違和感の朝食
―――こんな話を、知っているだろうか。
世界の裏側にはもう一つの世界があり、この世のものとは異なる文明が発達とともに異なる常識がはびこる。
その世界には電気もガスも存在しない。地を這う鉄の大蛇もなければ、空飛ぶ鉄塊もない。
あるのはただ万能の魔法のみ。
ありきたりな話だと笑うだろうか。
つまらない、仮定だと呆れるだろうか。
そう、かつて俺もそうだった。
*
「ハルくぅーん。 朝ごはんできたわよぉ。」
階下から俺を呼ぶ母の声がする。すでに身支度を終えていた俺は景気良く階段を降りた。
「今日の朝飯は何色かなー」
昨日は青。一昨日は赤。その前は……黄色だったかな。彩りは食卓を明るくするとはよく言うが、我が家の朝飯は一段とカラフルだ。
俺は静かに食卓の席へと着くと、母は上機嫌で大きな鍋を抱えてダイニングに現れた
「なんと! なんとなんとなんと―!! 今日は紫色なのでーす!」
「おおっ! 珍しいじゃん。母さんが原色以外のを作るのなんて久しぶりじゃん!
なんかいいことでもあった?」
母が紫色の朝食を作るのはいつだって上機嫌なのだ。現に今だって鼻歌交じりに大きな器にゲルゲルと朝食を注いでいる。こんな母を見るなんていつ以来だろう。
「何言ってんのよー。 可愛い可愛いハルくんのお誕生日でしょー♡ 」
ボコボコと大きな泡を吐き出す紫のゲルを口に流しつつ、ボフボフと音を立てて、いつも通り母との会話に興じる。
「あー、そっか! すっかり忘れてた。 」
「と。言うわけでー! はいっ これが母からのプレゼントなのです―」
ニカッと笑うと母は一冊の本を差し出してきた。丁寧にピンクのリボンをあしらった真っ白な表紙のハードカバー。美しくそれでいて、どこか儚げな印象を感じた。 だが、これは……
「いいの? この本って母さんが大事にしてたやつじゃなかったっけ? 」
「いいの、いいの! 私はもうその本にふさわしくないからねー。 ハルくんが受け取ってくれたら母さんはとーっても嬉しいのでーす。肌身離さず持ち歩くのよ! 」
「いやいや、それは流石に、そこそここの本思いしきっついな―」
「むぅ。それもそうね。」
「でしょ! ありがたく放課後部屋で読ませてもらうよ」
「え? そうじゃないでしょ?
教科書なんて全部おいてけば、プラマイゼロで重さ変わらず! オールオッケェ!☆ 」
「全然差し引き釣り合ってないだろ、それっ! 普通にマイナスだよっ! 成績もガタ落ち、内申フルボッコ間違い無しだぞ!! 」
「わかったわ。じゃあ今日だけでいいわ!! せっかくの誕生日プレゼントなんだから、今日くらいは持ち歩いてくれてもいいでしょー? だめっ? 」
なんだよ。今日は母さんやけにしつこいなあ。面倒だし今日くらいはいう事聞くことにしよう。
「わかった。持ってくよ。」
「ありがとー!! もうこれだからハルくんだぁーいすき♡ 」
「はいはい、俺もう行くよ」
「はぁーいっ! ハルくんいってらっしゃーい」
―――ガチャン。
ドアが締まり玄関には先ほどの喧騒とは打って変わって、静寂が訪れる。
玄関から差し込む朝日とは対象的に、薄暗い廊下で佇む母は先ほどの笑顔をスッと引っ込めると、ボソリと呟いた。
「今日は、大変な一日になるわよ。 頑張りなさい。私の自慢の息子。それと――― 」