無邪気な殺人鬼
やっとKASASAGIの見方も分かって、再びこの小説に訪れて下さっている方もいるのかと思うと、にやにやしてしまうこの頃です。
どなたか見てくださっているならば、人が見ても失礼の無いように頑張らねばならないですね!
と言っても主人公の性格は直らないですが。
今回はクロの過去に触れます。
気でも、触れてしまったんじゃないかと思った。
人の命を奪うということは、それほど心身ともに負担がかかる。
それは俺が良く知っている。
人を刺した時の、あの肉を割く感覚だとか、充満する鉄の匂いだとか、死ぬ前にする、相手の絶望した表情だとか。
五感全てで感じるあの感覚は、一瞬で人をおとしてしまう。
それほどの魔力のようなものがあると思っている。
始め、奴に会った時可哀想なやつだと思った。
生意気で、いけすかない野郎だったが、これから望むわけでもなくあの感覚を知ることになると思えば、多少の生意気な言動も目をつむろうと思った。
自分と、重ねて見ていたからかもしれない。
俺も、生まれは平民で、仲のいい普通の両親の元で、普通に可愛がられて育った。
初めて人を殺したのは10歳をすぎた頃だった。
その日は、厚く雲がかかっていて、太陽も隠れて、今にも雨が振りだしそうな空だった。
港に近いこの村は、漁業が盛んで、父はこの村の漁師だった。
俺も父を尊敬していて、将来は漁師になるつもりでいた。
そんな父もあいにくの天気で仕事が出来ないから、今日は一日家にいるみたいだ。
不謹慎だったけど、当時の俺には天気の悪く、父が家にいるその日こそ特別で、とても嬉しかった。
沢山海の話をして貰ったり、日常の些細なことをこと細かく報告するのが嬉しかった。
そんな一時も一瞬で崩れ去ることも知らずに。
まず、耳に入ったのは誰かの悲鳴だった。
それは次々大きくなり、村が喧騒に包まれていくのを感じた。
「盗賊だぁーー!!」
近所のおじさんの声が聞こえる。
身体が震えだしていた。呼吸も荒くなって家のドアから後ずさる。
そんな身体を父が後ろからささえてくれた。
父の腕はがっしりしていて、力強く逞しかった。
そうだ、俺には父がいる。
そう思って父の手を握り返した。
すぐに母が入ってきた。
その瞳は濡れていて、震えているようにみえた。
父と一緒に母に駆け寄って、母の安全を確認した。
そして、その直後、家の扉から男が二人入ってきた。
どうやら、母が中に入るのを見られていたようだ。
思えばこれが悪夢の始まりだった。
男二人は武器を所持しており、一人は刃の反った剣を持っていて、もう一人は大きな斧をもっていた。
父は咄嗟に俺を隠して、視線で死角になる場所を教えてくれた。
普段から、酸っぱく言われていたことを思い出した。
もし、盗賊が来たときはそこに隠れろと言われていた場所があったのだ。
俺は父を信じた。
必ず父がなんとかしてくれる。
それなら、人質になりやすい自分は邪魔だと割りきった。
それほどにその頃の俺には父は雄大で、信頼の全てを父に注いでいた。
幸い盗賊には気づかれずに目的の場所へと辿り着くことができた。
音を立てぬよう、隠し扉をあけて中に入り込んだ。
隠し扉の中には銃や剣やナイフが揃えてあって、いざとなればこれを使って助けに行こうと決意した。
すぐに悲鳴があがった。
母の声だった。
何が起きたのだろう。
一瞬にして不安が募った。
「あなた!あなた!!」
え、父さん?
たまらず、外の様子を見てみると、倒れ伏している父の姿が目に入った。
父は母を庇うように息絶えていた。
泣きながら父を呼ぶ母を盗賊たちはニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながらみつめていた。
父さん…?
あれ?嘘だ…。
だって父さんは逞しくて、強くて、俺の憧れの…。
「きゃあ!」
母の叫ぶ声で我に返った。
視線の先では母の髪を乱暴に掴む斧の男がいた。
あ、あ…。
助けなきゃ…。俺が、母さんを…。
でも、どうやって?
あの父さんでさえ、呆気なくやられてしまったような相手に勝てるのか?
恐ろしくて、震えが止まらなかった。
恐怖で涙が滲んで、目の前すら歪んでいる。
「くくっ、女が嫌がる姿ってのはいつみてもたまんねぇな。」
「ひひひっ」
斧の男がそう言うと、曲剣を持った男は下品にわらった。
「あ、ああ…
あなた…。
私も、行くから。」
母の掠れた声は絶望を孕んでいた。
「ああ、そうだ
あれ出せよ」
「あれですかい?
この女に使うんで?」
「ああ」
妙に愉しそうな斧の男の声がする。
「そういやこれ、なんですか?
毒ですかい?」
そういって小さな赤黒い小瓶を取り出した。
「まぁ、毒と言えば毒だな。
オークの血だ。」
「オークの血?
また、なんでそんなもんを…」
オーク…魔物の血だって?
まさか、そんなものを使ったら…
小さい頃からこっぴどく言われていたことがある。
魔物の血には多量の魔力が含まれているから。
絶対に近づいてはいけないと。
「まぁ、貸せ」
斧の男は小瓶を曲剣の男から奪うと容赦なく母の腕を切り裂いた。
母の腕からは止めどなく血が流れていて、母は恐怖に固まってしまった。
「ま、やめてっ
そんなの近付けないでっ」
震え、泣きながらも後ずさる母。
あ、どうしよう…
これじゃ、母さんが…
きっと、恐ろしいことになってしまう気がする。
止めなきゃ、僕が!
あいつの手元からあの小瓶を奪って、母さんを助け出すんだ!
動け、動いてよ
俺の身体…!
なんで、ピクリとも動かせないんだ…。
滲んだ涙は頬を伝って服に染みをつくった。
「へへっ、動くなよぉ。」
斧の男のゲスな声が聞こえる。
「いや、嫌!やめてっ
来ないで…。」
涙ながらに訴える母を楽しそうに追い詰め、切りつけた腕を掴んだ。
小瓶にしてあったコルクの蓋を外すと、それを傷口に垂らしはじめた。
「あ、ああ…あああぁ。」
どろどろの血が母の腕に伝って、傷口をなぞるように流れていく。
「どうだ?気分は。」
母はなんとも言えない顔をして、傷口を見つめていた。
ニヤニヤと母の様子を観察する斧の男。
「あ、なに、これ…」
手を握り締める母。
腕は見て分かる程に痙攣していた。
「なぁ、これどうなるんですかい?」
曲剣の男が斧の男に問いかける。
「あー、なんでも魔物の血は大量の魔力を含んでるらしくてなぁ。
そいつを体内に取り込むと、気が触れちまうらしいんだよ。
なら、直接入れてみたらどうなるかと思ってなぁ。」
「そうなんですかい。
でも傷口に垂らしただけじゃないですか?」
「あぁ、そうだな。
注入器、持たせてただろう。よこせ」
「ああ、そうゆうことですかい。どうぞ」
曲剣の男はニヤニヤしながら、懐から見たこともない形の器具を取り出した。
容器というにはやけに細くて、細長い棒状のものがくっついたような形状をしていた。
母はそれに気づく様子もなく、ただただ涙を流していた。
近くにあった父を抱きしめながら。
俺は、ずっとそれを隠れて見ていた。
手が震えていた。腕も、身体も、足も、全て震えていた。
母を失うことへの恐怖心だったのか、自分自身の身を安じてなのかわからないほど、頭の中はごちゃごちゃだった。
ただ、ひとつ分かるのは父は死に、母も死ぬということだった。
斧の男が、小瓶に入った残りの血を先程の器具を使い吸い上げると、母の手を掴み、傷口から器具の先端を射し込んだ。
器具の先端は刃物のように鋭くなく、無理やり射し込んだために母は暴れた。
斧の男は母をなぐり、大人しくさせたあと、再び器具を使い、中の血を母の中に流し入れた。
そのあと、斧の男はぐったりした母から器具を抜き取り、床に放ると再びニヤニヤしながら観察し始めた。
曲剣の男もそれに並び、嫌な笑みを浮かべながら母を見ていた。
「おい!!
てめぇらいつまでちんたらしてんだ!
早くしねえか!」
外からいきなり怒号が浴びせられた。
曲剣の男が焦ったように返事を返している。
斧の男も興醒めだと言わんばかりに外へ向かったようだった。
その後ろを曲剣の男が着いていく。
なんだ?
まさか…行った…?
家の中はしーんと静まり返り、先程の喧騒も嘘のように静まりかえっていた。
念のため、近くにあった短剣を手に取り、顔を出してみる。
既に男たちはいなくなっていて、床にはぐったりと倒れた母と、もうピクリとも動かない父が倒れていた。
「あ、ああ…。」
言葉にならなかった。
目からはとめどなく涙が溢れ、罪悪感で潰されそうだった。
「ごめ、ごめんなさ…っ」
隠れていた場所から這い出て、両親の元へと走った。
母の様子を見ると、全身に汗が噴き出していて、肌が所々赤黒く変色していた。
急いで抱き起こすと、その身体は暑く大量の汗で湿っていて、まるで力が入っておらず、だらりとしていた。
頬に出来た腫れた痕や乱暴に扱われた乱れた髪が痛々しくて、腕にはしった切り傷はもう見ていられなかった。
「母さん…っ、ごめん、俺…」
見ていたのに、何もしてやれなかった。
母の身体がびくりと痙攣をおこした。
それと同時に、苦しみ始める母。
暴れだす母を支えきらなくなってきて、必死にすがりついた。
「母さん!大丈夫!?
母さん…っ」
次の瞬間、体制を崩して俺に母が馬乗りする形になった。
母が自分に覆い被さって来たからだった。
「母…さん」
改めて見た母の形相は、もう母のものではなかった。
それは理性的でなく、もはや獣に近い。
『魔物の血を取り込むと気が触れてしまう』
たしか、あの斧の男がそう言っていたのを思い出した。
見開かれた母の眼球は全て赤黒く染まっていた。
「あ…やめて…母さん…」
母の手が自分の首にかかるのがわかった瞬間、首が折れる程に締め始めた。
あ…ダメだ、きっともう死んでしまう。
最後は、見棄ててしまった母の手に掛かって。
これは、報いなんだ。
息が吸えなくて、意識も朦朧としてしまう。
抗うのをやめて、静かに目を閉じた。
ポタッポタポタッ
薄れていく意識の中で、頬に暖かなものが落ちた。
不思議と苦しさも無くなった気がする。
ぼんやりする意識の中で、薄らと目を空けてみれば、涙を流す母がいた。
頬に落ちたものは母の涙だったのだ。
俺はおもいだしたように息を吸い込み空気を体内にとりいれたが、潰されていた喉の痛みで大きくむせかえった。
「かぁ…さ…」
必死にこえを絞り出したけど、喉が潰されていたからか声が出せなかった。
「ごめんね」
母が俺の首元を撫でながらそう言った。
そして、俺の名を呼んで、殺してくれと頼んできた。
いつもの母だった。
いつもの優しい笑顔で俺にそう頼んで来たのだった。
俺は、泣きながら嫌だと叫んだ。
心のそこでは分かっていた。
母は俺に見棄てられてなお、俺を殺さないためにこんなことをいっているのだと。
俺に見棄てられてなお、俺を殺さないためにギリギリ理性を保ってくれているんだと。
そんな母の意をくんでやれない俺は、どこまでも意気地無しなのだと。
「ぁ、あぁ、かぁ…さん」
俺は泣きながら近くに落ちていた短剣を握りしめた。
それを見た母は微笑んで、
「大好きよ」といって目を瞑った。
「ぁああぁぁ!!」
ズブリ
手の感触がこの手で母を貫いたことを教えていた。
短剣を突き立てたところから、赤黒い血が滲みでて、俺の胸のあたりを濡らした。
母は抱き締めるように俺に覆い被さり、絶命した。
それからは、地獄だった。
あの盗賊の男達を怨み、何もせずに震えていた自分を呪った。
母を殺したこの手は、思い出すだけで震えが止まらない。
紛れもなく、母を殺したのは俺自身だった。
簡単に死んではいけないと思った。
幸せになってはいけないと思った。
近くの街の騎士たちが来たときには盗賊達は既に逃げており、所在さえ掴めなかった。
騎士達に連れられて、街の孤児院に預けられたが、すぐに脱走した。
なんとなく、一人でいなければいけないと思ったからだ。
あの男達を殺すまで、何がなんでも生き残ってやる。
そう思って、盗みも暴力も殺しもした。
必死にあの男たちの所在を探して、盗賊団の居場所を突き止めたのはそれから10年の年月がたってからだった。
なんのことはない、斧の男は病に倒れ、既に死んでいた。
見つけたのは曲剣の男だけだった。
命ごいする男を切り捨て、その場を後にした。
納得など、出来なかった。
それが、斧の男をこの手に掛けることが出来なかったからなのかも、最早分からずにいた。
いつの間にか、あの男達となんら変わらぬ自分がいた。
気づいたところで引き返せるはずもない。そのまま、引き返すこともせず、自らの意志で死を選んだ。
最初、秀生があの痩せた盗賊の男を殺して、狂ったように笑いだした時、あいつも狂ってしまったんじゃないかと思った。
だが、それは違った。
次に太っている男に手をかけたとき、あいつは斧の男と同じように嬉しそうに殺しをしていたように見えたからだ。
だが、秀生はまるで自然体だった。
俺の心配もまるで必要なく、自らの意志で人を殺したいと思っているように感じた。
最早、斧の男と同じというにはおこがましい。
アイツからはまるで悪意を感じなかった。
まるで、人殺しを悪いとさえ自覚していないみたいだった。
今さら、斧の男のように殺人を楽しむやつを憎いとは思わない。
そんな風に思えるはずが無いようなことを、たくさんしてきたからだ。
だが、アイツは異質だ。
なにがアイツをそうさせているのかはわからないが、尋常ではない。
俺は、アイツの無垢で純粋な殺意に、恐怖したんだ。
俺は、俺の後ろをのんきに着いてくるこの無邪気な殺人鬼が、恐ろしくてたまらない。
読んで頂きありがとうございました。
ほとんど展開は思いつきで書いているので違和感を感じることが多いと思います。
自分ではその違和感が良く分かっていないので、 感想などで教えて頂けると嬉しいです。