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君の彼女でよかったとよ。  作者: ひとひら
20/31

第20話

〈はっ、なんそれ!?〉


 私は驚倒する。


〈だから、エントリーしたよ〉


〈応援いくけん、頑張ってね〉


〈ありがとう!〉


 師走の忙しさも過ぎ去り、ショップの大掃除なんかを手伝っていた年の瀬。弥生から、正月はどうするのかをグループLINEで聞かれていた。すると三日の日は、新春トーナメント大会に私とダブルスを申し込んだという知らせを見ることになる。それはアマチュアの大会で、草トーと呼ばれるものだった。


〈少し、練習しておく?〉


〈イヤイヤイヤイヤ…… イヤッ! なんで勝手にエントリーしよっとね!?〉


〈よかやん、栞~~〉


〈お祖父ちゃんが、ギックリ腰やっちゃったから〉


〈やけんて、なんで私よ! しかも男子ダブルスてっ!? 小永吉先輩でも誘ったらよかろう!!〉


〈箱根駅伝みたいんだって〉


〈ウチのお祖父ちゃんは!?〉


〈温泉旅行〉


〈ウチのお父さんは!?〉


〈娘に聞いてくれって〉


〈栞、頑張って~~w〉


〈絶対に、イヤーーーー!〉

 

 とは言ったものの結局二人に説得されて、サーブとリターンだけをするという条件で出場させられることになってしまった。

 私はこの日、ため蔵くんを憂さ晴らしから何度も天井に投げつけて、その度に送られてくる彼からの謝罪のメッセージを無視し続けた――。


「おはようございます!」


「おはよう、甘露寺くん。今日は娘のこと、よろしく」


「はい、こちらこそ!」


「……」


 流石に何もしないでコートに立つのは怖かったので、元旦と二日の計二回、ありったけの文句を彼にぶつけてから小一時間ほどの練習を学校のコートで付き合ってもらっていた。

 春日公園以来のテニスは、あの時よりも体がスムーズに動いたような気がして、楽しかった。傷痕の硬さもなんとなく私に従う意思を見せ始めているような、そんな感じもした――。


「栞のお父さん、おはようございまーす」


 途中、弥生を拾って会場となる福岡空港近くのテニスクラブに辿り着く。父はこのままショップに向かうというので手を振り別れを告げて、「受け付けはこちらで~す!」という声のする方へと赴き、コートの目の前に設置された大会本部へと足を運んだ。

 そこには、朝の清々しい匂いの中、テニスが大好きな人達が血気盛んに集まっていて、談笑や素振りなどをして開始に備えていた。受付を済ませた私達も三人で話しながら、ストレッチをしたりして開始を待つことにした。そして――


「甘露寺・中牟田ペア、おりますかぁ!」


 彼が元気よく手を上げる。


「試合球です。コートは6番コートです。1セット先取のノーアドバンテージ。5-5の場合は、次のゲームを取った方が勝ちとなりますので、よろしくお願いします」


「わかりました」


「栞、頑張ってね!」


「……うん」


 試合は3ペア、ラウンドロビン形式で行われ、それぞれの結果で各順位のトーナメントに割り振られる。

 では三位が楽でいいじゃないかということになるのだが、「1位通過で優勝しようね」という、彼のやる気に煙たい思いもありつつ付き合うことになった。けど、そうは言っても私のプレーは約束通りのもので、サーブをダブルフォルトで失点しないように気を付けることと、リターンを極力返すこと、ただそれだけをしていた。

 結果、弥生の応援もあってか、ゲームを失うことすらなく予定通りに一位通過をあっさりと決めた訳なのだが、私はなんとなくの試合にモヤモヤするものを感じていた。


(こげなふうにコートに立つんは、どげんなんやろう。テニスばやめた小永吉先輩やって、彼と試合した時には一生懸命プレーしよった。今も彼かて、しっかりプレーしよる。なのに……)


 そんな気持ちだった――。


「ん?」


 全試合の順位が決まるまで、私達はクラブハウスの中で寛ぐことにしていたのだけれど、脚が固まるのが恐かった私は、少し歩き回ろうと受付の方へ行ってみることにした。するとそこには、朝の内には見なかった、数々の多様な品々が並んでいた。


「あの、すいません。一位通過で優勝した場合、商品なんですか?」


「ああ、一位の優勝は――」


「君ーーーーっ!」


「へっ!?」


「どうしたと、栞?」


 私は顔面に真剣(マジ)という字が浮いて見えるほどの形相で彼に駆け寄った。


「なんしよっと!? こげなところでソファに座ってダラダラしよったら、体が固まるやろうもん! アップばしとかんね!!」


「は、はい!」


「絶対に優勝するばい!」


「栞……どうしたと?」


 そう、この時はじめて知ることとなった優勝の商品、それが私のハートに火を点けた。それは――『夢つくし10キログラム!』

 日本穀物検定協会が年産米の食味ランキングで特Aを受賞させた地元のお米であり、美味しさに定評のあるコシヒカリを父に、丈夫で栽培しやすい特性を持つキヌヒカリを母にしたブランド米!

 これさえあれば我が中牟田家の米ライフは当分の間、華やいだものになるのは間違いなし!


「よかね、絶対に優勝するけんね!!」


「う!? うんっ!!」


 突然目の色を変えた私に、脂汗を滴らながらも彼はその意志をみせてくれる。

 弥生はというと、兎にも角にもやる気になった私を見て満足そうだった――。 


 そうして各順位が出揃い、8ドローでトーナメントが繰り広げられて、私達は今、決勝の舞台へコマを進めていた。

 そして現在、5-5ノーアドバンテージで、彼のリターン一本勝負という場面……。

 彼も当然そうだけど、決勝の相手も草トーのレベルなんかじゃなくて、どうやら実業団でプレーする選手の人達らしかった。

 その二人は息の合ったプレーで、私のサービスゲームやリターンなんかになると彼にボールを触らせないよう徹していた。また、彼のサービスゲームではコースに山を張っては返球してきたりもしていた。


 準々決勝、準決勝も私達は数ゲームを失っているのだが、その理由は、相手のレベルもさることながら、私が手を出し過ぎて凡ミスを連発していた所為だった。

(なんとしてでも、米を持ち帰る!)という熱い思いだけで体を動かしていることが完全に裏目に出ていた。けれどどうしても止めることが出来なかった。


 そして、その理由は他にもあった。


 それは真剣にプレーすることへの喜びや悔しさが、そうさせていた。

 ポイントを決めて「よし!」と手を握り込む仕草や、ミスした時にピシャリと(もも)を叩いて喝を入れる動作が、私の中で燻っていた何かを突き動かした。

 それに、ショットを決めれば彼がハイタッチでモチベーションを上げてくれたり、ミスをすれば「ドンマイ」と言ってテンションが落ちないよう励ましてくれるその優しさにも私は勇気づけられ、背筋をしゃんとすることが出来ていた。


「栞、甘露寺くん……ファイト!」


 弥生がフェンス越しに、白い息を吐きながら声援を送ってくれる。

 張りつめた空気が、コートの中の私達とギャラリーに漂う。

 強い向かい風が、私の前髪を持ち上げる……。


(来る!)


 サーブのコースをサインで確認し合ったサーバーが、気合の入った掛け声と共に渾身のサーブを風上から打ち込んできた――! けれど彼は風下をものともせずに今までで一番速いテンポのリターンで応戦する!


「――フンッ!!」

 

 前に立つ私は、今通り過ぎたはずのボールが一瞬で向こう側へ戻って行ったことに驚いてしまっていたのだけれど、それは敵も同じだった。


「わっ!?」


 サービスダッシュを見せ掛けていたサーバーは、僅か一歩、コートの内側へ入ったところで戻ってきてしまったそのボールに、倒れ込みながらもラケットだけを諦め半分に出した……すると、


「中牟田さん、落ち着いて!」

 

 そのラケットのフレームにコツンとボールが当たり、前衛の私の方へと風に乗ってユラリフワリ、舞い上がってきた……。


「夢つくしーーーーっ!」


 私は下からラケットを大きく持ち上げて、止めのスマッシュをベースラインへと叩き込む――――!


「け、決勝まで進めたんだから、取り敢えず良しとしようよ」


「そ、そうよ。賞品だって焼酎やろ? お父さん、喜ぶっちゃないと?」


「…………そうやね」


 結果は準優勝。

 私の放った渾身のスマッシュは、コートの枠に収まることはなく、のっぺりとフェンスまで到達した。

 眼前では敵が抱き合い喜んでいる姿を目にし、後ろでは空っ風を受けながら声を潜めて佇む彼。それから口を開けたまま微動だにしない弥生の乾いた眼差しを受けて、私は灰になった。


「……テニスは、好かん」


 今、私達は父の迎えをクラブの正面玄関で茜色の夕日を真正面に浴びて待っているところで、私は不貞腐れた顔のまま吐き捨てるように呟いた。

 私は、自分の不甲斐なさに腹立たしいということだけではなくて、彼の面子を潰してしまったことに対しても悔しくて仕方がなかった。

 シングルスなら絶対に彼は負けない。けれど根本的にダブルスが不得手なところにきて、練習もしていなければ試合勘もなくなってしまっていた私では、彼の足どころか体ごと引っ張ってしまい重荷でしかなかった。


 試合後、私は彼に謝った。すると、「楽しみたかっただけだし、ダブルスは、お互いの責任だよ」と、そういって彼は慰めてくれた。

 その言葉は嬉しい反面、強く申し訳ない気持ちになるものだった……。


 最初から、もっと一生懸命にプレーしていたなら、受け止め方も違ったのかもしれない。だけど途中から慌ててやる気を出そうと思った私では、大会自体の雰囲気にも乗り切れず、唯々空回りなだけだった。

 嫌々ながら出たとはいえ、やはりプレーをすると決めた以上は、しっかり最初からやるべきだった。とにかくそれが悔しい……。

 そしてそんな私の表情を見て、二人は先ほどから、顔を見合わせどうしたものかと目で相談し合っている。


「――やけど、また出ても……よかよ」


 私は蒸気しながら、囁くように言った。

 少しだけ、コートに立ちたいという気持ちになっている気がした。悔しさから、ということだけが理由ではなく、『テニスは楽しい』と、改めてそう感じることが出来たから。何も今までのように、選手としてじゃなくてもいい。私は、今日も含めて感じ取るものがあった。それは、

 自分を表現できるから楽しい。感情を出せるから楽しい。繋がれるから……テニスは楽しい、ということだった。

 私は、自分のそんな気持ちを大切にしてみたいと思う。もちろん、事故に遭ったことが無くなる訳じゃないし複雑な感情が消える訳でもない。だから、それも連れて一緒に進んでみたいと考えた。

 だって、怪我をする前の私も、今の私も……『私』なのだから――。

 そんなふうに思わせてくれた彼に、感謝している。

 そんな私の傍にいてくれる弥生に、感謝している。


(ありがとう)

 

 そして、私のことを見る二人はホッとしたように、「うん!」と彼が大きく頷き、「次、太鼓ば使(つこ)うて応援しちゃあ」と、弥生はバチを持ったように叩く仕草を作る。私は、「国別対抗戦とか以外は、鳴り物いかんとよ」と、彼女に伝え三人で笑い合った――。


「お待たせ。このまま皆で、もつ鍋ば食べに行かんね?」


 暫くすると、父が軽快に愛車を転がし来てくれた。


「ありがとうございます。栞のお父さん優しかけんいいなぁ。私も娘にして欲しか~」


「なら、栞ばどっか嫁に出そうかね」


「それなら出す先ありますよー」


「おー、話が早か」


「ちょっと!? 二人してなん言いよっと!!」


 そうして私と彼は、お父さんと弥生の会話の所為で、夕日と同じ色に顔を染めることになってしまったのだった。

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