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サー姫

作者: まいにくん

2ちゃんねるVIPワナビスレ統一お題短編選手権に投稿したものに手を加えたもの

『機械仕掛けの神』

『姫』

『自殺』

 十二月三十一日、つまり大晦日。

 白山学院大学十八号棟、通称「部室棟」二階。コツコツとリノリウムの床を歩きながらふと暗くなった窓の外を見ようとすると、ガラスに反射した自分と目があってしまう。背は低く細身、顔は平均以上と自負している。胸だけが残念だが、これをステータスと呼ぶ人もいるので気を落としてはいけない。実際、こっちのほうが似合う服が多い。例えばいま着ている所謂「甘ロリ服」とか――。その姿に重なって、白いものがチラチラと降りてきていた。どうやら雪が降る寸前で帰ってこれたらしい。よかった。

「ふにゅ、ふにゅにゅ~おそと寒かったよぅ」

 私は「現代小説同好会」と書かれたドアを開きながら、甘え倒した声音でそう言う。大丈夫、正気だ。

 「現代小説」と気取った書き方をしているが要はラノベだ。つまりここはオタサーである。中では既にラノベ好きのオタクどもが三人身を寄せあってテレビを見ている。

 全員、私の下僕だ。

「ふにゅ~疲れちゃったあ~肩こっちゃったなあ~」

 私は下僕のオタク共をチラッチラッと見つつ、ドサッと荷物を入り口脇の折りたたみ机に放る。自分はテレビを囲ってコの字に配置されたソファーの空いた席にポスンと座る。その際、フリルだらけのスカートが危ない感じに捲れそうになったが、これも計算の内だ。こうして気を引くことで、女子とあまり関わりを持って生きてこなかったオタクどもをいいように扱う。それが私、「ももたん」こと飯田桃、このヲタサーの姫の持つスキルであった。

「はあ~誰か揉んでくれないかな~? チラッチラッ」

 当然この「チラッ」は口に出している。こうすることでわざとらしさからの可愛さをアピールし、「しょうがないな~(笑)」と親戚の子供に世話を焼く感覚でマッサージをしてもらうのだ。もちろん、マッサージ自体が目的なのではない。マッサージという免罪符で持ってオタクどもに私の体を触らせる。そうすることで耐性のないオタクどもはドギマギする。ちょろい。これが狙いである。

 ドギマギさせることでどのようなメリットがあるのか? そもそもオタサーの姫が姫となる理由の一つに「チヤホヤされたい」というのがある。ドギマギ、つまり意識させる。恋愛対象として。オタクどもはオタサーという小さなコミュニティの中で「姫」に対し、表向きはそれこそ小動物を可愛がるような感じで接する。しかし腹の中では恋愛対象として見ている。そのような状態を作り上げるのに必要不可欠な工程が「ドギマギ」なのである。恋愛対象となったのならあとは簡単。オタクども一人ひとりがより私の気を引くようにその無い恋愛経験から導き出された拙く精一杯のアピールを「姫」に対して行う。これが「チヤホヤ」である。

 もちろん、私にも「チヤホヤされたい」という願望はあるのだが、本当の目的はそれではなく、どちらかと言うと「みつぎもの」の方だろう。これをネットオークションで売るのである。これが結構なもので、今年のクリスマスでは金額は伏せるがオタクどものバイト代の殆どを巻き上げることができたという調査結果が出た。もちろん私が調査した。

「だ、だれか~」

 しかし今日はどうしたのだろう。三人ともテレビを見ていて「ああ」とか「うん」とかしか言ってくれない。そのテレビにしてもそこまで面白くて釘付けというわけでもない。いや、普段ならご主人の帰宅にしっぽを振りながら走ってくる飼い犬のようなモチベーションで持ってどんなアニメがやっていても私に構ってくれるはずなのだ。なんか冷たくない?

「ど、どうしたのかな~なんて……そうだ江ノ島くんお願いしてい~い?」

 こうなればこちらから指名だ。これで一発のはず。いつもどおりならば。しかし指名された金髪の鉄併発オタクA(江ノ島)は深々とため息を付き、

「おい、ももタンが呼んでるぞ。俺は今手が離せないから代わりにマッサージしてやれよ毒島」

 とあろうことかオタクB(毒島)に押し付けたのである。それに対してその毒島と呼ばれた理系の眼鏡でドルオタ併発オタクBはスマホをいじりながら、

「いえ、ワタクシテレビを見るのに夢中でして。千島殿、代わりにお願いできますか」

 これまたパス。いやいやスマホ触ってんじゃんテレビ見てないじゃんという私の心の叫びは声になる前に飲み込まれ、ついに届くことはなかった。そして私のマッサージ(させてもらえる)権は、最期の砦、ぽっちゃりガチアニオタ併発オタクC(千島)へ、

「いやいや拙者は結構でござる。いまアイドルとシャンシャンするゲームから手が離せないのでな。ももタソ氏には申しわけないが、そこらにマッサージ機が転がっていると思うのでそれ使って」

 私は目の前が真っ暗になる。なにが、一体何が起こったというのか。

 つい先日までマッサージなんてご褒美中のご褒美だったじゃん! 「し、仕方ないな~(笑)」とかなんともないフリして、ギラギラした眼で息を荒くしてマッサージしてきたオタクA! この間のクリスマスには「つまらないものですが……」とか明らかに今使う言い回しじゃないセリフとともに十万もするネックレスをくれた君はどこに言ったオタクB! オタクCに至っては告白までしてくれたのに……保留にして一年経つが……。

 そういえば今日も年越しそばの買い出しのじゃんけんに何故か私も混ぜられて(普段はオタクども三人でする)、運悪く負けたのに誰も手伝ってくれなかった……寒い中近所のスーパーで買って帰ってきたらこれだ。何かおかしいとは心のどこかで思っていたのだけど。

 明らかに皆の態度が様変わりしている事実に動揺を隠せない私。混乱しすぎて涙が出てきた。

「み、みんな一体どうしたの!? 私、オタサーの姫だよ!? もっとチヤホヤしてよ!!」

「ももタソ氏……その発言は流石に自殺行為なのでは……」とシャンシャンし終えたオタクC。

「ん、そういえばみんな急にももタンに冷たくなったよな」これはオタクA。よく見ると手元でレポートを書いていたようだ。

「それはあなたもでしょう。そういえば千島殿もですよね」これがオタクB。眼鏡をクイッとしてオタクCを見る。

「せ、拙者は先日彼女ができたのでな……あまりももタソ氏とベタベタするのも悪いと思ってな……」

「は? マジで?」と私。

「ももタン殿、素が出ていますよ……それはまた二次元というやつではないのですよね。奇遇ですがワタクシもですね……教育学部の……」

「おいおいほんと奇遇だなあ、実は俺もつい昨日できたところなんだよ、彼女」

 えっえっえっなにこれほんとなにこれ。私のたゆまぬ努力により二年かけて築きつつあった帝国は一体どこに言ってしまったのか。数日で全員彼女持ちになってるってなんだよほんとにもうクソもう。助けて神様……。

 視界が完全にブラックアウト。平衡感覚が失われ、その後大きな音を聞いたが、あれは私が倒れた音なのだろうか。遠くの方でももタソ氏! とか大丈夫ですか! とか聞こえる。ああ、ちょっとだけチヤホヤされて嬉しい……と私は遠のきつつある意識の中でそう思った。


 オタクに囲まれておいてチヤホヤされない私にどんな価値が有るというのか。もうオタサーの姫とは呼べない。ただの甘ロリを着た痛い奴ではないか。

「ほう、その状況をどうにかしたいと」

 当然だ。意識されたい、構われたい。異性として見られたい。結局のところ、

「みつぎものはどうでも良かったんじゃな」

 そう、その通り。やはり私はチヤホヤされたいだけだったんだな。元に戻るのなら、今まで貢がれたもの全て差し出しても良い。

「ほう、ほうほうほう。元に戻す、ということはできないが、どうにかチヤホヤされるようにはしてやろう。本当はこういうことはしてはいけないが、遅くなったので特別じゃ」

 え? と思いまぶたを開くと一瞬、白ひげを蓄えたおじいさんの顔が見えた。見覚えはないが、なんだかとても威厳に満ちているような感じがした。シャンシャンという聞き憶えのある音が遠のくのに合わせて私の意識もフェードアウト。


 次にまぶたを開くと、知らない天井……いやこれは現代小説同好会の部屋の天井だ。普段まじまじと見る機会がないのでなんだか新鮮だ。そして、私はソファの上に寝かされていた。

 なんだか変な夢を見た。どうにかできるものならどうにかして欲しい。というのが正直なところだが、起きても何も変わっていなかったので……変わってないよな? うん、一瞬変な感じがしたが、やっぱり何も変わってなかった。諦めよう。そんなうまい話はなかったんだ。もう、普通の大学生に戻ろう……。

 起きた時にオタクどもに心配されて、少し気が紛れた。あるいはこのささやかなチヤホヤがそうだったのかもしれない。私は特に体に異常がないことを確認すると、トイレに部屋を発った。部屋を出る際になんだかオタクどもからネトッとした視線を投げかけられたような気もするが、勘違いだろう。

 しかしあのオタクどもが全員レズだったとは。俺だのワタクシだの拙者だの、一人称からなんだか変だと思っていはいたが。そういやレズとショタコンが併発するのが最近多いと聞くけど実際はどうなんだろう。と考えながら私は迷いなく男子便所に入っていった。

統一お題選手権では難しいことしようとして失敗したので簡単にしました。

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