特技(食いだめ)
ヤフーブログに再投稿予定です。
ぼくには一つだけ特技がある。
食いだめである。
花金の夕方、六時に会社を出ると食い放題の店に行く。後はひたすら食べる、食べる、食べる。時間制限があるのでひたすら食べる。食べ終わって親父が唯一残してくれた野中の一軒家に帰えり、テレビを見て十一時には眠る。
「食事はしないが、他の曜日はスイーツを食べる」なんて事は言わない。金曜の夜にたらふく食べると次の金曜日まで一切食事を口にしない。だから我が家の冷蔵庫は小さな冷蔵庫、ビジネスホテルの個室にあるような冷蔵庫しかない。ペットボトルに入れた水道水やコンビニで買ったジュース、コーヒーしかない。
食べ物を冷蔵庫に入れておく必要がないのだ。
ぼくがその食べ放題の店に入ると、太った店長が嫌な顔をした。その店は寿司から焼肉、スイーツまでいろいろなものが食べられるので、いくつかの食べ放題の店の中で一番のお気に入りなのに残念だ。
ぼくは大食いだが、気が小さい。こんなに嫌な顔をされたら、この店にはもうこられない、と思った。
次の金曜日、寿司の食べ放題店に行った。
……。やはり、店長に嫌な顔をされた。この店にも、もう、来られない。そして、次の金曜の夜も、また、次の金曜の夜も同じことだった。この調子でいくとぼくがいける食べ放題店が無くなってしまう……。
それでは、折角の特技を発揮することができなくなってしまう。
何か方法を考えなくては……。
その金曜日の夜、ぼくは会社を終えると直接、家に帰った。金曜の夜、食い放題店に寄らずに家に帰るなんて何年ぶりだろう。
ぼくはテーブルを前に座っている。テーブルの上には、あの店長の死体がある。手元にはフォークとナイフ。それにのこぎり。カセットコンロに火を付けた。これから独り宴だ。この独り宴はいい。制限時間がない。今まで食べ放題店では、時間制限があり食べ物の味をじっくり味わっている余裕は無かったが、今夜は充分時間がある。味わって食事をすることができる。
ぼくは<彼ら>のせいで、ぼくの唯一の特技の発揮する機会を失った。つまり、ぼくの存在を否定された。だから、代案を行使しただけだ。で、これからもこの代案を行使する。ぼくは、何時か、連続殺人犯、それも猟奇殺人犯として逮捕される時がくるかも知れない。
でも、ぼくは裁判員がぼくの気持ちを分かってくれると確信している。