あいつにノート借りようかな…
あいつにノート借りようかな…
あ…
俺は意識を取り戻した
夏のべとっと体にはりつくような空気から秋を思わせる爽やかな季節に変わった
その風が駆ける中で寝ていた
黒板を確認するとだいぶ進んでいるようだった
時計を見ると授業はあと5分ほどだ
あとで誰かにノート借りよう
ぼーっと黒板を眺める
ふとセーラー服の誰かがふり返った
俺の視線は自然とそちらへ向く
…目が合った
そいつは俺が寝ていたことを知っているのか、小さく微笑みながら声を出さずに口だけを動かした
それは「ばーか」と言っているように見えた
だから俺は「あーほ」と返してみた
どうやら伝わったようで、そいつはもう一度笑って前を向いた
チャイムが鳴った
授業が終わって席を立つと、俺の横をセーラー服が「ばーか」という小さな声とともに通りすぎていった
小さかったが嫌味な声色ではなく、口許は笑っていた
あいつにノート借りようかな…
ねむ…
翌朝、俺はいつもより少し早く登校して課題をしていた
教室にはまだ誰もいなかった
昨日は家に帰ってからなぜか昼間の「ばーか」「あーほ」のやりとりが思い出されて気づいたら寝ていた
そのまま俺は眠気を受け入れ、もう一度意識を手放し朝を迎えた
そんなことを思い返しながらペンを進めると課題はあっさり終わった
もっと家で寝てくればよかった…
俺は机に突っ伏した
目を閉じるとありふれた音がきこえてくる
誰かの足音、どこかの教室の扉が開く音、かすかな話し声など
それらすべてがひとつになった朝の音が耳に届く
…知らなかった
俺は今、自分がいる世界しか知らない
その世界には大切な仲間やいろんな人がいて、一緒に笑ったりはしゃいだり楽しいけれど、ときに悩んだり腹が立ったり失敗したりもある
でもそれは俺なりに生きているということだと思う
ありきたりな日々こそが幸せだ、なんていうつもりはない
けれど今、俺は幸せを噛みしめていると思う
こんな穏やかな毎日が好きだ
それから手にぬくもりを感じた
誰かに手を握られているようなやさしいあたたかさだった
夢だろうか…
「好きです」
ただ、そうきこえてきた声は昨日俺に「ばーか」と言ったあの声だった気がする