夜明け前
タイトルには特に意味はありません。
気にしないで下さい。
これまで、バカのふりをして喜んでみたり、バカに気を使いながら謙遜してみたり、それなりに上手く自分をこの世界に溶け込ませていた。
でもそれも今日までだから、もう笑っている振りをするのはよそう、何人か少し怪訝な顔をしているけれど、これが本来の僕だ。
今日、僕は死ぬ。
そう決めたのは昨日の夜だ。
全てのしがらみから解放され、ようやく自分を棄てることができるんだ。
今となってはなぜ今までこうすることにしなかったのか、疑問すらある。今までの人生を振り返っても、これほど納得できる選択肢などなかったと思えるほどに。
教室に入ってから幾つかの注目を浴びる。
人というのは変わっていて、自分よりも優れている個体に出会うと、その傘下に下ろうとするか、反発心を抱くかのどちらかの選択をとる。
どちらも思考が接触することが前提なのだ。
気に入らないのなら放って置けばいい。簡単なことなのに。
僕に近付いて益を得ようとするな、気持ちが悪い。
僕には人の考える事が全く理解出来ない。だから、大嫌いだ。
だが、僕がこの人生で学んだのはそいつらを否定しないことだ。
いくら心が反発しようとも、決して敵対してはいけない、個は多に勝つことが出来ない。
…だけど、もうそんなしがらみは存在しない。
もう僕にはお前らなんて必要がない。
挨拶をされてもそっけ無く返し、そのまま席につく。
そして結局、授業は淡々と進み、下校の時間になるまで誰も話しかけて来ることはなかった。
遠巻きに僕の様子を窺っているやつが何人かいるだけで、話しかける気もなさそうだ。
あんなに鬱陶しいくらいに構って来ていたのに、どこか拍子抜けだ。手のひらを反せばなんてことはない、やはり僕はどこにいっても個体だった。
ただの気まぐれでもここに来たのは間違いだった。
この世界のくだらなさが浮き彫りになっただけだった。
まあ、いっか
これでここも見納めだ。
やっぱりこの程度だったよね。
さっさと身支度を終えて帰ってしまおう。
机の引き出しにしまっておいた教科書を全て鞄のなかにしまいこんで、鞄にいれておいたスマホをポケットに差し入れた。
「秀生くん…!」
そのまま鞄を持って教室を出ようとしたところで、教室の中から女子生徒の高い声が僕を呼び止めた。
僕も少し驚いて、声のした方を振り向くと、同じクラスの前島さんが少し緊張した面持ちで僕に近づいて来ていた。
彼女は髪を肩までのセミロングに切り揃えていて、茶色に染めてはいるけれど、綺麗な髪をしていて清楚系で人気がある。
面倒見も良く、人当たりのいい人のようで、校内カーストは間違いなく首位に近い部類の人間だ。
この学年の中では指2本には入る可愛い子だと聞いた事がある。
「なに?」
僕は普通に返したつもりだったけど、いつもの僕とは数段声が低くて怒っているような印象を与えたかもしれない。
「あ、あの…さ
今日、どうかしたのかなって」
「どうかって?」
「いや、雰囲気が違うっていうか…
なにかあったのかなって、…おもって…」
何か怯えさせてしまってるのかな。
「何もないよ
…それだけかな?」
「あ、うん…その…」
結局、何を話たいのかはわからないけど、本当にそれだけなら早くこの場を去りたいんだけど…。
「それだけなら僕はもう行くね。
今日はすることがあるんだ。」
「あ、そうなんだ。
えっと、呼び止めちゃってごめんね。
…またね?」
なぜか戸惑いとか恐怖心の他に、不安気な視線を向けてくる彼女。
まるでその窺うような問い掛けは、すがるように、願うように紡がれる。
「またね」なんてないよ、今日で永遠にさようならだ。
「うん、バイバイ?」
僕は曖昧に返事をして教室をあとにした。
視界のはしで、何故か泣き出しそうな顔をした前島さんを捉えながら。
教室を出たあとは、誰に話しかけられる事もなく、もう見ることも無いだろう学校の校舎を一瞥して、また歩きだしだ。