街中
隣町に着いてから、俺たちはとりあえず最寄のファミレスへ入った。まだ昼と呼ぶには随分と早い時間だったが、朝から驚きの連続だったということもあって、俺の腹の虫はすでに活発に活動していた。
―幽霊も、腹が空くことはあるのか?
「それは無いかなぁ。それに、お腹が空いても食べるものが無いもん」
―それはそうか。でも、なんか変な感じだよな。
「もう十二年もこうだから、さすがにチーは慣れたかなぁ」
栄養を取らなくても活動出来るなんて、羨ましい。でも、その活動する原動力はどこから来ているのか。そんな事考えたって、人間の俺には到底分からない。きっと、幽霊本人も分かっていないだろう。
『いらっしゃいませー!』
店舗に入る。テンプレートの、店員の挨拶が聞こえた。
「一名様でよろしいですか?」
店員の一人が、これまた指南通りの案内をしてくる。
「すいません、二人です。後でもう一人来ますから」
「かしこまりました。禁煙席と喫煙席ありますが、どちらに致しますか?」
「禁煙席で」
「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ」
そう言って、店員は俺を席へと導いた。
「何で二人って言ったの?誰も来ないよね?」
―まあ、それはそうなんだけどな。そうすると、チーが座る場所が無くなるだろ?
チーが隣に立ったまま、自分だけ座って食事をするなんて、正直嫌だ。普通、一人と言って案内されてもテーブル席だし、最低二つの席はある。だが、そのテーブルの椅子を一個、別の客の為に取りに来るかもしれない。だから、席を取るのはタダだし、念を押して二人分の席を取った。その事自体は、ここに着く前に考えていたこと。
「優しいね、ヤスくん」
―当然だろ。っていうか、そうじゃないと俺が落ち着いて昼を食べられない。
人間って、そういうものだろ?何かと平等じゃないと、物事が落ち着いて行えない。本当は、誰もが平等を望んでいるのだ。
世界中、もっと平等で平和な場所になればなぁ……。ちょっと話が外れた。
そんなことを考えつつ、メニューを開く。この際、腹に入れば何でももいいんだが……。
「ミートドリアにしようよ!」
メニューを覗き込んできたチーが言う。
―何で?
「定番メニューだからだよー。このメニューを頼んでおけば、失敗は無いんだよ?」
―定番メニューって、あんまり好きじゃないんだよなー……。
そう言って、もう一度メニューを眺める。よし、決めた。
テーブルに置いてあるボタンを押すと、表示板には16という文字が表示された。16番テーブルだったのか、ここ。別にどこでもいいけど。
「ご注文をお伺いします」
「ドリンクバーと、イカ墨のパスタで。あ、サラダもつけて下さい」
「かしこまりました。ご注文を確認させて頂きます。ドリンクバーお一つ、イカ墨のパスタをお一つ、サラダがお一つ。ご注文は以上でよろしいですか?」
「はい」
「かしこまりました。ドリンクバーは、カウンター横に御座います。ご自由にお使いください」
そう言って、厨房へと戻っていった。
「どうしてイカ墨パスタなの?ミートドリアって言ったのにー……」
―冒険してみた。食べたこと無いから、どういうものかと思って。
「ただの真っ黒いパスタだよー。海鮮系が全部駄目なヤスくんが、果たして食べられるかどうかは分からないけどね」
―それは俺も考えたよ。でも、イカ墨だから大丈夫だと思った。
俺は、もともと海鮮系の食材が大嫌いだ。アレルギーじゃない。食わず嫌いだとよく言われるが、何回もチャレンジしたさ。でも、食べられなかった。
小さい頃に、親から〆鯖を食べさせてもらって、あたった。その時の腹の痛みは、今でも鮮明に記憶として残っている。
「〆鯖にあたっただけで、海鮮系全部駄目になるものかなぁ……」
―意識の問題なんだろうがな。ちょうどいい機会だし、チャレンジしてみるよ。
そう言って、チャレンジしてみたのだが―――
―やっぱり駄目だ……。
海鮮系食材特有の、あの生臭さ。それを感じるだけで、記憶がフラッシュバックして、気持ち悪くなってくる。
「だからミートドリアにしとけばよかったのにー」
―まあ、頼んでしまったものは仕方ない。嫌でも残さず食べるさ。勿体ないし。
「偉い!偉いよ、ヤスくん」
チーが、俺の頭をわしゃわしゃしてくる。なんだろう、ちょっと嬉しい。でもその反面、若干子ども扱いされてるな、ということも考えた。
皿に盛りつけられた真っ黒なパスタ。見るからに食欲を削ぐが、ここで残してしまったら作ってくれた人達に申し訳ない。そう思って、無理矢理腹に押し込んだ。
―あー……。疲れた。
結局、パスタを完食するのに三十分もの時間を要してしまった。口の中には、まだ特有の臭みが残る。ドリンクバーを注文しておいて、本当によかったと思う。パスタ一皿に対して、ウーロン茶を五杯。飲み過ぎて、歩くたびに腹から水音がする。もう、あんなパスタ一生食べない。
「おいしそうだったのになぁ……。イカ墨パスタ」
と、羨ましそうにチーは言うけど、正直あんなもの人間の食べるものじゃないと思う。
―とりあえず、移動するか?
「うん!」
腹もそこそこ溜まった。時間はまだたっぷりある。俺はいつもの暇つぶしルートを歩き始めた。
俺がとりあえず行ったのは、駅から最寄りのゲーセン。暇になれば俺はここに来て、適当に時間を潰す。
チーがここに来るのは初めてではないから、別段驚いている様子も無かった。ゲーム機の配置も完全に頭に入っているし、俺がいつもプレイしているゲームに関しては、チーの方が上手いんじゃないかと思うくらい詳しかった。
―なんだかチーの方が上手く出来そうだよな……。
「そんなことないよー。指示するのは得意だけど、実際にやったらきっとヤスくんの方が上手いよ」
そこは経験の差、ということか。
「ねー、ヤスくん」
―ん?
「明日から旅に行くでしょ?だから敢えて今日、新しいゲームに挑戦してみるのはどう?」
―なんでまた……。
「こういう時こそ、でしょ?」
―そんなもんか?
「そんなもんなのー」
そう言うなり、チーはゲーセンの奥へと入っていく。どこへ連れて行く気なのやら……。
―……これって、ゲーム?まあ、ゲーセンには付き物だけど。
チーが進んで行った先にあったもの、それはプリクラ。小さい頃はスーパーの入り口なんかに置いてあって、良く撮ったりしたものだが、最近は無くなってしまった。ゲーセンなんかでは、基本的に恋人同士でしか撮れないという条件が付く。そんな制約の中でも、男子だけで撮ってみたり、友達同士で撮ってみたりということはある。
―もしかして、撮るのか?
恐る恐る聞いてみる。すると、チーは何も言わず、満面の笑顔。つまり、そういうことだ。
今回の場合、撮る相手は幽霊だぞ?自分には見えているけど、相手には見えていない。だから、撮った時に写るのかどうか、とても怪しい。というか、写らない可能性の方が高いのではないか。
そんなことを思っていたら、チーは俺の手を引き、プリクラ機の中へ引きずり込んだ。
―冗談だろ?
「チーと撮るの、嫌?」
と、泣きそうな声で尋ねてくる。俺はそれに逆らう術を知らなくて。
―いや、別に嫌じゃないけどさ……。
こう言ってしまうのだった。
「じゃあ撮ろうよ!」
―って、お金は俺持ちか。
「うん!」
まあ、いいか。どうせ、あと三ヶ月位はこの場所に来る事は無い。どうせなら記念に撮ってやろう。
そう思った俺は、黙って100円硬貨を二枚投下するのだった。
「ふふふ……」
―何だよ、気持ち悪い。
「だってー、本当に綺麗に撮れてるんだもん」
―まあ、最近のプリクラの技術はすごいからなぁ。
結果として、チーはプリクラに写った。どうしてかは分からないが、写ったのだ。それも、溢れんばかりの笑顔でもって。
「綺麗に写るんだねー」
チーは嬉しそうに出来上がったプリクラを見つめている。これだけの笑顔を見せてくれたから、200円の投資なんて安いもんか、と思った。
この後、いろいろ回ろうと計画していたのに、結局この場所だけで一日を過ごしてしまった。やったことのない色々なゲームに挑戦して、かなり楽しめた。これも、チーが居たからか。
天高く昇っていた太陽は、いつの間にか山肌へと消えかかっていて、いよいよ明日か、と旅への期待を煽った。