盗賊狩り
初めて人が死にます。
主人公の最初の犠牲者です。
気がついているとは思いますが、この小説の主人公は狂っています。
クロに言われるがままに、小道から50m程外れた場所にあった草の茂みに隠れることになった。
どうも草の臭いって好きじゃないんだけどな…
クロは警戒してるのか黙ったままだし。
ちらりとクロの方を見ながらそんな事を考える。
「来るぞ。」
やけに真剣な声で注意を仰ぐクロ。
それと同時に遠くから馬が駆ける音が聞こえ始める。
数はクロが言ってた通り2頭だな。
それからすぐに2頭の馬と、それに跨がる二人の男が現れた。
一人は小太りの男で、もう一人は身なりの汚い少し痩せぎみの男だった。
痩せぎみの男は右手に剣を持っており、小太りの男を狙っているようだった。
2頭はすでに並列に近く、小太りの男は逃げようと必死だ。
あれは…
「盗賊だな。」
うん、それっぽいよね。
「武器を持ってるのか、予想はしてたけど。」
「ああ、そんであの太った男は商人か何かだろう。
大方護衛が殺られたから逃げてきたって所じゃないか?」
「かもね。」
そうこう話しているうちに、小太りの男と痩せぎみの男の馬が並んだ。
痩せぎみの男は剣を振り上げ、小太りの男に斬りかかった。
それに気づいた小太りの男は驚き、その拍子にバランスを崩して落馬してしまったようだ。
幸い、そのお陰で致命傷を免れたが、避けきれず切りつけられた腕と、落馬した時の衝撃でもう満身創意といったところだ。
それを見た痩せぎみの男はとどめを刺すためなのか馬から下りた。
ここからの距離はおよそ100m位か。
相手は剣を持っているけど剣相手なら対処方もわかるし、あの男、あんまり強そうでもない。
いけるかも。
僕は草陰から静かに立ち上がると痩せぎみの男が背を向けていることを良いことに、そのまま気づかれないように走りだした。
クロは驚いてすぐに僕を追いかけ始めた。
気づかれないように声には出さないがおそらく僕を止めるためだろう。
でも、これ以上の好機はないと言っていいほどの状況を僕が見逃すわけにはいかない。
敵は目前に迫っている。
そして、近付いている僕に気づいていない。
なぜなら、彼も獲物に集中しているからだ。
10メートル、5メートル。
徐々に距離を縮め、ついに男の背後へとたどり着いた。
まるで気がついていない痩せぎみの背中はがら空きだった。
狙うは、首だ。
僕は渾身の手套を男の首におとし、その衝撃で取り落とした男の剣をすかさず奪った。
小太りの男は僕のいきなりの登場に目を丸くしていた。
そのまま少し距離を取り、油断なく構えて男の様子を窺った。
いきなり手套を入れられたショックから少々錯乱している様子の男は顔に手を当て、焦点があっていないのか目が泳いでいる。
「な、なんだ!?
誰だてめぇは!!」
漸く絞り出しただろう声は大きいが、焦りが感じられた。
「うーん、誰だと言われてもね。」
「…名乗るのもめんどくさいから、死んでよ」
「ふ、ふざけんな!!
てめ」
ザシュッ
深く踏み込んで、男の懐に入り込むと下段から上段にかけて剣を振り抜いた。
剣から伝わる肉を斬る感触。
男から吹き出す血から漂う鉄の匂い。
悲鳴も上げず死んでいった男。
それよりも、身を震わすような感覚が僕を突き抜けて行くのを感じた。
満たされる、とはこれのことなのだろうか。
とても、気持ちがいいっ!
達成感とは、これのことなのだろうか。
嬉しいとは、なんとも言えないこの気持ちのことなのだろうか!
僕は、今抑えきれないほどの喜びを感じている!
達成感が、喜びが!
今、僕のものになった!
ああ、神様、今だけあなたに感謝しよう。
報われぬ日々に嘆くだけの日々があったとするならば、今日この日のためにあったのだとすれば、これほど悦ばしいことはない。
この肉を割く、なんとも言えない感触も、この鉄臭い血の匂いも、今だけならば好きになれそうな気がする。
「ふ、ははは
あはははは!」
始めて、心の底から笑えたような気がする。
「おい!秀生!おい!?」
まるで、どうしちまったんだと訴えているようなクロ。
僕はどうもしていないよ。
戻ったんだよ、普通に。
「普通の人間」になれたんだよ!
全身で興奮しているのが分かる。
ああ、僕は漸く…。
「…あ?」
瞬間、サッと全てが無くなってしまったのがわかった。
あの冷めることがないだろうと思った程の興奮も、一瞬のうちに消え去ってしまった。
あの感情が、あの感覚が一瞬にして姿を消してしまったのだ、跡形もなく。
「あ…、え…?」
わけも解らずいきなり去ったあの快感とも言える感情の渦に戸惑っていると、すぐに全身を蝕むような喪失感に言葉を失った。
あまりのことに立つ気力を失い、膝を着く。
錯乱し始めた頭を支えるように両手で顔を覆い、視界を遮る。
「あ…、あ。なんで…。」
ものの数秒とも数分ともとれる濃厚な時間は瞬く間に過ぎてしまったように思えた。
その感覚が物悲しくて、非情でとても無惨だった。
とても忘れられない。
一瞬で、虜にされてしまった。
それほど甘く、激しく焦がれるような瞬間だった。
もう一度。
いや、何度でも。欲しい。
そう思いながら上げた顔は蒼白く、まさしく幽鬼のようだった。
クロはその顔を見たとき、画面越しではありながらも恐れ、手が震えていた。
秀生は握り締めていた剣を杖がわりに立ち上がり、思い出したように小太りの男を見た。
「ヒッ」
目の前で自分を襲った盗賊が一瞬で殺されてから、秀生の言動を間近でみていた男にとってこれほど恐ろしい展開はなかった。
驚きも通り抜けて、恐怖のあまり蚊の鳴くような声しか出なかった。
喉がカラカラで喉から出かかった悲鳴も出ることはなかった。
先程の男に一思いに殺して貰った方がらくだったかもしれない。
そんなことを思いながら、ふらふらと此方に向かってくる鬼を茫然と見ていた。
鬼が目の前に来たとき、蒼白く、無表情なその顔は酷く美しく、酷く恐ろしい物に見えた。
一瞬、鬼の口許がニヤリとつり上がったと思った瞬間には、もう男の意識はなかった。
読んでいただきありがとうございました。