白線
マサシは下校時間の過ぎた校庭の中央に、ライン引きで一本の白線を引いた。
校舎を背にし、視線を上げて生まれ育った街を見つめる。
かげる空の下に住宅やマンションが並んでいた。
未来のない風景だった。
マサシは視線を下げ、校庭に引かれた白線を見つめながら考える。
『俺はもう赤ん坊じゃない。今の俺ならこの白線を簡単に越えられる。右足を上げて最初の一歩を踏み出すだけだ』
その簡単な動作がマサシには出来なかった。
今、自分が立っている場所と白線の向こう側。
どちらも間違ってはいないからだ。正解がないからこそマサシは動けなかった。
『これはしてもいい。これはしてはダメ』
大人はわかっているように言う。
マサシは苛立ちを覚えた。別に大人に反抗する青臭い感情はない。
ただマサシはそんな簡単に判断できなかった。
いずれにせよ、時間の問題だった。
マサシは学生服のホックを外し大きく息を吸った。
息苦しくて堪らなかった。急かすように呼吸をする。
気づいていた。
息苦しくしているのは自分自身。
自分に制約を課して自分の可能性を窮屈にしている。
なんのために?
それがよくわからなかった。
もっと自由に生きられるはずだ。
もっと気楽に生きられるはずだ。
きっとマサシは何かを恐れている。
心の奥底にあるもの。
感情が複雑に絡み合って、ほどけなくなっていた。
「何をしてるの?」
ふいに誰かが声をかけてきた。
振り返るとクラスメイトの美咲が長い黒髪をなびかせ立っていた。
マサシはこの白線を越えられないことを美咲に説明した。
「こんなの簡単じゃん」
美咲はそう言うと学生鞄を地面に置き、ピョンとジャンプして白線を越えた。
「ほらね」
白線の向こう側で美咲は自信に溢れた笑顔を見せた。
それを見たマサシはその場にうずくまり、校庭に無数の涙を落とした。
大人だって間違う時はあるし、間違いだとわかってても直せない時もあるんだ。
2015年11月24日 それでも前に進む英星