第86話 すれ違い
私は突然、ひどく哀しい声を上げる、聞いている私でさえ、たえられないような声をあげるガンちゃんを見た。
そして、畳をかきむしる鬼気迫るそれに息をのむ。
能面のようにみたことのない表情になったヨウちゃんは立ち上がったきり動かない。
そしてテイちゃんは子供のように、大声で泣き出していた。
どうして?そう思った私はヨウちゃんも涙を静かに流しているのを見た。
私は大人が泣くのなんて見たことはない。
バカな学園の子なんかが泣くのなんてしょっちゅうだけど、私はその涙を嫌悪でしか感じなかった。
こんなに哀しそうに泣くのなんて知らない、こちらもこんなに苦しくなる泣き声なんて知らない。
保護者ズを驚きでみつめていると、私の王様が私を一度ぎゅっと抱きしめて、やはり見た事のない怖い顔になって、私の耳にそっと囁いた。
「逃げろ。」と一言。
私を背後に押しやる王様の先に見えたヨウちゃんの目は、こんな目なんて見た事ないくらい、熱くて、その癖、震えがくるくらい冷えたものだった。
何故か胸がぎゅうっとなって、私まで泣きそうになった。
私は考えるまもなく聞いていた。
「何で泣いてるの?」と。
そう言った私をヨウちゃんは不思議そうに見て、そのあと唇をふるわせたまま下を向いた。
その時、ひどく張りつめた声が割って入ってきた。
「なあ、俺を、俺達を捨てるのか?」
そう言ってひどく激しい目でキョーちゃんが私に聞いてきた。
「捨てる?何いってんの?」
私は本当にわからなくてキョーちゃんに答えた。
「ふざけんな!」
そう言ってキョーちゃんは怒鳴り、初めて怒鳴られた私はびくっと思わず体を震わせてしまった。
そこへ、王様が懇願するように、「早く逃げろ。」と更に私を背後にやろうとする。
キョーちゃんが、そんな王様にぶっころしてやる!と叫び、瞬間で立ち上がりなぐりかかってきた。
王様はそのこぶしを腕でブロックし、そのまま二人で激しい殴り合いになった。
私は何が何やらわからなくて、とりあえずキョーちゃんたちにやめてもらいたくて、止めに入ろうとしたけど、いつの間にか傍に来たレイちゃんに体を抱きしめられて阻止された。
「透子、透子、」それだけ繰り返すレイちゃんに、止めて、2人を止めてよ!と私はお願いするけど、レイちゃんはどこかうつろな視線のまま、私に話しかけてくる。
「透子、イグアスの滝に一度連れて行きたいと思っていたんだよ。だけどみんな過保護でね、あんな虫や未知のウィルスがうようよの所、絶対ダメだと反対されてね。」
「ほんと、やっぱり連れて行けばよかったなあ。虹が、虹がね、あれが虹なんて思えないくらいすごくてね。」
クスクス笑うレイちゃんはどこか遠くを見ているようで、私の話なんか聞いてはいず、今その話し?ってくらい、わけのわからない話をしつづける。
私はテイちゃんやガンちゃんに頼もうと思って彼らをみると、視線だけでも殺せそうなほど戦う二人をみていた。
ヨウちゃんはヨウちゃんで、うっすらその唇に不可解な笑みを浮かべたままこちらを静かに見ていた。
もう何なのよ!
2人の、荒事の得意な男の、なぐり合う重いこぶしの音を聞きながら、私は切れた、久しぶりに切れた、泣きたいのはこっちだ!
「もう、何なのよ!キョーちゃんやめてよ!」
私はレイちゃんをふりきり、キョーちゃんに抱きついて必死に止めた。
キョーちゃんは抱きついた私に、その表情を一変させ、
「なあ、俺が嫌いになったのか?邪魔か?透子には俺はいらないのか?」
と暗い顔と声で問いかけてきた。
こんな、こんなキョーちゃんの声なんてきいたことない。
2人ともどんどんボロボロになっていく。
私は自分が泣きだしたのがわかった。
「何よ、何なのよ!みんなして、わかんないよ!」
「あなた達には、私じゃなくてもいいんじゃない!私じゃなくてもいい癖に!」
私はキョーちゃんを無視して、王様の胸に飛び込む。
私を抱き締める王様の目が、何故か悲しげだ。
どうしたの?私がその顔に手をかけようとした時、キョーちゃんの、ガンちゃんの、みんなの叫び声が聞こえた。
「俺には透子だけだ!」と。
それぞれが叫ぶ声が聞こえる。
私はきっ!と振り向くと、
「うそつき!あなた達には新しい赤ちゃんがいるじゃない!私じゃなくていいんじゃない!」
私は自分で自分の言った言葉に驚いた。
えっ?私、何を言った?
新しい赤ちゃんは、みんなも私との子だって喜んでいて、ユキちゃんなんか、もう生まれるまで、いや、そのあともつきっきり宣言だし。
もう、本当に生まれる前から、こんなんじゃ生まれてから大変そうだと、そう思って笑っていたはずが、私いま何て怒鳴った?
私でなくてもいい・・・・・。
ああ、そうか、私はうちの保護者ズに私以外の大事なものが許せなかったんだ。
はは、何だ、バカみたい。
私は王様に、キョーちゃんとやりあってボロボロに少しなった王様に強い力でしがみつく。
嫌、いや、全てが嫌。
王様には、チイちゃんには私だけだよね、お願いギュッとして。
しがみつく私に王様はまたあの悲しそうな顔で、私を優しく抱きしめてくれる。
そこにヨウちゃんの声がした。
電話をかけているらしい。
「ユキ、処分しろ!」
ただ一言、その言葉が私の耳に聞こえた。