人造少年
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体中がずきずきと酷く痛んで、目の前に映る景色はひどくぼんやりとしていた。
一瞬、自分に何が起こり、何をされていたのだろうと考えるのに少し時間が要った。しかし、それもすぐいつもの様に思い出すことが出来た。
「今日はこれで終わりだ。部屋に戻って良いぞ。」
そんな、無機質な声にリオはハッと我に返って現状を理解する。
目の前には見慣れた茶髪の、利口そうな顔をした男が立っていた。
俺はゆっくりと身体を起こす。
体中の骨が悲鳴をあげるように軋み、俺はぐっと顔をしかめた。
目の前に居り、俺にいつもある実験を検証しているこの男は、アルフレド・スレッテゴートという。
研究者であり、俺の拾い親とも言える存在だ。
身寄りのない俺を引き取り、ここに住まわせてくれるいい奴だという認識だけはある。
アルフレドは俺の他にもたくさんそうした子供や動物をここに住まわせてくれており、同意を得た者のみにこの実験を行っているのだ。
失敗すれば死にも値するダメージを負う、リスクの高い実験だがこれに成功するとアルフレドはとても助かるのだと言う。
俺もその一人だった。
今、世界ではある一族が反乱を起こして人間を襲っていた。
銀目にツートンカラーの髪をもち、人と姿かたちがそっくりな奴ら。けれどそいつらは人間ではない。
獣のような腕と、おそろしく鋭いかぎ爪と運動能力、おまけに人間には到底仕えないような魔法のようなものまで持っているのだ。
その昔、やつらの祖先は神獣と血をまじえたらしい。
その末裔である奴ら一族の名前は、リルドという。
なんの目的あってか、奴らは俺たちを襲い、殺すのだそうだ。
…俺はこの研究所から出たことがないので、よくわからないのだが。
一人一人が恐ろしく強く、また攻撃しても死なず、おまけにやつらは恐ろしいまでに神出鬼没で必ずと言っていいほど虚をついてくる。
そのため、人間は到底太刀打ちできなかった。
秘密を探る偵察部隊などは、リルドの森に出かけていったきり、一度も帰ってきたことがない。
人々が抵抗できない理由はもちろん、リルド一族の現れるタイミングや弱点がわからないため。
そこである実験が行われ始めた。
…それが今、俺が受けている実験だ。
俺はベッドから立ち上がりながら、研究室内で与えられた自分の部屋に向かう。
アルフレドは親切に俺たち一人一人に部屋を与えてくれる。
廊下を歩いていくと、横の部屋が少し空いていて、青白い光がもれていた。
いつものように中をのぞくと、やはりいつも通り一人の人物が特殊な水の中で浮いていた。
美しい銀色に、黒色のがまざった髪。獣を連想させるおおきな爪のある腕。
捕まえられたときに負ったのであろう右目と右肩の傷はいまだに痛々しいままだ。
-…彼女は、昔生け捕りに成功したリルドだ。
今ここで行われている実験は、彼女の細胞を、情報を人間に少しずつ入れていくというもの。
人間をリルドに変える-・・・いうならば、リルドを人工的に造りだす実験だ。
しかしその成功率は恐ろしく低く、大体の人間はリルドの細胞を受け付けず、死んでしまう。
今のところ、俺は唯一成功している人間だった。
成功と言うよりはただ、まだ身体に変化はなくてただ死なずにいるということだけだが。
俺は考えるのをやめて自分の部屋に行くと、布団にくるまった。
そして、俺はそのまま目をつむりしばらくまどろむと眠りについた。
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--ズキン。
頭が、痛む。その微かな痛みに俺は目をそっと醒ました。
痛みでかすむ目を開けると、そこは薄い水平線がどこまでも広がる海岸のような場所だった。
きらきらと水が反射し合い、跳ね返るそこに、一人の女の人が立っている。
「…っ、あんた…」
その姿は毎日目にする、見慣れたもの。見慣れたその姿は、あの捕らわれているリルドだ。美しい長い髪が揺れて、ふわりと舞い上がった。
いつも見る痛々しい右目と右肩の傷はなく、澄み切った銀色の二対の目がこちらを見つめている。
その銀色の瞳を、彼女は揺らした。水の光が跳ね返って、一瞬涙で濡れたようにその瞳が輝く。
そして、声なく何かを言った。俺は聞き取れずに首をかしげる。
すると彼女は俺のほうに手を伸ばし、その獣のような腕で俺に触れた。
生温かい、生き物のぬくもりがじんわりと伝わる熱さと獣の腕の、鈍く輝く爪への恐怖でじっとりと汗をかく。
彼女はそして、もう一度いった。
「--たす、けて・・・あげて・・・・」
今度ははっきりと聞き取ることができた。けれどその直後揺れる、銀色の瞳が歪んだ。
それと同時に俺が聞き返す間もなくその世界がすごい勢いで回転すると、俺の中に何かがすごい勢いで流れ込んで、息が出来ないよな感覚とともにその世界が爆発した。
途端に夢の世界は消え、気がつくとそこは自分のベッドだった。
夢は消えたが、その爆発したような苦しさは続いていた。腕と目がずきずきと痛み、俺はのた打ち回る。
「ああああぁ・・・・!」
結局、ばたばたと周りに誰か駆けつける音と、声が聞こえたが俺はあまりの痛みに気絶してしまった。