兵士の国の騎士
ある兵士の国のお話です。
何の取り柄も無い兵士の運命は如何に。
昔、むかしあるところに 水と共に生きる国があった。
その国には、象徴的なものは特に見当たらなかった。
唯一、その国が誇れるものと言えば、国を守り、民を守る兵士団である。
そして、その兵士団の中でも特に秀でている者の事を騎士と呼んでいる。
といっても、それは幾分昔のことで、今時の兵士団の中には騎士はいない。
真新しい騎士の話など、今からもう二十も前の年の事である。
その、真新しかった騎士も戦により朽ち、
今は国の守りとして祀って在るに過ぎない。
二十の年月を過ぎたとしてもこの兵士団の中から、
騎士が生まれる事こそ、珍しいことなのである。
などと、兵士の男が胸の中で巡っている考えに熱を帯びていた時。
急に水の音が強くなっていた。
どうやら考えに熱を上ているうちに朝を越え昼になってしまったようだ。
なんとも間抜けだと思いつつも、
昼になったのだからと食するものを探そうとしていた直後
リーン リーン と
珍しく国の中心にある、大きな鐘の音が鳴り響いた。
あそこの鐘はもう二十の年月も鳴っていないものと聞くが
どうしたものだろうか。
ふと、気付くと鐘の音に釣られ、部屋の外に出て来てしまっていたが、仕方が無い。
兵士の男が大きな鐘の元へ辿り着くと、鐘は静かに光を帯びた。
兵士の男はこのように鐘が光を帯びるところなど見たことがなかった。
胸の内にあるであろう意思に従い、スッと鐘を見ていると
その刹那、国中の家という家の窓から拍手と共に喜びの声援が聞えてきたのだ。
兵士の男は何が起こっているのかさえ解らなかったが、
直ぐに領主の声が聞えてきた。
.騎士の誕生だ、騎士が我が国へ降りてきた! と。
兵士の男は苦い顔をするしかなかった。
確かに男は兵士だが、何か特別なことが出来るわけではない。
ましてや、戦の訓練や剣の稽古よりも、
食することの出来る品を作るほうがとても有意義で楽しいと思う人間なのだ。
そんな兵士の男の考えをよそに、兵士の男は騎士になった。
それからというもの、戦の訓練の量は増し、楽しみである食物を作る時間すら無い。
国の人間からは崇められ、来る日もくる日も、訓練の毎日。
たまの休みも国に居ては皆の監視の目が向けられる。
そんな中、唯一、心身ともに、落ち着かすことが出来る場所が在るとするならば
夕を越え、夜になり。ようやく、忍んでいける森である。
その森は、国を抜け平地を歩いた先にあるところで、
騎士が生まれる幾臆も前から在ると言われる森で、
中々気持ちのいい空気を味わうことができるのだ。
そんなことを考えながら、
夜の空気を感じながら森へ向かうために歩を進める。
森へ辿り着いた騎士は、近くにあった木の上に上り、静かに横になって星を眺めていた。
空に在る星々を眺めながら、騎士は自身に問いをかける。
.いつまで、このような安らぎの無い、生き方に身を置かねばならないのか。と
騎士の考えていることは人としては当然というべき胸の内である。
今は穏やかな国も、なにかの火種と共に戦への路を進んでしまうとも限らないのだ。
もうどれほど時が経ったのだろうか。
どうやら眠っていたようだ…
いつの間にか森の空気が、寒々しく、
草木が感銘を受けてしまうほどにさわさわと音を立てているではないか。
日の光が国を照らす前に戻らなければ、また騒ぎが起きてしまうなと思っていると
ガサガサ…ガサガサと
目線の方向から、生き物がコチラへ向かってくる音がする。
騎士は、見つかる前に森から去ろうと思い立ち、木を降りた
その直後、騎士の肩にズシリと重い感覚が在った。
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何が起こって何を見たのかは解らない。
唯、もう此処へ訪れることは無いのだろうという
不明確な意思のみが騎士の頭と身体を巡っていた。
森から国へ戻った後、騎士は直ぐに領主から命令を受けた。
哀れむことも気にかけることもせず、幾百、幾千の人を剣で屠り相手を陥れた。
アレからどれ位の月日が経っただろう。
あの時、森から戻ってきて、直ぐ兵士達と共に戦地へ赴くことになった。
久しぶりの我が国へ戻ると真っ先に、鐘の元へ向かい、祈りと暦を確かめる。
時間と人を使いはしたが、我らが勝利できたことに感謝した。
兵士達は言う .一度、血に染まった剣は、平穏へ戻ることは出来ないと。
だが、騎士は諦めはしなかった。
平穏こそが人の幸せで在り、
血に染まった身体や心を川の水と同じように、浄化させてくれると信じていた。
二日間の休養命令が出た騎士は、密かに愛剣を加工した包丁と酒を持って
こっそりと森へ行き、赤々とした果物や青々とした野草、
川で取れた魚などを使い、久々に食物を自分の手で作り上げる。
なんと心が安らぐ時間なのだろうか。
出来上がった品と持ち込んだ酒がとても美味いと思えた。
その後、森の空気と川の水を十分に堪能した騎士は帰路へ足を運んだ。
森から国に戻って直ぐ、兵士達がなにやら集って噂話をしていた。
なんでも、次の年の今日、
森を抜けた先にある王国から領主の妃になる者がやってくるらしいとの事。
その話自体、あまり気を引かない出来事だと思ったのだが、
その後の話には耳を疑いそうになってしまった。
領主に嫁ぐ女はなんと齢十四の娘だという。
年の長い兵士が言うには、それが古くからの決まりなのだそうだ。
騎士には、関係の無い話であったにも関わらず、話を聞いていると、
ズキズキと頭が痛くなるのであった。
どうしたものかと思いながらも、
騎士は疑問に思っていたことを年の長い兵士へ尋ねた。
.万が一、嫁ぎに来なければどうなる。と
その尋ねに対し、年の長い兵士は笑いながらこういったのだ。
.病か何か大事になる理由でなければ、領主はカンカンとお怒りになるやもしれん
まぁそんな話は聞いたことがないので有り得はせんだろうよ。と
その言葉を聞いた騎士はなんとも能天気なものだ。
と思いながら兵士達の場から立ち去った。
次の日の朝、いつの間やら寝ていたのだろうと思いながらも、
外がなにやら騒がしいので窓越しに覗いてみると、
黒い布を纏った何かが騎士の方を見ていた。
その刹那、部屋の窓ガラスは割れ、騎士は外に吹き飛ばされてしまった。
何事かと思い顔を上げると、そこには。
黒い布を纏い剣のようなものを持っていた男の姿が確認できた。
なんなのだ。この状況は、あんな黒い布の男など知る善しも無い。
焦りと状況が解らない中、ふとある事に気付く。
左目が見えなくなっている事に。
これが日常の空気の中ならばどれほど慌てることだろうか。
今の騎士は、慣れ親しんだ 死という空気の中にあり。
だからこそ、狂い泣き叫ぶことも無く、段々と落ち着いて来ている。
黒い布の男は何かを呟いているが完全には聞き取れない。
. ———は———る。世———は————を———た。
なんと言っているか聞き取れないまま、騎士の意識は遠退いていく。
目の前に居た男は消えている。
しばらくの間放心の身でいると、大勢の兵士達と共に領主がコチラに向かってきていた。
騎士の傍にきた領主が一言。
.片目を失った騎士を此処に置く事は出来ない。
その言葉を受けた刹那、騎士は意味を理解した。
この言葉は私を国から追放するということなのだ。と
領主はその言葉を騎士に放って直ぐ、館へ戻ってしまった。
騎士のみを案じる兵士達は荷造りだけではなく、
膨大過ぎるほどの路銀を騎士へ持たせた。銀貨や金貨が数え切れぬ程有った。
国を出る前に兵士から、その中の大半は領主が出したということを聞かされた。
そして国を出た騎士は森に一礼し、歩き出した。
森を進む騎士の足取りは軽く、行くべきところも検討はついてあるようだった。
目指すところは長い長い川の路を沿ったところにある町で、
その町は穏やかで、住んでいる住人も面白いと聞くし、
なんといっても良い酒も、いい魚もあるというし、
そこで店でも開こうかと考えていたりする。
どんな店がいいのだろう、どんな出会いが在るのだろう。と
後先のことに考えを膨らませながら騎士は歩を進めていく。
ふと、澄んだ風が背に向かって吹いてくるのを感じた。
それはまるで森の木々たちが声援を送ってくれているようだと騎士は感じたのであった。
兵士の国の騎士を読んで頂きありがとうございます。
読みにくい文章ではあったかと思いますが、
これからも精進して行きますので宜しくお願い致します