第80話 かわいい子には
保護者ズ視点です。
「おい、詐欺師よぉ。」
俺は禎夫を下からにらみあげて、いまいましげに聞いた。
「あぁ!ナンだ!」
「ほんとにほんとだな!」
「何がだよ!うぜぇ!」
そう切り替えしてくる禎夫も機嫌がすこぶる悪い。
最近の透子の様子がおかしいことは、この俺でもわかる。
俺の機嫌など、あったのか?と言うほどに、俺の行く先々ではここの所、血をみない日はない。
昨日も組の事務所に行ってから、土木企業の接待とやらで高級クラブに繰り出したが、俺のあまりの低気圧ぶりに、プロ中のプロである女達でさえ、誰一人この俺に近寄れなかった。
昨日はまだましな方だ。
空気を読まないで近寄るものは、一般人であろうが女、子供であろうが、今の俺は容赦しねぇ。
俺はまた禎夫に聞いた。
「いつまでだ、いつまで我慢すりゃあいい。」
中国にいる陽二には、一応報告ずみだ。
透子の様子が変だ、と。
「おい、ホントに知らんぷりしてる方がいいんだな!」
「うっせーな、そっとしとくもんなんだ!」
これまたひどく物騒なものを漂わせて禎夫が答える。
「反抗期か?」
「反抗期だ!!」
陽二は礼司と上海で落ち合った。
宮廷料理の小皿の数々や、舞台では華麗なショーが客の目を楽しませていたが、2人はそれに見向きもせずに、酒のみを次々と飲んでいた。
「透子のガードの報告を分析しても、やはり最近の事だ。」
「例の居酒屋か?」
そう言う礼司に陽二は首を振る。
「いいや、俺が透子の事を見誤る訳はないし、お前も、だろ?」
「祭りか?」
そう聞く礼司に陽二は沈黙で答える。
あの後しばらくしてから、透子の目の奥に揺らぐ何か熱いものを、危うい色気のようなものを感じるようになった。
じっとこれまでのように透子をみつめているべきだったのかも知れない。
黒幡関係に復活したのは、もっともっと透子を守る力をより以上つける為だった。
あの豈までもいかなくても、あの豈に我々だけで拮抗する力が欲しかった。
2度と連れ去られる愚はおこさない。
それなのに・・・。
今透子に現在進行形で起きているのに、この中国にいなければならない皮肉。
噛みしめた唇からは血の味がした。
礼司はと言えば、暗い冷えた目をしながら、何事か考え事をしている。
「泣かすつもりか?」
そう聞けば、
「離すつもりも、俺達以外に欠片1つ渡すつもりはない。」
そう何を当たり前の事を聞く、とばかりにこちらを見る。
「お前こそ、俺達の中で一番恐ろしい男のくせに。」
そう言って俺を見る。
俺は酒のおかわりを頼みながら、
「幸弘がいれば大丈夫だと思ったんだが、あれはあれで透子バカのあまり、病院につめっぱなしだ。」
「で、高津達は何だと言ってきた?」
礼司が俺に問いかけてきたのは、さっき日本にいる高津に透子の様子を聞いた件だろう。
「・・・・・・反抗期、だそうだ。」
「・・・・・・・。」
俺達は、申し合わせたように脱力したまま天を仰いで酒を一気にあおった。
幸弘は黒幡総帥の作った最新鋭の設備の整った自分たちだけの産院で、心音のエコーを目で追いながら、愛しい透子の事を考えていた。
1人弱い心音におちいった胎児は、何の問題もなく普通の心音に戻りつつある。
妊婦には無理をしないよう眠らせている。
愚かな代理母は産後のきらびやかな未来の為、スタイルの維持を考え、無理な運動を隠れて行っていた。
それがどれだけ胎児の負担になるか考えもしないで。
悪いがこの女は、大事な透子の子供を危険にさらした罰を無事に出産を終えたら、その身で償ってもらおう。
出産後の死亡など仕方がないだろう?それだけの罪を犯したのだから。
初乳は大事だから、せいぜい出産後3日ほどは余裕をみないとな。
私は透子が初めてのめりこんだ千尋のカルテを手に取る。
ふん、母親と弟と共に一緒に殺されておけば良かったものを。
幼児退行のどこに透子のはまる理由がある?
わからない。
透子の欲しがるものなら、何でも与えよう。
けれど人間だけは認めない、許さない、耐えられない。
どうやってこの身の程知らずな子供には退場願おうか?
方法は幾らでもある。
ほら、一度激しい蕁麻疹を起こして点滴をしている。
アナフェラシーショックもいいかもな。
楽には逝かせてやるものか。
今、透子の傍にいられぬこの怒りの分も込めて、私は幾つものやり方をひたすら考えていた。
病院のベッドで恭弥は昏く物思いにふけっていた。
透子が嫌がるのを知り、この個室にはなんびとも見舞いにくるな、と言ってある。
それでも野心にあふれる男や女が高い見舞い品を抱えてやってくる。
その末路は宍倉や高津さんの所の若頭補佐に今回めでたくなったソウさんの所に売られて終わる。
未成年でなければ、本当に簡単だ。
密やかに行われるそれは気付かれることなく、ほらまた自分だけはと思うバカが、俺に近づこうとやってくる。
今も俺の側近に優しく腕をとられ図々しくもこの病室に入ってきた、かけだしのモデルだという女が二人、あれよあれとと言う間に連れ出される。
こいつらのこづかいにさせているので、そりゃあ扱いは優しいだろうさ。
何を勘違いしたのか、嬉しそうに腕をとられていく女には目もくれず、俺は透子の事を考えた。
鷹津さんは、あんなにも人を人とは思わぬ外道中の外道なのに、透子にだけは・・・・へたれになる。
俺の病室にやってきて、透子の事をどうすれば、と聞く俺に、マジで、
「あれは初めての反抗期だ!」
と堂々とのたまう高津さんに俺は初めて憐みを覚えた。
まさかの反抗期発言に、それを陽二さんにも報告したと聞いて、俺はどう説明したらいいか、いや説明していいのか悩んだ。
俺の部下の報告や病室に来てすぐ帰ってしまう透子の様子は、誰が見ても恋する女の姿だろう。
初めては初めてでも、恋の方だ、そう言いたいが我慢する。
この足では、それを知った高津さんをおさえる自信がない。
俺もまた抑える気がない。
全ては陽二さんの帰国を待つしかない。
透子、悪いが俺達はその恋を全力で潰す。
お前が2度とそんな気がおきないように、徹底的に、な。
陽二さんが今度作る3回目の鳥かごは、きっと堅牢な檻になるだろう。
透子次第では、本物の檻になるかもしれない。
けれどお前が泣いても喚いても俺達がお前を離すわけがない。
最悪、鎖につないでも。