夜
―――夜。昼間この部屋を満たしていた灼熱の太陽光は勢力を失くし、その代わりに月の光が自分の部屋がを満たす。しかし、日中の太陽光線は暑さという土産を残して去ったため、太陽光を浴びないこの時間でも、部屋の温度は30度を下回らない。それなのに、生憎のこの部屋にエアコンなるものは設置されていない。
そもそも、俺の部屋はもともと物置きとして使用されていた部屋をちょっと改造して、俺の部屋として充ててもらったのだが、その時、エアコンをつけるかどうかという談義は全くされなかった。俺の親は、基本面倒事が嫌いなのだ。
俺がエアコンをつけてくれと直談判にいったところで、エアコンの空気は体に良くないから、という理由で却下されるのは目に見えている。
だから、この部屋には一台の首振り機能付き扇風機しか涼む機械がない。
そんな蒸し暑い部屋の中、太陽の如く眩しい笑顔を見せるチーはというと、既に眠っている。しかも、俺のベッドの上で気持ちよさそうに寝息を立てながら。自分はというと、やはりベッドの中にいる。しかし、眠気は一向に襲って来ない。
つまり、俺とチーは一つ屋根の下、一緒に眠ることになった。眠気が襲って来ないのは当然のことだ。
「なんでこうなったんだろうな」
と呟いたところで、返事は無い。いくら特殊能力を持つ幽霊といえども、熟睡していればその力は使えない。
俺は、チーが家に上がることは許したが、家で寝るという事に関しては別問題だと思っていた。しかし、チーの理解はそうではなかったようだ。
昼間、俺と隣町に居た時のチーは、何もかもが新鮮なようで、道行くものすべてに対して関心を抱いていた。ずっと俺を見守っていた(監視していた)時に何回も訪れているはずなのに、ものすごいはしゃぎっぷりだった。誰かと話すことが出来るという新鮮味が、チーをより活発にしたのだろう。
チーは規則的なリズムでもって寝息を立てている。朝、突然俺の前に現れた幽霊。しかしその正体は、俺が三才か四才の時に亡くなってしまった友達だった。俺が小さい頃、神谷千裕と遊んだ時の記憶は薄い。それなのに、チーは俺の名前をしっかりと憶えていてくれた。
幽霊としてこの世に転生してから十二年と言っていた。十二年の間、ずっと一人で、誰とも話すことなく毎日を過ごしていたということを考えると、急に可哀想だという感情が湧き上がる。
俺は、本当の人間として、毎日のように学校へ通い、友達と遊んでいる。でも、チーにはそれが出来なかった。チーからは見えても、人間からは認識されない。チーにとっては、地球全体が完全な孤独空間。それは寂しすぎる。俺だったら、耐えられない。いっそ成仏させてもらった方が、楽になれるのではないだろうか。
そんなことを考えて、寝返りをうち、眠るチーの顔を見る。幸せそうな顔の裏には、計り知れない悲しい一面があるのだろう。
もしかしたら、チーがこの世に転生した理由は、俺を教育するためではないのかもしれない。目的を忘れていたというのは嘘で、本当は、まだその理由を言えないからではないか。
そんなことを考えながらも、夜は更けていく。明日から俺は旅に出て、どう変わっていくのだろうか。そもそも、どこへと出かけるのか。そのことについては、チーは全く教えてくれていない。
淡い期待と、それに反する一抹の不安を抱きつつ、ゆっくりと目を閉じる。意外にも眠気はすぐに訪れて、俺はその眠気に精神を預け、意識はフェードアウトしていった。