第22話
「君は、どうすると?」
ゆっくりと校庭を歩く私達。用事のあるという弥生が先に帰ってしまった放課後、グラウンドでは部活の準備が始まっている。
私は繁華街である天神に、このままブラリ足を延ばそうかと考えていた。
「少しランニングしようと思うから、帰るよ」
校舎近くに目をやると、どうやらサッカー部の練習が始まったようで、三年生になった小永吉先輩が私達に気が付き手を上げる。私達も振り返しながら、彼の言葉に耳を傾けた――。
学年が上がりクラス替えも行われてから、もう一月が経つ。
担任は鴨志田先生のままで2-Aになっている私は、学校が始まってからというもの、つい口元が緩んでしまうようになっていた。それは何故かというと、教室の真ん中に座る彼の姿を好きな時に目にすることが出来て、いつでも隣の弥生に話し掛けることができるから。
なんなら留年して、先輩も同じクラスになればいいのにと思ったりもした。
「じゃあ、私も一緒にランニングするけん帰る」
彼はトレーニングを行う許可を病院の先生から制限付きながら得ていた。なので、最近では少しずつ走ったり、ウエイトトレーニングなんかも始めている。
〈――楽しいを探してるから、充実してる〉
以前、彼が言った言葉。
私は笑顔の絶えない今の様子に、こういう日々を迎える為に必要な誤魔化しの言葉だったように思う。
ちょっとした寄り道の為の嘘。そう思った。
そして私も同じように、復帰の道が開けたことが嬉しくてしょうがなかった。だけど、本格的に活動再開したところを想像すると、寂しい気もしていた。傍に居られなくなってしまうんじゃないかと、そう思うから……。
距離的に離れることには、なんとか耐えられると思う。だけど、私のことを忘れてしまうほどにテニスに没頭してしまうのだとしたら、それは、やっぱり悲しい……。
だけど、彼がテニスの世界で元気に活躍することが出来るのであれば、私の中で応援したいという気持ちの方がそれを上回るもので、ふとした時に思い出してくれればそれでいいと、そんなふうに思っていた。
「いいの?」
だから私は、この一瞬一瞬を大切にしようと決めている。
「明日は休みやん、天神は明日でもよかと。それより君一人にしよったら、どうせ、やり過ぎるやろ?」
彼との距離を縮めることが出来る、限られた時間を。
「確かに」
「でも辛どくなったら、おぶってもらうけんね」
「んーー、それだと過負荷のトレーニングになっちゃうなぁ……」
「なん!? デブって言いたいとね!!」
「そんなこと言ってないよ!?」
そうしてふざけ合いながら校門を出ると、「甘露寺!」と、力強い声が正面から飛んできた。見るとカジュアルな装いをした、彼より頭一つ背の高い男子の姿があった。
表情から知性的な雰囲気を窺わせている。それにしても寒がりなのだろうか、着ぶくれをしていた。
「……水ヶ瀬くん」
(あ――)
水ヶ瀬……そう、水ヶ瀬昴流。
彼がWOをした大会で、優勝をした人だ。
大宰府天満宮で、栗栖川さんが口にしていた人。
その水ヶ瀬くんが、彼のもとを訪れている。
――私は、ざわつくものを感じた。
「甘露寺。こんなところで何やってるんだ?」
「いや、それはこっちの台詞というか……」
「栗栖川から聞いてここにきた……お前、本当に選手としてやってないのか?」
「うん……。今は、そうだね」
「……そうか。それでもいい、俺と勝負してくれ」
「え!?」
「あそこにあるコートは、使えないのか?」
「頼めば、大丈夫だと思うけど……」
「よし。明日の15時にまたくるから、それでいいか?」
「…………うん」
そうして水ヶ瀬君は、足早に立ち去って行く。
「……大丈夫?」
「うん、ありがとう」
そう言って、彼は笑顔を見せるものの、明日の対戦に向けて静かに闘志を燃やしているようだった――。
「ちっとも相手にならんで、ごめんね」
彼は昨日、トレーニングの予定を変更して、いつもの公園で壁打ちをしていた。そして、今日は私をヒッティングパートナーにアップを行っていたところだった。
部活もないようで、学校は静まり返っている。
「ううん、ぜんぜん大丈夫。ありがとう」
彼とテニスをするのは、未だに緊張する。ネット越しの彼は、手の届かない遠い存在だというふうに感じさせるものがあるから……。だけど、『距離を縮める』と決意したことを胸に、手探りだけれど私は努力すると決めていた。
「あ、来たばい」
そうして二人で一息つきながら、そんなことを一人で思っていると、肩にラケットバックを担いだ水ヶ瀬君がウォームアップ姿で現れた。
「アップは?」
彼が申し出る……と、「頼めるか?」と言って、ラケットバックを置いてウォームアップを脱ぎながら、私に言った。
「え!? は、はい!」
苦笑する彼も驚きの表情を隠し切れずにいたのだったが、ウォームアップを脱いでTシャツ短パン姿となっていく水ヶ瀬君は、その知性的な表情とは釣り合いが取れない程に胸板厚く、そして脚の筋肉も発達していて、昨日の私服が着ぶくれではないことが直ぐに分かった。
「頼む」
「お、お願いします!」
そうして失礼にも、私はトップ選手二人のヒッティングパートナーを私服で務めることになった……。
水ヶ瀬くんのラケットメーカーは、ヘッドだった。
史上初となる、キャリアゴールデンマスターズを達成した、ジョコビッチ選手が愛用している面の安定したものを使っている。
ラリーを始めて直ぐに感じたことは、水ヶ瀬君のボールは、彼のボールよりも遥かに重みがあるということだった。
体格差……ということに違いはないのだろうけれども、それだけじゃなくて、ラケット自体の重さの問題もあるんじゃないかと思う。
目に留まったフレームの内側には、びっしりと鉛でチューンナップが施されてあった。多分、あれだけ貼っていたら、彼の祖父のラケットよりも重いんじゃないだろうか。
そしてそのフォームはといえば、そんなラケットをものともしない大きなモーションで、恐ろしくて逃げ出してしまいたくなるほどの迫力ある姿をネットを挟んだ私に見せつけていた。
本気で打たれたら、私のラケットなんか簡単に弾かれてしまいそうだった……。
そして何より驚いたことは、私のショットがバック側へ飛んでいくと、あっという間に回り込んでフォアでヒットすることだった。
私との数分のラリーの間、シングルのバックハンドを水ヶ瀬君が打った回数は、数える程しかなかった。
「すまんな。助かった」
ストロークラリーのあと、彼と同じようにボレーとスマッシュ、そしてサーブを手短に行い口にする。
「い……いえ」
私は肩で息を吐き、手が痺れていた。
「ご苦労さま」
労いの言葉を掛けてくれた彼は、私と入れ替わりにコートへ立つ。そして、暗黙の了解のようにして互いに同じルーティーンで練習をし合い、ネットへ近づいた。
「3セットマッチでいいな?」
「うん」
水ヶ瀬君がラケットを回して、グリップエンドを手で隠す。
「アップ」
そう言って、彼は人差し指を上へと向けた。
「当りだ」
グリップエンドのメーカーマークを見せてから、サーブを選択した彼に水ヶ瀬君はボールを渡した。
「――お願いします!」
ピリピリとする緊張感と、久しぶりの対戦に悦びを隠し切れない二人が、声を掛け合い試合が始まった――。
序盤から、激しいラリーの攻防が繰り広げられる……。
主導権はベースライン付近でプレーする彼が握っているようだ。
重みのあるボールに打ち負けることなく、テンポの速い展開で試合を組み立てている。
対する水ヶ瀬くんは、彼のコートを広く使う戦術に対して、ポジションを下げながらも小永吉先輩を優に上回るフィジカルの強さを見せつけて、彼のペースにしっかりと付いて行く……そして、
(速い!)
私は目を瞠った。
水ヶ瀬君は、クロスコートを狙った彼のバックハンドのショットが甘くなると分かると、アップの時よりも俊敏な動きを見せて、そこから豪快なフォアハンドを叩き込もうと躍動した。そして、重低音ともいうべき音が、コートに響いた――
ドォン!
完璧に芯を捉えた音。ボールの形状を変化させる暴力的なインパクト。
渾身のショットが繰り出される、前触れ……。そうして、
――ブーーーーン!
ボールは暴れ狂うように、彼のバックサイドへ加速度的に飛んでいく。
唸るボール。回転量の多い高めの弾道。更にはナックル気味に打ち込んだことによって強い意思があるかのように外へ外へと向かい、シングルスラインを抉ろうと、凶器のように深い落下点を目指している。
(ウイニングショット)
あんなボール、どうみたって触るのが精一杯。ダブルハンドで打つのは直ぐに諦めて、とにかく片手を伸ばして、スライスで面を作って返球できたらラッキーぐらいに考えた方がいい。そして、このポイントの結果はさて置き、次のポイントに入るまでには、あのショットに対しての対策を練り始めなければいけない。
(打開策ば、見つけんと……)
私が極めて妥当な思考回路を働かせながら、届くかどうかの確認の為に彼の姿をフォーカスする、と。
ド……フンッ――!!
彼のインパクトの音。水ヶ瀬君のインパクトを凌駕する轟音。
というより、勢いそのままに加えた爆音。
コートサイドの真ん中で観ていた私がボールと一緒に彼の方へ顔を向けた時には、もう、彼はバックハンドのテイクバックを完了させて急激な落下をしようとする水ヶ瀬君のボールに対して踏み込んでいた。
音がしたとき、私は思わず首を竦めていた……。
そうして目で追い切れないほどの速さで飛んで行った直線的な低い軌道のそのボールは、鮮烈にダウンザラインに決まる。
(すごい……)
一体、彼の何処に、あれ程の爆発的な音を生み出せる力があるというのだろう……。
姿勢を正しているだけで、踏ん張っているというふうには見えなかった。
ただ軽やかに。ただ美しく。そんな感じだった。
それに、あの動き。
水ヶ瀬君も相当な速さだったけれど、それを圧倒する敏捷性。
(予知……?)
どの時点で、バック側の厳しい所へバウンドするという判断をしたのだろうか……。
確かに対戦経験があれば、何となくは分かる。だけど、それだけを頼りに判断してしまったら、相手だって逆を狙うことぐらいはできる。それに水ヶ瀬君の渾身のショットは、それを踏まえた上での一瞬の溜めがあったように見えた……。
(別次元)
やっぱり彼は違う。世界が違う。人としての成り立ちが――違う。
そんな気がした。
そして、私が傍にいることは、不釣り合い過ぎるんじゃないかと思ってしまった。
あれだけ綺麗な栗栖川さんですら、袖にした彼。
只の勘違い女だと思わざるを得ない、私……だけど、
(しっかりせんね!)
そんな自分の心に 私は喝を入れた。
彼のことが好き。迷惑かけていることもあると思う。だけど、傍にいたい。
だから少しずつ直していく。
そして、それでも彼が私の事を疎ましく思うようだったら――その時、もう一度よく考えてみる……。だから今ここにいること、そして、距離を詰めていくことを勝手だけれど許してもらうことにした。
「相変わらず、天才だな……」
水ヶ瀬君は、フィニッシュのままの姿で嬉しそうに口にする。
(え、なん……?)
直ぐに彼の方を向くと、浮かない顔をしていた。自分のフィーリングに戸惑ってるような、ウイナーの取り方に疑問を感じているような、そんな様子で控えめに素振りをしていた。
(なんが悪かったっちゃろうか……)
その様子に、私は一抹の不安を覚えた――。
けれど私の心配を他所に、1stセットは6-2で彼が先取する。
ここまでの内容は、水ヶ瀬くんのウインニングショットであるはずのフォアハンド逆クロスに対して、彼が脅威的な速さでカウンターで仕留めていたことと、このレベルだからこそ見えてしまう、水ヶ瀬くんの片手バックハンドのイージーミスが数本出ていたことによって、その差が開いていた。
だけどその差は本当に僅かなもので、スコアほど離れたものじゃない。
少しの油断やフィジカルの状態次第では、どうスコアが転んでもおかしくはなさそうだった。
(頑張れ……)
2ndセットになってからも、彼は優勢を保ったまま4-2までゲームを進めていた。
4-2。
スコアの中で最も油断のならない数字。5-2になるのと、4-3になるのとでは雲泥の差が生まれる分岐点。ここは出来ることなら、一気に押し切りたい……。
だけど半歩一歩と、水ヶ瀬君の重みのあるボールに対して、彼は遅れ出していた。
序盤こそ感心するだけで結果として表れていなかった水ヶ瀬君のフィジカルの強さが、今では憎らしいほどに絶大な効果をもたらしていたのだ。
小永吉先輩に近しいスタイルの中に、技術的な安定感と回り込みのフォアという強力な武器があって、その攻守の切り替えに彼は体力的に苦しめられている。
まるで、大蛇が獲物を締め上げるような、そんな凄みだった……。
それでも巧みなラケットワークで凌いでみせたり、ネットプレーを織り交ぜて彼は点に繋げていた。
けれど今では、そのプレーも完全に影を潜めてしまい、気流を生み出すようなスイングから放たれる水ヶ瀬君の球威に圧されて、サイドアウトやネットを繰り返すようになっていた……。
――結果、5-7で2ndセットを落としてしまう。
そうして迎えた最終セット。
呼吸が乱れ体の軸もぶれて、ボールのバウンドは浅くなり伸びもなくなってしまった彼のプレー。
下剋上を思わせる容赦のないウイニングショットを叩き込まれ立ち尽くす嘗ての覇者……。
踏み潰されるように、バックハンドストロークでもエースを決められ意気消沈する、少年の儚い姿――。
「ありがとう、甘露寺」
「ありがとう、ございました……」
結果は1-6。
最終セットは踏ん張りの利かない彼のテニスでは、どうすることも出来なかった。
「戦ってみて分かったよ。お前には、やはりフィジカルの強さで勝つ以外に道はないと」
そうして水ヶ瀬くんは言った。とにかく、早く戻ってこい――と。
「……大丈夫?」
水ヶ瀬君が去ったコートの中。
ネット際に立ち尽くしたままの彼に、私は声を掛けた。
「水ヶ瀬君の言う通り、テニスの質じゃ負けてなかった。だけど、勝負には……負けた」
「そう……やね」
悔しそうにする、彼。何か言葉を掛けてあげたいと思う。だけど、何も思いつかない……。
慰めの言葉なら、ある。
トレーニングを始めたばかりだから。
練習していないから。
試合勘が戻れば。
復帰すれば……。
だけど、そんな言葉に、意味があるのだろうか?
真剣に戦うと決めたから、相手の実力や理由なんか関係なく、互いに最後まで全力でプレーしたんじゃないだろうか。
そしてその結果に、慰めの言葉は役に立たないんじゃないだろうか……。
「僕は勝負でも勝ちたかった。今まで水ヶ瀬君に負けたことなんてなかった。セットだって、取られたことなかったんだ」
「……うん」
「なのに最初から思うような打感じゃなかった。打ってるんじゃなくて、打たされてる感じだった……。分かってたさ。体力的に厳しいことぐらいは。だけど勝てると思ってた。勝ちたかった。体格だって、水ヶ瀬君とは、あそこまでの差じゃなかった。彼が如何に努力をしてきたのかがよく分かるよ……それに比べて僕は……僕は……。病気さえしていなければ、病気さえなければ、こんな結果にならずに済んだんだ」
「うん……」
「世界で戦うことだって、出来てたんだ。それが全部病気の所為で……」
「うん」
「トレーニングっていっても大したこと出来ないし、こんなんじゃ、いつ復帰できるかなんて分かんないよ。復帰できたとしても、その頃には、もっと周りとも差がついてるよ……。そんなんじゃ、もう、どうしようもないよ。やったって無駄だよ。普通に生きてた方が増しだよ……いいや。あのとき死んだ方が増しだったよ。なのに周りの皆が励ましてくれて、今までだって僕の夢の為に家族が応援してくれて……それなのに、〈テニスできないから死にたい〉なんて、言えると思うっ!? そんなワガママ通用すると思う!?」
ちょっとした寄り道の為の嘘が蘇る……。
ともすれば彼の言葉は支離滅裂に聞こえる。けれど分かる。その一言一言には、病気に対して心も体も、懸命に克服しようとしてきた証なのだと。
「僕は! 僕は――」
誰もいない校庭の中、彼は、肩を震わせ大粒の涙を零し始めた。
彼の気持ちが、痛いほど伝わってくる。
目指していたものが消え入る恐怖感。
晴れることのない、重圧のような鬱屈感。
追いつき追い越されてしまった、逃がれられない敗北感……。
そんな心情を、どうして気遣ってくれる人達に当り散らせるだろうか。
(私が出来ること……)
傍にいて、気付いたことを私は伝えたいと思った。
彼が教えてくれた、気付かせてくれたことを感じて欲しいと願った。
彼の望むものとは関係ないかもしれないけれど、それでも知って欲しかった。
それは、私にしか出来ないことなんじゃないかと過った。それは――
そういうふうに思えることが、大切なんじゃない?
そんな感情と向き合えるようになれれば、見える世界が違うと思うよ。
奪われてしまった時間は大きいし、代えの利くようなものではないだろうけれど、今の自分を大切にすることが出来れば、きっと、何かが変わっていくと思うよ……と。
伝えたい……届けたい……だから――
「ぇ!? 中牟田、さん……」
彼の体が強張った。だって直ぐに諦めた不甲斐無い私が……彼に当たり散らした情けない私が……彼のことが好きなのに気づけなかった私が……抱きしめたから。
(伝わって欲しい。伝わって欲しい……)
私は、それだけを考えた。
何もしてあげられないけど、一緒に噛み締めていたかった。
(ぁ――)
彼の手が、そっと私の背中に触れた。
戸惑っているような、逆に励ましてくれているような、気持ちの置き所を探しているかのような……そんな温もりがあった。
(私は、ここにおるよ――)
そうして互いの鼓動が重なった頃、彼は私の気持ちに応えるように、体を預けてくれた。
「――ごめんね」
「なんが?」
「みっともないところ見せて、迷惑かけて……」
「お互いさまやん」
「……そっか」
私達は暮れていく景色の中、ショートラリーをしていた。
「テニスってさ、競い合うことも出来るけど、讃え合うこともできるよね?」
目を赤くして、鼻声の彼が私に話し掛ける。
「そうやね」
「やっぱり、テニス好きだなぁ」
白い髪が揺れている。
「私は好かんけどね」
「ウソだ~~!?」
笑窪が咲いた。
「なんがウソね!? 好かんもんは、好んとよ!」
「――わっ!?」
私は想いを込めて、ノーバウンドになるように打つ。
当然、彼が受け留めてくれると信じて。
そしてその通り、私のボールを易しく包み込むようにして彼は返球してくれた。
思いの詰まったボールが、また、私のコートへ帰ってくる。
「僕は復帰したい。だから諦めないで、コツコツ頑張るよ……」
「うん」
私は溢れるほどに想いを詰め込んで、彼のコートへ、そっと送り返す……。
バウンドするボールの音色が、私達に希望を与えてくれるようだ。
彼が微笑む。
私は綻ぶ。
そうして真っ暗になるまで、私達は、ずっとずっとラリーを続けていた。




