新西蘭諸島政府 ティザード①
ポール・ティザードは今日から自分の職場になる内務省神社局の本庁舎を見上げていた。
いかにもお役所らしい税金をこれでもかとたっぷり使ったのが素人目にもわかる無駄に豪華な大理石の
入り口にはオーダーのような柱が四本。
なぜだか日本人はこのデザインが好きなのだ。
玄関の左右には日本と新西蘭諸島政府の国旗がはためいている。
(ついにここまできたのか)
彼はあらためてこの現実を噛みしめた。
神道が好きなティザードにとってはとても嬉しいことではあるが同時に押しつぶされそうなほどの緊張
もある。
中に入ろうと一歩、足を踏み出すたびに本当に自分はここに来てもよかったのかという不安が出てきて
思わず足を引っ込めてしまう。
そんな風にしばらく玄関でもじもじしていると中から職員らしき男が出てきて話しかけてきた。
「もしかして、ティザードさん?」
「え、あ・・はい。」
「そうかぁ、君かぁ。待ってたよ。そんなところに突っ立ってないで入ってくればよかったのに。」
「少し緊張してしまいまして。」
「おいおい、ここはそんな大した場所じゃないよ。おっとそうだ、僕は事務官の水田だよ。
よろしくね。」
そう言ってその男、水田は手を差し出した。
「こちらこそよ、よろしくお願いします。」
水田はぎこちない動きで握手するティザードの姿を見ておかしそうに目を細めて言った。
「僕もそんな大した奴じゃないよ。」
ティザードは水田の柔らかい笑顔で少し緊張がほぐれた気がした。
「さて自己紹介もすんだしそれじゃあ中に入って。僕が案内するよ。」
玄関の内装も豪華だったが外側に比べると少し落ち着いている。
水田はロビーを奥へ進んでいく。
かなり足が早くティザードは必死に後ろをついていった。
「そういえば」
ティザードはふと疑問に思ったことを水田の背中に聞いた。
「どうして事務官がわざわざ、こちらまでお迎えに来てくださったんですか?」
水田は顔を前に向けたまま答えた。
「いやー実をいうとね、こっちでも君のことは噂になってるんだよ。上も下もやる気がないやつばかりの
神社局で一人、他の奴の分まで休日使って働いてる真面目な青年ってね。その君が今日、ここに
来るっていうからちょっと気になってさ。でも初めて聞いたときは驚いたよ。まさか、そのー何て言うか
君、日本人じゃないだろ。ここで神道に関して真面目な奴がいることも驚いたけどそれが
現地の人だったとは、日本人として恥ずかしくなったよ。」
ティザードは水田の穏やかな口調に似合わない歯に衣着せない言い方に苦笑いしたが同時に少し
うれしくもあった。
終戦以来、ニュージーランドは日本の影響下におかれており宗教に関しても神道を国教とすると
新西蘭憲法に明記されている。
とはいえ宗教において重要なのは信仰であり国家がいくら政策として宗教活動をしても国民が神道を信じ
彼ら自身がそれをしなければ意味がない。
無理やり神道に改宗させることもできなくはないがそれでは真にこの国で神道が普及しているとは
いえない。
ニュージーランドは長年、イギリスの植民地だった影響で現在でも国民のほとんどがキリスト教徒だ。
そうでない人間もほとんどが無神論者で日系人も含めてこの国で神道を信仰している人間は
ほとんどいない。
役人達もそれは分かっているから本気で神道を普及させるつもりなどさらさらなくこの国にとって
神道とは政府が日本からの指示で形だけ行っているものに過ぎないのだ。
だが、そんなこの国の中でティザードは異常といってもいいほど神道という宗教が好きだった。
火の神、水の神、酒の神、すべての物事に神がいて、それぞれが悩み迷い時に争う。
そんな神道の考え方が大好きだった。
高校を出ると彼は両親に日本に行って神道系の大学で学びたいと話した。
熱心なカトリック教徒の両親は反対したが彼が粘り強く説得したことでしぶしぶ納得した。
試験に合格した彼は4年間、四六時中神道について学んだ。
様々な神話、歴史、各地の信仰、etc・・・・・
気が付けばあっという間に4年が過ぎていた。
大学を出た彼は母国の神道の現状を何とかしたいとニュージーランドに戻り神社局で働くことにした。
北島支局に就職した彼は他の職員たちに冷やかされながらもまじめに働いた。
そしてついに先日、働きを認められて考証官補として本局へ出向することになったのだ。