の厭らしさに、独り苛立ち地団駄踏んでしまう。


「あ……脚、痛くない?」


「そんなことはどうでもいいと! なんなら弥生と付き合ったらよかやんっ!?」


 一度荒立ててしまった感情の波は、その激しさを増していく……。


「ど、どうしたの?」


「どうもせんよ。なんか、お似合いやったからそう言っただけやん」


「怒ってる……よね?」


「別に怒っとらんし! どうでもよかことやけど、君はいつまで経っても私のこと『中牟田さん』って呼ぶんやねっ!?」


「それは……」


「付き合っとったら、『栞』やないとねっ!?」


「……」


 私達は、どちらからともなく進む方向を変えて、そのまま公園へと足を運び長椅子に腰かけた。それから暫くの沈黙の後、彼が悲しげな表情で話し出した。


「僕は復帰を目指してる……けど、それでも自分の体のことが不安なんだ。自分だけのことだったらいいよ。だけど、他人を巻き込む訳にはいかないよ」


「君は私のこと、『他人』って言うと?」


「あ!? イヤ……あの、そうじゃなくってっていうか、その、こんな僕が誰かと……ううん。中牟田さんと、これから先ずっと一緒に居られるかどうかなんて分からないよ……」


「君の事情を知っとう『私』が言いようとよ。それに私だって、いつどうなるか分からんよ。実際、事故に遭うなんて思ってもみんかったし」


「……うん」


「自分の思った通りにいくことなんてそんなになかろ? それより何かあったとしても、自分が思い描く方に少しずつでも向かっていく姿勢を大切にすることの方が大事なんやないと? 私は君を見て、そう思いようとよ」


「……僕?」


 私は、大きく頷いた。


「だって、君は選手として復帰したいと願って努力しとうやん」


「……うん」


「それを私は直ぐに諦めたけん、君を見てて尊敬するんよ。そんな君にこれからもし万が一……ううん、億が一にも何かあったとしても、そんな君の傍に()れたら私は嬉しかよ」


 これだけ滑らかに私の口から言葉が出るなんて思いもしなかった。

 けれど私の嘘偽りない気持ちだった。

 確かに、私は選手を諦め腐った。

 でも彼と出会って、選手ということが私にとって全てではなくなって、今は違う角度からテニスというものが意識できるようになって本当に救われていた。そして、そう思わせてくれた彼の一番近くに()たいという気持ちは、私にとって、ごくごく自然なことだった。


「中牟田さんは……」


「栞、やろ?」


「栞……ちゃん」


 私は苦笑しつつ、先を促す。


「栞ちゃんは、復帰は考えてないの?」


 束の間、自分の気持ちに耳を傾けてから答えた。


「ネガティブに考えているわけやなくて、今は人との繋がりの手段としてテニスのことを見つめ直しとうような気がしとっちゃんね……。やけん、それがはっきり選手ってことになったら復帰すると思う。例えライバルやった相手に全然勝てんごとなってても」


「…………凄い。凄いと思う」


 彼の眼差しに、(そう思わせてくれたんは、君やん)と、顔が熱くなってしまう。

 そして、そんな私のことを映す彼は言った。


「僕たち、付き合ってるんだよ……ね?」


 朱色に染まる顔で、私を覗き込む彼。私はその瞳の中に、拭い払われたものを見つけた。


(一歩目……)


 そう。彼の、そこへ立つ為の最初の一歩。そう映った。

 私の中で、尊敬と熱い想いが溢れてくる……。そして、(君の方が凄かよ)と、絡めるように見つめる。


「……そうよ」


 さっきまでの妬きもちのことは綺麗に忘れて、私は浸る。

 

「じゃ、じゃあ……僕のことは、『かなた』って、呼ぶ感じ?」


 縮まってる――。

 そう、彼との距離が縮まって、繋がりが強くなっていってる。

 事故に遭ったことは悲しい。だけど、感謝したいくらいに感じるものもある……。

 私は、そんな自分の気持ちに、ほくそ笑んだ。


「ううん。君のことは今まで通り【君】、ばい!」


「ずるいなぁ~~」


 恥ずかしさというよりも、今は【君】という言葉を手放したくなかった。

【君】という、大切な、私だけの響きを……。

 

「細かいこと気にしたらいかんよ。私の彼氏は、懐の深か人にならんとね」


「頑張る~~」


 彼と打ち解けていく感覚に、幸せ過ぎておかしくなってしまいそうだ。

 こんな気持ちになれるなんて、思ってもみなかった。


(ぁ……)


 そうして私が嬉しさの中に恥ずかしさを伴って顔を背けてみると、あのお婆さんが久しぶりにお稲荷様に手を合わせているのが見えた。少しだけ、背中が丸くなっただろうか?

 それでも元気な姿が見れて、そのことについても頬が緩む思いだった。


「壁打ち……せん?」


 私は向き直り、澄んだ瞳に自分を映して伝えた。


「やろう!」


 彼の笑顔が、いつもと違って見える。

 何か、新しい自分を見つけたような、そんな笑顔だった。

 きっと、私にも言えることなんだろう。


(大切にしたい――)


 私は噛み締めるようにして俯いたあと、目線を上げて立ち上がろうとした。


「――え?」


 見てみると、既に立ち上がっている彼が私に手を差し伸べてくれていた。


「――行こう!」


 私は希望に溢れるその手を、迷うことなく掴んだ。


「うん――!」


 山笠以来のその手は、少しだけ逞しくなっているような気がした。

 

「次の試合までに、スマッシュば教えてね?」


「うん!」


 私は……ううん。私達は、高鳴る気持ちをこれからの一歩とするように、歩み出した。

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