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旅に出てみた。  作者: 音樹える
幽霊少女
2/7

街中

隣町に着いてから、俺たちはとりあえず最寄のファミレスへ入った。まだ昼と呼ぶには随分と早い時間だったが、朝から驚きの連続だったということもあって、俺の腹の虫はすでに活発に活動していた。


―幽霊も、腹が空くことはあるのか?

「それは無いかなぁ。それに、お腹が空いても食べるものが無いもん」

―それはそうか。でも、なんか変な感じだよな。

「もう十二年もこうだから、さすがにチーは慣れたかなぁ」

 栄養を取らなくても活動出来るなんて、羨ましい。でも、その活動する原動力はどこから来ているのか。そんな事考えたって、人間の俺には到底分からない。きっと、幽霊本人も分かっていないだろう。


『いらっしゃいませー!』

 店舗に入る。テンプレートの、店員の挨拶が聞こえた。

「一名様でよろしいですか?」

 店員の一人が、これまた指南通りの案内をしてくる。

「すいません、二人です。後でもう一人来ますから」

「かしこまりました。禁煙席と喫煙席ありますが、どちらに致しますか?」

「禁煙席で」

「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ」

 そう言って、店員は俺を席へと導いた。


「何で二人って言ったの?誰も来ないよね?」

―まあ、それはそうなんだけどな。そうすると、チーが座る場所が無くなるだろ?

 チーが隣に立ったまま、自分だけ座って食事をするなんて、正直嫌だ。普通、一人と言って案内されてもテーブル席だし、最低二つの席はある。だが、そのテーブルの椅子を一個、別の客の為に取りに来るかもしれない。だから、席を取るのはタダだし、念を押して二人分の席を取った。その事自体は、ここに着く前に考えていたこと。

「優しいね、ヤスくん」

―当然だろ。っていうか、そうじゃないと俺が落ち着いて昼を食べられない。


 人間って、そういうものだろ?何かと平等じゃないと、物事が落ち着いて行えない。本当は、誰もが平等を望んでいるのだ。

 世界中、もっと平等で平和な場所になればなぁ……。ちょっと話が外れた。

 そんなことを考えつつ、メニューを開く。この際、腹に入れば何でももいいんだが……。

「ミートドリアにしようよ!」

 メニューを覗き込んできたチーが言う。

―何で?

「定番メニューだからだよー。このメニューを頼んでおけば、失敗は無いんだよ?」

―定番メニューって、あんまり好きじゃないんだよなー……。

 そう言って、もう一度メニューを眺める。よし、決めた。

 テーブルに置いてあるボタンを押すと、表示板には16という文字が表示された。16番テーブルだったのか、ここ。別にどこでもいいけど。


「ご注文をお伺いします」

「ドリンクバーと、イカ墨のパスタで。あ、サラダもつけて下さい」

「かしこまりました。ご注文を確認させて頂きます。ドリンクバーお一つ、イカ墨のパスタをお一つ、サラダがお一つ。ご注文は以上でよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。ドリンクバーは、カウンター横に御座います。ご自由にお使いください」

 そう言って、厨房へと戻っていった。


「どうしてイカ墨パスタなの?ミートドリアって言ったのにー……」

―冒険してみた。食べたこと無いから、どういうものかと思って。

「ただの真っ黒いパスタだよー。海鮮系が全部駄目なヤスくんが、果たして食べられるかどうかは分からないけどね」

―それは俺も考えたよ。でも、イカ墨だから大丈夫だと思った。

 俺は、もともと海鮮系の食材が大嫌いだ。アレルギーじゃない。食わず嫌いだとよく言われるが、何回もチャレンジしたさ。でも、食べられなかった。

 小さい頃に、親から〆鯖を食べさせてもらって、あたった。その時の腹の痛みは、今でも鮮明に記憶として残っている。

「〆鯖にあたっただけで、海鮮系全部駄目になるものかなぁ……」

―意識の問題なんだろうがな。ちょうどいい機会だし、チャレンジしてみるよ。

 そう言って、チャレンジしてみたのだが―――



―やっぱり駄目だ……。

 海鮮系食材特有の、あの生臭さ。それを感じるだけで、記憶がフラッシュバックして、気持ち悪くなってくる。

「だからミートドリアにしとけばよかったのにー」

―まあ、頼んでしまったものは仕方ない。嫌でも残さず食べるさ。勿体ないし。

「偉い!偉いよ、ヤスくん」

 チーが、俺の頭をわしゃわしゃしてくる。なんだろう、ちょっと嬉しい。でもその反面、若干子ども扱いされてるな、ということも考えた。


 皿に盛りつけられた真っ黒なパスタ。見るからに食欲を削ぐが、ここで残してしまったら作ってくれた人達に申し訳ない。そう思って、無理矢理腹に押し込んだ。



―あー……。疲れた。

 結局、パスタを完食するのに三十分もの時間を要してしまった。口の中には、まだ特有の臭みが残る。ドリンクバーを注文しておいて、本当によかったと思う。パスタ一皿に対して、ウーロン茶を五杯。飲み過ぎて、歩くたびに腹から水音がする。もう、あんなパスタ一生食べない。

「おいしそうだったのになぁ……。イカ墨パスタ」

 と、羨ましそうにチーは言うけど、正直あんなもの人間の食べるものじゃないと思う。


―とりあえず、移動するか?

「うん!」

腹もそこそこ溜まった。時間はまだたっぷりある。俺はいつもの暇つぶしルートを歩き始めた。


 

俺がとりあえず行ったのは、駅から最寄りのゲーセン。暇になれば俺はここに来て、適当に時間を潰す。

 チーがここに来るのは初めてではないから、別段驚いている様子も無かった。ゲーム機の配置も完全に頭に入っているし、俺がいつもプレイしているゲームに関しては、チーの方が上手いんじゃないかと思うくらい詳しかった。


―なんだかチーの方が上手く出来そうだよな……。

「そんなことないよー。指示するのは得意だけど、実際にやったらきっとヤスくんの方が上手いよ」

 そこは経験の差、ということか。


「ねー、ヤスくん」

―ん?

「明日から旅に行くでしょ?だから敢えて今日、新しいゲームに挑戦してみるのはどう?」

―なんでまた……。

「こういう時こそ、でしょ?」

―そんなもんか?

「そんなもんなのー」

 そう言うなり、チーはゲーセンの奥へと入っていく。どこへ連れて行く気なのやら……。


―……これって、ゲーム?まあ、ゲーセンには付き物だけど。

 チーが進んで行った先にあったもの、それはプリクラ。小さい頃はスーパーの入り口なんかに置いてあって、良く撮ったりしたものだが、最近は無くなってしまった。ゲーセンなんかでは、基本的に恋人同士でしか撮れないという条件が付く。そんな制約の中でも、男子だけで撮ってみたり、友達同士で撮ってみたりということはある。

 ―もしかして、撮るのか?

 恐る恐る聞いてみる。すると、チーは何も言わず、満面の笑顔。つまり、そういうことだ。

今回の場合、撮る相手は幽霊だぞ?自分には見えているけど、相手には見えていない。だから、撮った時に写るのかどうか、とても怪しい。というか、写らない可能性の方が高いのではないか。

 そんなことを思っていたら、チーは俺の手を引き、プリクラ機の中へ引きずり込んだ。

―冗談だろ?

「チーと撮るの、嫌?」

 と、泣きそうな声で尋ねてくる。俺はそれに逆らう術を知らなくて。

―いや、別に嫌じゃないけどさ……。

 こう言ってしまうのだった。


「じゃあ撮ろうよ!」

―って、お金は俺持ちか。

「うん!」


 まあ、いいか。どうせ、あと三ヶ月位はこの場所に来る事は無い。どうせなら記念に撮ってやろう。

 そう思った俺は、黙って100円硬貨を二枚投下するのだった。



「ふふふ……」

―何だよ、気持ち悪い。

「だってー、本当に綺麗に撮れてるんだもん」

―まあ、最近のプリクラの技術はすごいからなぁ。

 結果として、チーはプリクラに写った。どうしてかは分からないが、写ったのだ。それも、溢れんばかりの笑顔でもって。

「綺麗に写るんだねー」

 チーは嬉しそうに出来上がったプリクラを見つめている。これだけの笑顔を見せてくれたから、200円の投資なんて安いもんか、と思った。



 この後、いろいろ回ろうと計画していたのに、結局この場所だけで一日を過ごしてしまった。やったことのない色々なゲームに挑戦して、かなり楽しめた。これも、チーが居たからか。

 天高く昇っていた太陽は、いつの間にか山肌へと消えかかっていて、いよいよ明日か、と旅への期待を煽った。

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