第11話
すっかり制服も衣替えが終わり、本格的な暑さが自分の存在をアピールするようにしてアスファルトを揺らめかせる七月。
あれから三人で帰って行く機会が増えて、LINEの交換もした。
「じゃあ明日は博多駅で待ち合わせて、そこから歩いていくけんね」と、弥生が予定を決めていく。
「そしたらウチのお父さんが送ってくれるけん、君は一緒に乗って行ったらよかよ」
「ありがとう。助かるよ」
博多祇園山笠というお祭りを見にいこうと、昼時の学校の廊下で話し合っているところだ。
彼は今までテニス漬けの毎日で、こうしたイベントを楽しむ機会が少なかったという。実力は違えど、私も同じような境遇だったので理解できると思う。普段は練習に明け暮れていたし、長期の休みは大会に出場するので遊びに行くどころじゃなかった。何はさておきテニス。とにかくテニス。
全てにおいて、テニスだった。
「明日に備えて早よ寝らないかんよ。起きれそうにないんやったら、寝たらいかんばい」
彼女は、ホークスと同じくらいこのお祭りが好きだということで、先ほどから熱く語っていた。
「ま、待ち合わせの時間は……」
恐る恐る、私は尋ねた。
「櫛田入りだともみくちゃにされるけん、御供所地区にしようって考えようとよ。う~ん……四時やね。あと不安ならスニーカーね」
「わ……かった……」と、声を絞り出した私。一大決心、一大決心である。
そもそも私は生で見たいと思ったことがない。何故かというと、開始時刻が四時五十九分という明け方の時間帯で思いっきり夢の中だからだ。以前の私がテニスの為ならいざ知らず、祭の為にベッドから出られるはずもない……。
けれど、(きっかけになれば)、という思いから決めた。
あれから私達に気付くと、彼は話し掛けてくるようになった。弥生も彼を見掛ければ声を掛けるようになっていたし、私も敵意を見せたり冷たい態度を取ったりしてはいないので、それなりに会話するようになっていた。けれど、それが私を悩ませていた。
時間が経てば経つほど、謝りづらくなってしまっていたのだ。多少なりとも心が軽くなったという自覚があるのに、親しくなっていくほどに、蒸し返しているようで躊躇われたのだ。結果、流されるように今に至る……。
でも、(このままじゃいけない!)と、そう思っているのは確かで、彼女が言い出して直ぐ「行く!」と伝えて、覚悟の程を自分にみせつていた。でも、こうして時間を告げられてみると、起きられるとは思えなくて、(目覚まし買わな)と、二つ目を必要とする悲壮感漂う私がいるのだった。
溜め息を押し殺すと、校内アナウンスが流れて来た。
「学校に馴染んでしまっている、一羽の白サギに餌を与えないでくださいね。よろしくお願いしますよー」
鴨志田先生の声も学校も、平和そのものだった――。
「栞、甘露寺くん。おはよ~」
博多駅前、博多口。
まだ真っ暗な時間帯にも関わらず、追い山を見に行く人達の活気づいた姿がアチコチにある。
「おはよう、古賀原さん。朝から元気そうだね」
「うん。だって山笠は男のロマンやもん。山笠があるけん、博多たい!」
「弥生、あんた女やろうもん……」
私は開かない目で聞いたことのあるフレーズに突っ込みを入れた。
助手席に座っていた車中の記憶は殆んどない。それでも、彼と父の会話が子守歌のように耳を撫でていた気はする。
「細かい事は気にせんで、張り切っていかんと人混みに飲み込まれてしまうとよ!」
「わっ、弥生――!?」
彼女は夢の世界へ立ったまま羽ばたこうとしていた私の腕をギュッと掴んで、颯爽と歩き出した――。
博多祇園山笠。
それは、毎年七月一日から十五日まで開催される七百年以上続く櫛田神社の奉納神事だ。
起源は諸説あるようだけれども、仁治二年に博多に疫病が流行した際、承天寺の開祖、聖一国師が祈祷水を撒いて町を清め疫病退散を祈願したことが始まりといわれている。その当時の山笠はというと、ゆっくりと飾りつけした人形を引いて練り歩くものだったらしい……だけど、ある出来事が発端で競争するようになった。
貞享四年正月。竪町に嫁いだ土居町の花嫁が花婿ともども里帰りをしたところ、両町が参加した宴会が大いに盛り上がり、酔った勢いで気が大きくなった土居町の若者が花婿に桶を被せたりしたことから、これに腹を立てた堅町側と一触即発になってしまった。その場は互いの年長者が止めに入って事なきを得たものの、これが後の意趣返しの禍根を残すこととなる。
そうして、夏に行われた祭りでの出来事――
流と称する集団で練り歩くのだったが、休憩を取っていた土居町の流をここぞとばかりに堅町の流が追い越してしまったのだ。
後続に追い越された土居流は、恥を掻かされると慌てて腰を上げて走り出して、ここに初めて競争が起こることになる。また、この光景を目の当たりにしていた見物人達は呆気に取られたものの、直ぐに面白がり囃し立てた。
――気張れ!
――しっかりせんね!
――それ、もう一息ばい!
すると、競っている側の熱量も更に増して、走る足に尚のこと力が加わっていく。そうして終わる頃には何で争っていたかとうことよりも、次戦を待ち望む声が次々と沸き起こり、これが本日行われる追い山という行事へと発展していったそうだ。
そして、そんな熱気溢れる祭りにも度重なる存続の危機はあったようで、それを博多っ子達は脈々と受け継がれる絆と気張りで乗り切り、現在の博多祇園山笠はなくてはならないお祭りとして、この街にしっかりと根付いている。
そして最終日の今日、総勢三十名程の男達の集団が「おいさ、おいさ!」の掛け声と共に状況に応じて山笠を舁き、定められた約5キロのコースを懸命に駆け抜けてタイムを競い合うのだった。




