リルドの森
一瞬言い知れない沈黙が森中を覆った。
リルド達も驚いていたのだろう。けれどしばらくすると再びざわざわとし始め、今度はそれが歓喜の声へと変わっていった。
どうやら、リウルがここへ連れてきた時点で疑う奴はいないらしい。
リオはほっとしてため息をつきながらちらっとリウルを見た。
リウルは嬉しそうに森の仲間達を見つめていたが、俺の視線に気がつくと頷き、そして少し歩いていって手招きした。
来い、ということらしい。
リウルはどうやらとても口数は少ないらしいが、今この森の中では一番俺に危害を加える様子はもうないと確信できる、安心できる相手だ。
俺は言われたとおりリウルに着いて行く。
するとまわりのリルドたちがこちらに駆け寄ってきて俺の腕に触ったり顔を近づけてにおいをかぎ始めたりした。
辺りの視界が銀色の瞳にうめつくされ、リルドたちの甘い草花のにおいで満ちる。
潰されかねない勢いで群がるリルドたちにリオはどうすることもできなくてもみくちゃにされるがままだ。
・・・コイツらは、俺達人間をああ容易く殺すというのこんなに仲間の1人が帰ってきたくらいで喜ぶのか。
俺は少し意外になりながらもそろそろ苦しくなってきたのでリウルに助けを求める視線を送る。
リウルは無表情でこちらを見つめていたが、すぐにそれに答えてくれた。
「みんな、そろそろリオにこの森のことを説明してあげよう」
リウルがそう言うとみんな各々に頷きぐるっとリオを囲むように円をつくって座った。
その円の中に、リウルが入ってきてリオの横にちょこんと座る。
そして獣の腕で俺をびっと指差し紹介した。
「この子の名前は、リオよ。双子の行方は、わからない。でもルリアのにおい、したでしょ?」
リウルが言うとこくこくとみんなが頷く。
・・・・どうやら人造リルドは完璧らしく、アルフレドの勝ち誇った顔が浮かんだ。
ここに居たならば確実ににやにやとしていただろう。
俺がそんなことを考えながらほっとしていると不意に円の中のリルドの一人がすっと獣のものである腕をおおった不思議な手袋をした腕がひょいっとあがった。
質問があるらしい。
リウルがどうぞと促すと、一人のリルドがすっと立ち上がった。
赤茶色のショート・ヘアの小柄な少女だ。
頭の上に逆三角形の黒い獣の耳のようなかざりをつけており、おまけとばかりに腰の辺りからは同じように黒色の獣のしっぽのようなものがぶら下がっている。
一見すると異形の悪魔憑きかなにかと疑ってしまうような格好だ。
手はすっぽりと隠されて覆われている。
・・・ずいぶん、気の強そうな子だな。
俺はキッと見据えられる銀褐色の目にたじろいだ。
そして、口から吐かれたその口調も強いものだった。
「ひとつ、これは訊かなくちゃいけないわ。ねえ、ルリアは今どこにいんの?」
その少女の質問に、再び辺りは不安げにざわざわとなる。
横をちらっとみるとリウルも同じように不安げに瞳を揺らしていた。
そこで、納得する。
・・・そうか、ここまでに来る途中ちらちらとリウルが何かききたそうにこっちをみていたのはそういうわけか。
俺は一瞬どうするべきが知識の少ない頭で考えた。
”ルリア”がどうしているか訊かれたときについての質問にどう答えるかはアルフレドから教わっていない。
これはつまり、そのままの状態を答えていいということなのか。
俺はしばらく考えた後、そのままの状態を答える事にした。
「ル・・・母さんは」
ルリアと言いかけてあわてて訂正する。
ルリアはここの”設定”では俺の母親なんだからきちんとそう言う必要があるからだ。
「母さんは、捕まったままだ。俺が捕まえられていた部屋の横でぷかぷか変な水の中で浮いてたな。」
俺がそういい終えると、ピリッと空気が変わった。
驚いて辺りを見渡すと、皆銀色の瞳に激しい怒りをたたえて震えていた。
俺が驚いていると、さっきの少女が声を荒げて叫んだ。
「やっぱり人間は最低だわ!絶対に助けるわ。どこにいるのかわからないリオの妹もよ。」
後半は、俺に向けて。
妹など本当はいないのでうまく感情移入はできない。が、ここでふりをしなければ怪しまれる。
俺は同じように表情を固くして頷いた。
すると少女は満足げに頷き、こちらにやってきた。
赤っぽい茶色の髪がふわふわなびき、歩くたびに獣を模した飾りがちゃらちゃらと鳴る。
「私はレイナよ。リウルの親友よ!」
自慢げに言う少女・・・レイナはずいっとこちらに手を差し出してきた。
リオもそれに自分の手を突き出して握手をする。
手袋に覆われているけれどぎゅっと握るとレイナの腕も当たり前のように大きく、爪の固い獣のものだ。
握手を交わすとレイナも円から出た、この真ん中のリウルの横に座った。
それを見てリウルが頷き、こちらを向いた。
リウルは怒りの声はあげこそしなかったが、その銀色の瞳には静かに冷酷な怒りのいろが浮かんでいる。
なぜ、ここまで人間を忌み嫌うかも今から教えてもらえそうだ。
リウルは美しい空色の髪を揺らしながら、まるで御伽噺でも話すかのようなゆっくりとした口調で話を始めた。
「遠い遠い昔。これは伝説として伝えられてきた一族の話。
その昔、世界には神獣と言われる、神の類の獣が存在していた。
それらの神々の姿を見ることはめったに叶わず、世界の全てをを守っていると信じられ神は奉られ、称えられていた。そんな神獣の1匹と血を交えた、一人の人間がいた。
その女の名は、リルド。これが私達の祖先」
リウルはそっと言った。
俺は頷き、この御伽噺はアルフレドにリルドについて学ばされるときに読み聞かせられたものと同じだとアルフレドの言葉を思い返しながらきいた。
けれど、俺達が知るのはここまでだ。
ごくりとつばを飲み込み、リウルの目を覗き込むようにじいっと続きを待つ。
リウルは嫌なものでも思い出すかのように眉間にぎゅっと皺をよせ、さっきよりも強い、早い口調で話を続けた。
「リルドと神獣はその後も一族を増やしながら、ずっと幸せに暮らしていた。
けれどそんなある日、人間は戦争をはじめた。戦火に私達一族の森は巻き込まれ、森は焼かれ、人間がたくさん森に入ってきた。
そこで長いときを経てなお、まだ生きていたリルドは村人達の末裔に恐れられ、悪魔だと言われ殺された。
それに怒りを示した神獣が人間達を襲ったのだけれど、戦う事を今まで知らなかった神獣は人間に捕まり、奪われてしまったの」
そこまで訊いたところでリウルは怒りに喉を詰まらせた。
目は殺意で燃え、身体はわなわなと震えている。
よく周りに注意を配ってみると、周りのリルドたちも恐ろしい目をしていた。
「神獣は私達にとって大切な方。そのあと多くの仲間を殺され、連れ去られた私たちはこの森に逃げ、戦う訓練をした。強くなった私たちはこうして今、戦っている」
リウルが話し終えると、しばらく重苦しい沈黙によって俺は何も言えなくなった。
この事実を、早くアルフレドに伝えなければならない。
もしかすると神獣がどこにいるのかさえわかればこの争いを手っ取早くとめられるかもしれないんだ。
そう思うが、この場所でアルフレドと連絡をとることはもちろんできないし、まだ訊きだせる情報があるかもしれない。
リオは無理やりに沈黙を破るようにそっとリウルに問いかけた。
「その話、覚えておく。人間に復讐する仕事が俺にもできるように他にも色々教えてくれ」
リオが言うと、満足したかのように少し周りの空気が緩む。
横でレイナが「わかってるじゃない」と俺に笑いかけた。
けれど、リウルは特に嬉しそうな顔もせずに静かに頷いただけだ。
どこか、何かがほかのリルドと違う気がしたがリウルが話し始めたので考えるのは中断した。
「・・わかった。まずここの一族の決まり。
ここには私達みたいに戦いに出かける”剣”と、治療なんかの力を優先してここを守る”治癒”という仕事がある。どれかに入らなくてはいけないけど・・・たぶんリオは、剣。」
俺はそれをきいてぞっとした。
剣ということは、戦いに出かけなければいけないということだ。
人間を殺すなんて、できるわけがない。俺にとっては同属殺しになる。
俺はできるだけその表情を押し殺し、頷いた。
リウルは無表情のまま立ち上がると、ぽんとスカートをはたいた。
「話は終わり。あとはそのうちわかっていく。リオはしばらく何もしなくていいからここに慣れて」
話は、終わりらしい。
目ぼしい情報はこれ以上増えなかったし、弱点もわからないままだが俺は頷き同じように立ち上がった。
それを合図に周りのリルドたちも解散し始めた。
いつの間にか森はひっそりと闇に覆われ始めている。
森の中って、夜は不気味なんだな・・・。
リオはそっと身震いしながらそう思った。
闇の中から、あの木陰の中から何かが覗いてきそうなそんな恐怖だ。
いつもの研究室のベッドではないんだ。
そう思うとなんだか少し、複雑な気持ちになった。
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