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熊本・大分(九州中部)地震 記録簿  作者: あまやま 想
3月26日(日) 今、熊本を離れる事は正しい事なのか?
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3月26日(日)

3月14日と16日が過ぎた。震災からあと1ヶ月で1年となる。


思えばこれまで実に色々な事があった。4月14日と16日に2度の震度7の地震があり、あの日々から多くの大きな余震が長期に渡って続いた。


あの日々の中で直接被災した人々も、熊本に縁やゆかりがありながら熊本を離れていた人々も、どちらも苦しい日々が続いた。


被災した人々は余震が続く中、1日も早い生活再建を目指した。それこそ、水も食べ物もない中で全国各地からの救援物資を頼りにしながら…。役所では救援物資の仕分け作業に、病院では震災によるケガ人や病人の対応に追われ、休む暇などなかった。


5月中旬に入り、ようやく学校も再開したものの、震災の影響で運動会や見学旅行などの学校行事は縮小や中止に追い込まれた。


その頃からお店も徐々に再開し、7月頃までには震災前の営業時間に戻った所が多かった。


一方で建物が壊れた所ではなかなか避難所暮らしから抜け出せず、仮設住宅へ移れるようになったのは夏頃からだったと思う。


このような有様の中、助けたくても助ける事もできず、ただ遠くで見守る事しかできなかった人々も苦しかっただろう。たくさんの人々がボランティアとして熊本に駆けつける中、日々の生活に追われ、ただ遠くで見守る事しかできない…。


これまで阪神大震災や東日本大震災などでもそれぞれの被災地域に縁やゆかりがありながら、何もできない自分を責める事がニュースで取り上げられる事があった。


しかし、誰も悪くないし、誰からも責められない。日本にいる以上、どこに住んでいてもある日突然地震に襲われるだろうし、それが現在の科学では全く予想もできない。


ただ、それぞれの地で一生懸命生きて行くだけでいい。そうする事で経済が回り、結果として被害地支援となる。ただ日々の暮らしをこれまでと変わりなく続けるだけで充分。余裕があれば、義援金を送ったり、ボランティアに出向いたりすればいい。


私の中で、「今、熊本を離れる事は正しい事なのか?」と県外での仕事が決まった日から悩んでいた。しかし、あてのない仕事を熊本で探し続けるよりも、県外で与えられた仕事を1日でも早く始めた方が良いと仰った方がいたおかげで楽になれた。


また、震災後に縁あって熊本の復興支援に直接もしくは間接的に関わる県内外の全ての方に心から感謝申し上げたい。また、震災をきっかけ、もしくはそうでなくても、熊本で仕事を見つけ、戻って来られた方や新たに来られた方にも新たな門出を祝いたい。


人一人は大自然の前には無力だ。だからこそ、我々は手をとりあって大自然と共存してきた。


また、人生は全てが自分の思い通りにはならない。あらゆるしがらみや偶然に翻弄されながら、どうにかこうにかして少しでも自らの望むものに近づける努力を重ねる。その結果、今があり、また未来へと続いていく。


ありとあらゆる天災があろうとも、それでも立ち上がっていけるし、自ずと共に手を取り合い助け合っていける。先の事は全く分からないが、それが分かっただけで充分だ。

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