第85話 慟哭
陽二視点②
その唸るような低くその癖、今まで聞いたことのない哀しみ溢れる、どこか人間とは思えない声が聞こえてきた。
思わずゆらりと立ち上がりかけていた俺でさえ、振り向いた声の主は高津だった。
高津はこぶしをにぎりしめたまま、畳に頭をつけて、哀しみ、絶望、全てをあらわす声をあげていた。
その声を聞いて、それは生き物としての原初の何かをゆさぶる声、人が出すとは思えない声を聞いた俺達は、自分が、自分たちもまた、涙を流していることに気が付いた。
俺は立ち上がったまま動けなくなり、赤子の時分は仕方なくしても、涙などあくびで出すくらいで、この自分の人生には無縁だと思っていたものが、高津の慟哭といえるそれを聞いて流れるのを不思議に感じていた。
宍倉も自分の頬にさわり、その手が濡れるのを不思議そうにして、そのあと、すぐ、くしゃくしゃの顔になって子供のように泣き出した。
礼司もまた、俺と同様、茫然として涙を静かに流していたし、恭弥は頭を抱えたまま肩を震わせていた。
ああ、本当に俺達にとって透子は唯一なんだと、現在まわらぬ頭でそう思い、胸の痛みは更にこれでもかと増していく。
痛い、痛い、何もかもが痛い。
そしてこの空気を吸うという単純な作業でさえ、とても苦しい。
思わず胸をかきむしると、下からこぶしを叩きつけているせいで、血だらけの高津と目があった。
いまだその喉からは慟哭のうめき声が聞こえるが、その血走った眼は俺に問うてきた。
「死にたい」と。
他の連中も俺を見ていた。
ああ、よかろう、その前に、この憎い男を俺達の前から叩き出して、その存在の一つたりともこの世に残してなどやるものか。
俺は透子を見た。
愛しい愛しい女を。
お前は俺達以外にはいらない、なあ、そうだろう?
俺達にもお前だけ。
ひどくシンプルな事だ。
それが、そのシンプルな愛が認められないというのなら、俺達でそのシンプルさを守らなければならない。
シンプルだけど、とてもとても深淵な底なしの愛を。
2度と邪魔な不純物がまじりあわないように、俺達の手でこの愛を守ろう。
大丈夫だ、透子。
俺たちがお前を苦しめるわけがないだろう?
優しくやさしく、お前を殺してあげるから、怖い思いはさせるまでもなく、一瞬で。
俺達もすぐに逝く。
悪いが俺達は地獄いき決定だ。
覚悟はいいか、お前の魂を、俺達でがんじがらめにして、共に地獄に連れて行くから。
もし神や仏が邪魔するならば、俺達は神や仏でさえ潰してやる。
離すものか!
死んでもはなしてなどやらない、なあシンプルでわかりやすいだろう、透子。
俺達の空気が変わった事に気づいた不純物が、顔色を変えて透子を逃がそうと動く。
それに体が自然に動いて奴を殺そうとした時、透子の声がした。
「ねえ、何で?何で泣いてるの?」
そう愛しい女の震える声が聞こえた。