第23話
チリンチリンと、清涼感のある鈴の音を伴いドアを開く。
「あら、栞ちゃん!? 久しぶりやね~!」
私は今日、久しぶりにLe.reposでランチを頂くことにした。
「おばちゃん、ご無沙汰してます」
「いつもの席やろ? あそこは、栞ちゃんの為にとっとっとよ」
彼の祖母、綾乃さんがカウンター端の席を笑顔で指し示す。
「今日は……おらんとですか?」
ありがとうございますと言って席に着いた私は、受け渡し口から見えた厨房にある体のラインが違うことが気になり聞いてみた。
「最近は、息子の隆哉に任せっ切りでテニスばっかりなんよ」
綾乃さんは眉根を寄せながらそう言うと、トレーをラケットに見立て振ってみせる。そして、はたと気付いたように、窓際の四人掛け席のテーブルを拭いていた女性に声を掛けた。
「美紀さん、この娘が栞ちゃん!」
呼びかけに応じて近づくその女性は、やっと会えたというような表情を私に向けながら綾乃さんの横へ立った。
「初めまして。かなたが、いつもお世話になっています」
私は会釈する……。
「畏まらんでよかよ。この娘は、私達の家族みたいなもんなんやけん」
そういって、美紀さんという人に綾乃さんは気さくに笑いかけた。
「かなたくんの、お母様……ですか?」
綾乃さんと柄違いの胸当てエプロンをする、とても綺麗で優しそうな女性。
「はい」
爽やかな返事が私に届く。
「は、初めまして! こちらこそ、いつもお世話になっとって……いえ、なっておりまして!!」
私は頭の中にある、間違っていなさそうな標準語を慌てて引っ張り出そうとした。
「栞ちゃんも、どげんしたと? 気楽にせんね」
「は、はい……」
恥かしさから壊れた玩具のようになって私が俯くと、それを見た二人は本当の親子のようにして笑い合っていた。
「――お待ちどうさまです」
鉄板から、ジュージューと煙が立ち上り、食欲をそそる音と薫りが立ち込めるデミグラスのハンバーグを美紀さんは静かに私の前に運んでくれる。
細く長い指が、大人の魅力を感じさせる。
「ありがとうございます」
ウェーブの掛かったセミロングの品のあるヘアースタイルに、明る過ぎないアッシュベージュのカラーがよく合っている。
「かなたから、あなたの話をよく聞くんですよ」
横から見えたウエストラインに釘付となって、つい自分の腰をイスの奥へ引っ込めて驚く私に、美紀さんは言った。
「〈とっても優しい良い子なんだ〉って……。あの子がテニス以外の話、ましてや女の子の話をするなんて思いもしなかったんです」
そういって、微笑んだ。
(笑窪……)
美紀さんの表情から、直ぐに彼の顔が浮かんできた。
「病気してからというもの、あの子どこか上の空で……。でも、あなた達と知り合って、遊んでもらえるようになって、お陰様で元気になっていっているんです。それに、今まで見せたことないような表情をするようにもなったんですよ。母親の私からすると、今のかなたの方が年相応なんじゃないかなって、そう思ってます」
「今までは、どうだったんですか?」
「戦いに身を投じる戦士とでもいうのかしら……。いっつもピリピリしていて、〈絶対に負けられない、もっと上を目指すんだ!〉って、そればっかりで」
苦笑する美紀さんは、続けて、「それでも先生の許可が出て、あの子がまたそれを望むのなら変わらず応援しようって、主人とも話しているんです」と言った。
彼がピリピリしているところなんて、想像が付かなかった。
水ヶ瀬君との対決の時でも、緊張はしていても、ピリピリという感じではなかった。だけど私自身も、中学の時の友達に言わせると、まるくなったそうだ。
勝負の世界というものは、そういったものが自然と身についてしまうものなんだろう。だとしても、その世界に舞い戻ることを彼は強く望んでいる訳だし、こうして、ご家族のサポートもある。
とにかく彼には、充実していて欲しい。ただそれだけを願ってしまう……。
「ほら、美紀さん! そんなに話しかけとったら食べたくても食べられんでしょう!? 未来のお嫁さんに嫌われたら大変ばい!!」
彼を思い浮かべながら、そんなことを考えていると、強烈な一言が私を襲った。
「お、お……お嫁っ!?」
綾乃さんの発言に、私は飛び付くように想像してしまう――
(こげな綺麗で優しそうな人ば「お義母さん」って呼べたら、最高やろうね……)と、そんなことをポーーッとなりながら考えてしまった。
「――熱っ!!」
妄想が膨らみ過ぎてしまい、「冷めないうちにどうぞ」という美紀さんに、私は火照る顔でお辞儀して、アツアツのハンバーグをフーフーしないままに、ボーーッと頬張ってしまった――。
「よかったら、どうぞ」
食べ終わると、眼鏡を掛けた優しそうな雰囲気の男性が、グラスに入ったさくらんぼのゼリーとフランボワーズのムース仕立てのスイーツを差し出してくれた。
恰好から、厨房に見えた人であろうことが分かった。
「お父様……ですか?」
男性は微笑みを浮かべてコクリと頷く。そして、
「いつもかなたと仲良くしてくれて、ありがとう」と言った。
シャープな顔立ちである隆哉さんと彼は、体型が似ていると思った。スマートな姿で背筋もしっかりと伸びている。
「学校でのかなたは、どんな様子かな? あまり立ち入るのも親としてはどうかと思うんだけど……」
都会での生活が長かったのか、隆哉さんは標準語で話す。
「最近は、以前よりも元気にしていると思います」
「……そう」
私は、隆哉さんの思案顔が気になった。
「どうかしましたか?」
「……うん。病院の先生からは問題ないと言われているんだけどね。たまに気になる様子を見せる時があって……。本当にたまになんだけどね、ほんの一瞬だけ、調子悪そうにしている時を見かけるものでね。それで聞いてみたんだ」
「……そう、ですか」
その話を聞いて、私は、初めて会った時と小永吉先輩との試合後の彼の様子を思い出してみた。
あの時の彼は、やはり只の疲労なんかじゃなくて辛そうに見えた。それに、稀にだけれど、冴えない表情でいたり体を重そうにしていることもあった。
「まぁ、心配し過ぎるのもよくないからね。今後もかなたと仲良くしてやってね」
そういって、隆哉さんは厨房へと戻って行く。
確かに、体調の変化というものは誰にでもあるわけだから、気にし過ぎるのもどうかと思うのかもしれない……。けれど、彼には定期的な受診が必要ということを考えてみると、少しくらい神経質になった方がいいと思う。
「……はい」
私は、その後ろ姿と彼の後ろ姿を重ね合わせながら(もっと気にせんといかんね)と、心に留めて、ピンク色の中身をスプーンで掬い、ヒョイと口の中へ放り込んだ。
「ゎ!? ……バリ旨か」
口の中に広がる甘みと酸味が、爽快な気分とトロける余韻を伴い喉越し豊かに収まっていった。




