03 写真部
あの日から真崎は聖司につきまとわなくなった。向こうが会いにこなければこんなにも二人の関係は薄いのか。数日前は、朝や昼休み、下校時間に顔を見なかった日などほとんどなかった。なくなってしまうと物寂しいが、元の日常に戻っただけなのだ。
(いまさら気にしたって)
あれほど誇らしげに話してくれた写真さえ破り捨てた真崎の表情は、見たことがないくらい消沈したものだった。そこへ突き落としたのが他ならぬ自分であったが、聖司にだって言い分はある。勝手な想像で美化されては堪らないのだ。真実をさらけだして何が悪い。
しかしこうして言い訳を探している以上、負い目があるのか。聖司は苦い思いを味わっていた。
休み時間が長く感じる。登校し、授業を受けて、夕方帰宅する毎日の中で、真崎にまとわりつかれた時間だけが異彩を放っていたのだ。
聖司は鞄から茶封筒を取り出した。あの日、足もとに散らばった写真である。実はずっと持ち歩いていたのだ。あいつの姿を見たら一言謝って――真崎はあんなもの見たくなかっただろうから――『預かった』写真を返そうと考えていた。しかし肝心の真崎があらわれない。
何組だっただろう。
今ごろそんなことを思う。同じ学年の商業科で、写真部。僅かな情報しか聖司は持っていなかった。頻繁に顔を合わせていたが、一方的な関係でしかなかったのだ。
そんなことを言い訳にして一週間が過ぎ、二週間目に突入している。動けば簡単に何組か知れただろう。もしくは写真部へ顔を出せば、連絡先を知ることも可能だろう。
ため息をついた聖司は、その日の放課後、観念して写真部を覗くことにした。真崎がいなくても「奴に渡してほしい」と誰かに頼めばいい。そうすればこの繋がりは解けて消える、はずだった。
「退部?」
「真崎でしょ。うん、先週の頭に辞めますって。理由もろくろく話さないでそれっきり。こっちが何してるのか聞きたいぐらいよ」
聖司の相手をしてくれたのは、一つ学年が上の女生徒である。狭い部室には他に何人かいたが、聖司を遠巻きにして何かの作業中だ。半地下の部室に通された聖司は、勧められた席についた。応じてくれた写真部員は隣に座り、手足を組んで首を傾げている。
「なにかでトラブったのかなーって噂していたところ。あいつ不器用だから……モデル頼み込んでは問題起こしていたのよね。よく仲裁に駆り出されたわ。人を撮るの苦手だなんて言いながら、撮りたがるの。自分のイメージ作りのために男でも女でも口説きまくり。悪気ないだけに性質悪いわよね。下手くそなくせによ?」
「そう、ですか」
「うん。でも私は真崎が撮る写真好きなのよね。あいつの感性って真似できないから。全然違うものが見えてるんだなって思うことだってあるのよ。センスのあるやつってこんななんだなって。当然、辞めないでほしいって引き止めたよ? 今まで散々迷惑かけてくれたしね? そうしたら、もう写真撮れないから、なんて言うんだから笑っちゃうわ」
今まで写真のことばっかりだったあいつがよ、と彼女は大げさに抑揚をつける。聖司の前でも、真崎は写真の話ばかりしていたものだ。
「信じられなかったな。教室まで何度か行ったけど、見事なまでに逃げやがるし。こっちの動きを見透かしてるのね、腹が立つ」
そこまでまくし立てた彼女は、自分の口の悪さに恥じ入ったのか、笑みを挟んだ。初対面の人に愚痴言ってどうするんですか、と部員の一人がフォローに入る。聖司は会話の内容に衝撃を受け、ろくなリアクションができなかったのだ。
「ところで、あの問題児になんの用?」
女生徒は、聖司の持ってきた封筒が写真であると知るなり「見せて」と勝手に中身を広げた。
「ああ、あいつが気に入っていたのばかりね。いっつも見せびらかしていたもの。これとこれなんてコンクール入賞した奴じゃなかった? もう耳にタコができるってほど煩くてさ。あれ、……でもひとつ、たりない」
眉を寄せて悩む彼女は、「あ!」と、唐突に言うなり顔を上げ――苦笑した。聖司も、言われる台詞に予想がついて苦い笑みになる。
「キミを撮った奴だわ」
案の定、彼女はあれが聖司だと気づいた。
「道理で見覚えがあるわけだわ……。私、アレ見て真崎らしくないねって言ったのよ。あいつも指摘されたのに笑ってた。ねぇ、会ったら伝えてちょうだい。いつでも戻ってらっしゃいって部長が言ってたって」