第89話 おいてきぼり
その報告をガンちゃんから聞いた時、私は対戦ゲーム中だった。
自分のあやつるモビルスーツが攻撃を受け沈むのを他人事のように見ていた。
さっきいなくなった王様が、本当にいなくなっちゃった。
チィちゃん、なんで?
なんで私がいない時に、2人で泡になっちゃうの?
私はそれを聞いた時、それ以外、不思議に何の感情も浮かばなかった。
現実には思えなかった。
「黒竜会の娘が、若頭を殺して死んだ。」
たったそれだけ聞かされたそれに、私は曖昧な表情しか返せなかった。
自分の前を何かが通り過ぎた、くらいの感覚。
大型テレビの画面はそのままうるさい音をまきちらしていた。
私はその日泣かなかった。
それから3日後、密葬も終えた黒竜会の事務所に私はガンちゃんとヨウちゃんに連れられてきた。
私には必要だと、皆が言う。
落ち着いているわよ、私。
そう言えば皆が首を振る。
「むかつくから、あいつらの気配を捨てて来い!」と言う。
出迎えた顔なじみになりつつあった組員はガンちゃんたちには距離を取っていたが、私には痛ましげな視線を送ってくる。
私と王様は、はたから見ても、ラブラブだったから。
事務所はがらんどうだった。
黒竜会のかなめの不在というのはこういうことなんだろう。
私はひっそりと用意されたであろう遺影には目をむけず、いつものようにチイちゃんの部屋に向かった。
チイちゃんの部屋は手つかずだそうだ。
理由は目をそらせて教えてくれないし、私がいくのを初めて止めようとしたけれど、私を止められる人間は誰もいない。
私はそっといつものようにチイちゃんの部屋に入った。
昏い昏い海の底の部屋。
いつもと違って空調ではごまかせない血の匂いのする部屋。
ベッドにそっと腰かける。
誰もいない。
人魚姫も王様も。
私はそこで初めて気が付いた。
2人はいないのだと。
ベッドに顔を伏せて、はじめて一筋涙がこぼれた。
そのあとは狂ったように涙が流れた。
いない、いない、いない。
いつものように、後ろからそっと抱きしめ、熱い腕で抱きしめる王様がこない。
楽しそうにくっついてくるチイちゃんがいない。
私の二人がいない!
私はベッドを叩いて、唇をかみしめ、それでも出てくる嗚咽をこらえきれず漏らした。
何で!何で!何で!
その時ドアをがちゃがちゃと鳴らす音が聞こえた。
嫌だ、入ってこないで!
ここは私と王様と人魚姫だけの場所。
私がドアに向かって怒鳴るのと同時に携帯が鳴る。
ヨウちゃんからだ。
「ドアをあけてくれ。傍にいさせてくれ!」
そう言うヨウちゃんに、私は、
「もう少しだけ、ここにいさせて。お願いだから。」
とかすれた声で答えた。
ドアをガチャガチャ言う音はしなくなった。
きっとドアの外で心配しているに違いない保護者ズを思う。
私は欲張りで、だから王様たちも欲しかった。
本当に欲しかった。
私だって馬鹿じゃない。
うちの保護者ズが私の初めて心から望んだ王様と人魚姫とうまくいくなんて思っちゃいなかった。
けれど、私の奥底には私でも制御できない何かがいる。
もし破滅に向かうとしたら、自分も一緒だと思っていた。
けれど私を置いて言った2人。
うつろに下をみると、そこだけ黒々とみえる場所がある。
私はのろのろとじゅうたんのそこの場所までいって手を触れた。
ごわごわするその黒い場所は、王様の死んだ場所だと何故かわかった。
私はそこに顔を伏せ、そっとその場所に舌で触れた。
何の味もしない。
私がそこに伏せてまた泣いていると、首筋に熱い感触がした。
懐かしい王様の唇。
足元にはチイちゃんの感触。
思わず目を開け体をおこす。
けれどそこには私の望んだ姿はなかった。
私が愛したといえる初めての人。
私が壊した愛しい人。
誰にも邪魔されずに、私は狂ったように泣いて喚いて、また泣いた。
誰にもその思いを邪魔されたくなかった。
例え私の保護者であれ。
そして、最後に私は微笑んだ。
貴方たちは、これで本当に本当に私だけの二人になったんだと、突然ストンと理解したから。
またくるね、そう言って私は部屋を出た。
部屋を出た私が真っ先に、この事務所をこのままそっくり欲しがったのは言うまでもない。
私はぽっかり空いた穴がふさがったのがわかった。
私だけの二人がちゃんといるから。
私以外いらないと言った2人が。