第79話 覚悟②
風邪の熱で書くのは無理かなと思いましたが、頓服薬は偉大なり、で、更新しちゃいました。
私が保護者ズをにらんでいると、背後の気配が動いた。
そしてその背後の人間を見る保護者ズの視線は、苛烈なくせにそこに感情を乗せない静かなものだった。
すっと綺麗な動作で私の前に出た海の王様は、
「お招きありがとうございます。」
「高津組長には何度かおめもじさせて頂きましたが他の皆さまにはお初におめにかかります。黒竜会若頭藤堂始と申します。」
そういって綺麗に腰を折った。
海の王様が人間の男になった瞬間だった。
ガンちゃんがクイッとあごをしゃくるようにして、離れに向かって歩き出す。
同時にヨウちゃんが私に向かって手を差し出し、他のみんなはただ黙って私を静かにまた、あの感情の読めない目でみつめる。
私は手を差し出すヨウちゃんに、
「なんで!どういう事?なんで!」
と、叫んでその手を取る事を拒否した。
あの海での奇跡のような出会いから、ヨウちゃんの手を拒む日がくるなんて、自分でも思わなかった。
そんな自分に驚いたが、もう一人の自分は戸惑いつつもそれを納得していた。
海の王様でなくなった男が、陸の人間として初めてすっと私の傍に寄り私の手を握る。
私を見るその目は、昏い海の底のあの部屋と変わらぬひどく甘苦しいものだった。
そして私の目の前にいる力ある男達を前にして、それは徐々に強い色を浴びていく。
それは甘い未来を思い浮かべた男の眼差しではなく、私はこの陸に上がった男が既に自らを捨てる覚悟をしているのを知った。
うちの保護者ズがきつく見つめる中、私はぎゅっと藤堂という男の手を力を込めて握った。
ああ、チィちゃんと私と陸に上がった男と3人、海の泡になって消えていく。
私は全身が震える恍惚を覚えた。
チィちゃんも藤堂も決して私を裏切らない。
あの海の底の部屋で確信した真実。
チィちゃんを守ってきた海の王様は、感情というものを知らない壊れた男だった。
壊れた純真さで、黒竜会を支え、守り、長患いの組長にかわり、その使命のみで生きてきた。
その壊れている心を知らない男に悪い魔女は魔法をかけた。
チィちゃんがいて、私がいればいいのだと。
女というのはただ抱くだけの存在だと思っていた男に、唯一の守るべき聖域の隣にいつのまにか存在し、やがて初めて心をかき乱す私という女の感覚に戸惑う男に、私は甘い魔法の言葉を囁いた。
何度も、何度も、遊び半分本気半分で。
初めはからかうつもりだったから。
会うたびに、おろおろする男がおもしろかった。
でかい図体をして、ひどく威圧感があり雰囲気も男気にあふれていて、それなのに、私に落ちていくのが目に見えてわかった。
そして、壊れた心を抱えた男はあっという間に私に溺れていった。
けれど、ここで思わぬ事がおこった。
私が改めて壊した男は、私の大事なチィちゃんと同じ匂いがするようになった。
今度は私が溺れていった。
あの海の底の部屋は私達だけの秘密の部屋にかわっていった。
うちの保護者ズが初めて表情を一変させてギリッと唇をかみしめた。
私は私の握る手を見つめる保護者ズに声をかけた。
「何のために彼を呼んだかは知らないけど、私ぬきはやめてよね、と、いうか散歩の後はおいしいアイスが食べたいわ。前に食べたゆずがいいわ。」
そう言ってにっこりとほほ笑んだ。
背を向ける保護者ズの後をついて、私は私を全身で欲する男の頬をつないでない方の指でなでた。
その指にすかさず喰いついて舌でなめまわす男に嫣然と微笑みながら。