とある長官の耳飾り2
「ふふ~ふん~♪」
ダンッ!ガッ!ゴキッ!!
兄様に貸してもらったイアリングをちょっと揺らしながら鼻歌交じりに野菜に包丁を入れていく。
バキッ!メキッ!!
うん!今日はずいぶん調子がいい気がする。今晩も頑張って明日の兄様と父様のお弁当を作ります。母様と交代交代で作ってるのですよ。
グチャ……!
「今回のメニューは鳥そぼろおにぎりとスティックサラダだよ~♪」
兄様は喜ぶかな?喜んでくれるよね。前のサンドイッチも喜んでくれたし。
「あとは~鳥そぼろ~っと」
そうしてキッチンの片隅にある1つ棚の所に行くと……
「ちっ、久しぶりにソラの家に来たと言うのに外でも中でもやること同じかあいつは!くっついてくるのはまだいいとしても、よくもまぁあんなくっそ恥ずかしいセリフをつらつらと。しかも何じゃあのおっそろしい道具は。引くぞ、さすがの儂もドン引くぞ。あいつの趣味じゃないよな?違うよな?じゃがしかし――」
「何やってるのです?猫さん?」
「にゃっ!?ソラ妹!」
「ファイだよ」
棚と壁の僅かな隙間に猫さんが挟まってた。と言うより自分から狭い隙間に隠れてたのですかね?一体何から隠れていたと言うのでしょうか?この家に猫さんが逃げたり隠れたりするものなんて無いはずなのに。
「あぁ、お主か。すまんが静かにしててくれぬか?ちょっっとやっかいな事になる前にの」
「?……了解です」
猫さんに言われた通り小さな声で猫さんが入ってる隙間の前にしゃがみながらお話しする事にした。
やっかいな事って何だろう?
「あっ、そうだ猫さん!見て見て!綺麗だよ、お姉さんだよ!!」
「……?どれをじゃ?」
む、気づかないとは……兄様もしかして愛されてないんじゃないか?
なんかいつも怒られてるし、愛情が足りないんじゃ?倍増した方がいいですよ。10割増しです。
「これ、耳ですよ!」
「……いや、お主の髪で全く見えんのじゃが」
「……」
ごめんなさい兄様。どうやら兄様愛されてない疑惑は根も葉もない言いがかりのようだったです。今日たまたま下ろしていた私の髪で見えないだけでしたか……
仕方ないので自分の髪をかきあげて耳に付いた兄様のイアリングが猫さんに見えるようにした。
「なんじゃ、ソラの耳飾りじゃの。お主譲り受けたのか?」
「借りたの!」
「そうか、よう似合っとるの」
「……それは多分私より兄様が付けてる時に言ってあげた方が喜ぶと思う」
「はぁっあ!?な、お主!んなもん言う訳ないじゃろう!!」
「しー……」
私は人差し指を口の前で立てて真っ赤の顔をして大きな声を出した猫さんに静かにするように言う。
猫さんはそれに気づくと一度軽く咳をして自分を落ち着かせました。
「と、とにかく。儂は言わん、言える訳ないじゃろうそんな事」
「えー……」
「そもそもあのイヤリングとソラが同じような色をしとったから始めなど気づかんくらい一体化しとったし!気づいてからはなんとなくそんな話しをふったじゃけで別にそこまで何かあった訳では……」
「ふーん、そーなんだ」
「――!!!?」
私の隣にはいつの間にか兄様が立っていた。
さっき、お昼にイヤリングをくれた時と変わらない笑顔で猫さんを見つめてるけど、なんとなく今の兄様からは怒った雰囲気が出てる。
「まさかネリがそんな事を思ってたなんて知らなかったな」
「いや。ソ、ソラ…違うんじゃ、そう言う事ではなく……その……」
猫さんの必死の言い訳を聞きながら兄様はもう一度にっこりと笑った。
その笑顔に猫さんの表情はだんだん固くなっていく。
そして兄様は猫さんの目の前まで来て顔を近付けると一言猫さんに告げる。
「お仕置きだね♪」
「にゃあぁっ!?」
兄様のその言葉と同時に突然猫さんが兄様に抱え上げられた。
あたかも普通に抱っこしてるだけみたいに見えるけど、さすが兄様!あれはさりげなく猫さんの両手両足を拘束してる持ち方だよね!
「さぁネリ、俺の部屋で謝罪と反省の誠意を見せてもらおうかな」
「お、お主の部屋…じゃと……一体何を……」
「えっ…そ、そんな、ファイの前でなんて言えないよ……」
「お主本当に何する気じゃ!?そして何故顔を赤らめた!」
ばたばたと兄様の腕の中から抜け出そうとする猫さんは見ているとなんだか遊んでいる子供みたいでとっても可愛らしい。
しかも兄様、超笑顔。
「とりあえずネリが帰る夜までネリの唇を塞ぎ続けてあげる」
「まてまてまて!?それはとりあえずの範囲で収まる内容じゃないじゃろう!そして謝罪させる気無いよな!」
うん、主に兄様が口を塞いじゃってる辺り絶対に猫さんに謝らせて許す気無いですね。
てか、何で塞ぐの?
「大丈夫、ちゃんと廃墟まで送るし明日も迎えに行くから」
「違うんじゃ!問題はそこじゃないぃいいい!!」
そんな話しをしながらいなくなった猫さん達に私はひらひらと手を振ると、一度静かになった台所を見渡してからお弁当作りを再開する。
あぁ、やっぱり猫さんがいるとお家がいつも以上に明るくなる気がします。
※
「レイ、ちゃんと見たー?」
「……もう何十回も見たよ」
「本読んでるじゃん」
「読んでるよ」
「…………むー」
レイの素っ気ない態度に少し頬を膨らませながら怒ってみせる。
昨日兄様につけてもらったイヤリングを見せたくて、今日のお昼から大急ぎでレイの所まで来たはいいけど……ずっと本を読んでるレイに、全く相手にされてない。これじゃあ来た意味がないじゃん。
「今日は何読んでるの?」
「この国のお金と物資の流れについて、だから経済学かなぁ」
「……絵もないどころか物語でもない本なんて面白い?」
「この手の本は面白いかどうかじゃないよ……」
そう言ってレイは少し苦笑いをしてやっと私の方を見たかと思ったらまた本に集中しだした。
最近、レイは少し変わった……気がする。
前は四六時中一緒にいて剣の稽古に没頭していたのに今はあまり付き合ってくれない。ようやくレイに勝てるようになって来てたのに最近はずっと今日みたいに本を読んで勉強ばかりするようになった。
それのせいか視力も下がっちゃったみたいで今のレイは眼鏡を掛けてる。
(絶対前の方がいいのに……)
そう思いながらも私はじっと本を読み続けているレイの横顔を見つめる。
(…………暇……)
うん、とりあえず私は剣術の練習でもしようかな。それとも……
私はレイの部屋の全体を見渡す、当然たくさん本がレイの部屋の壁と言う壁を覆い尽くしてる。
この部屋もちょっと前まではこんなに溢れかえる程本は並べられてなかった。
そして、こんなレイの部屋を見ていたらなんとなく今日やりたい事が浮かんできた。
「レイ!」
「わぁあ!ちょっ、ファイ!」
私はレイの両手からバサッと本を取り上げるとそれを取り返そうと伸ばされたレイの腕を掴みながら言った。
「お出かけしに行こう!」
「お出かけ……?」
乱れたメガネを一旦元に戻すと不思議そうに首を曲げて聞き返す。
さぁて、どこに行こうかなぁーどこがいいかなぁー?この間兄様と言った河原はどうかな、水切りしたの楽しかったし。
「ちょっとファイ、なんで行くことが決定してるの?」
「え、行かないの?」
「そもそも僕の話し聞いてた?」
「聞いてたけど聞かない!」
「……」
そしてしばらくするとレイは少しだけため息をつきながら手を置いたかと思うと座っていたその場所から立ち上がった
「分かった。行くよ、お出かけ」
その言葉を聞いた瞬間すっごく嬉しくなってにっこり笑い続けた。
レイはいつもどんなに嫌そうでも、どんなに小言を言ってても私と一緒に付いてきてくれる。それがいつもすっごく嬉しい。
「うん、行こうレイ!お出かけ!一緒にね!」
きっと素敵な1日になるはずだから。