第75話 変化④
チィちゃんの部屋は全ての守りが徹底している。
電波と言う電波が通じないのは当たり前だしね。
防音もそう、もっと小さい時のチィちゃんが大声を出したり、あばれたりしたから。
そりゃあ、商売が商売だから、まっとうなテキヤ、香具師です、だけじゃすまない所もあるだろうし。
そこの事務所でどこからか子供の悲鳴とか聞こえたもんなら、ねえ・・・。
今その部屋のベッドを背にして、チィちゃんと私でしりとりしている。
しりとりにもならない言葉の掛け合いだけど、一つチィちゃんが答える度に、小さめのサンドイッチをその口に入れる。
食の細いチィちゃんに私は親鳥のように暇さえあればこうして食べさせている。
遊びながらだと食べてくれるから。
チィちゃんの部屋は窓がないかわりに、いつも徹底的に掃除されていて、いつ誰がしているのか不思議なくらいだ。
チィちゃんがその口をかわいくモグモグ動かしながら、ふと嬉しそうに私の背後の方を見る。
ギシッと音をたててベッドが軽く沈む音が聞こえた。
海の王様のおなりらしい。
さすがだ、チィちゃん、良くわかるねぇ。
私はチィちゃんの頭を、凄いね、と褒めながら撫でようとしたけど、ベッドの上から私を当たり前のように海の王様が抱きしめ邪魔をした。
私の耳元に低くかすれた声と共に吐息がかかる。
「何故昨日こなかった?」
私は答えない。
「・・・狂いそうだ。」
それにも答えない。
海の王様は私をきつく背後から抱きしめ、私の髪をすくいあげると、私のうなじに舌をはわせてきた。
ぞくぞくとするその感覚に目を閉じると、そのまま私を抱えあげ2人ベッドの上に転がり込む。
両手は狂おしそうに私の全身をまさぐり、確かめ、私に体をこれでもかと強く押しつけ、その体を激しくからめながら、狂おしい程の口づけの嵐が襲ってくる。
私の体はもみくちゃにされ、ベッドも激しくきしむ。
やがて激しい絶叫を私に口づけすることで押さえながら少しずつ王様は落ち着いていく。
激しくベッドが動いたことで、一緒にベッドに登ってきたチィちゃんは大喜びだ。
汗をひどくかいたので、ついでに3人でシャワーを浴びる事にした。
私はチィちゃんを優しく洗ってあげた。
シャワーを浴びた後、そのままベッドでチィちゃんはお昼寝タイムに入ってしまった。
つまらなくて、私が携帯のメールを確認していると、その携帯を取り上げて、海の王様は、表面から私に覆いかぶさり「抱きたい」そうかすれた声をだし、私をその大きな体で抱きしめてくる。
「無理、ね。」
私はその髪に指をからませながら事実を素直に言う。
うちの保護者ズとはそういう関係じゃないけど、それが不思議なほど濃厚な関係ではある。
まだ男を知らない、と不思議なほどには。
海の王様もそれを感じている。
その狂おしいほどの熱い嫉妬をギチギチと歯を噛みしめ、唇を噛み破るその血で持って私に伝えてくる。
その噛み破った唇の血を私は舌先でなだめるように舐めてやり、その頭を私の胸に抱えて慰めてあげる。
うちの保護者ズの持つ、その天秤がどういうものなのかはわからないけど、この海の王様の存在で、それがどう転ぶのか、私にはわからない。
海の王様は好きだ。
だって愛しい人魚姫と同じ匂いがするから。
私はまた私の体にすがるように覆いかぶさっている海の王様と、この静かな深海の底でまどろむ。
その乱れた前髪を優しく指ですくいながら。
私は少なくとも、無事ではすまない、そういう可能性があるうちは、海の王様も人魚姫も隠しておきたい。
いまはまだ一線はこえられない、こえるつもりもない。
初めはそれでいい、そういって私に千のキスをおくってきた海の王様。
けれど、日を追うごとに、その目で、その存在全てで、私が欲しいといってくる。
困った王様だ。
熱く舌をからめあいながら、お互いを見つめ会う。
もうじき中国から帰ってくる2人を思い出す。
私の思考がそれたことを敏感に感じ取り、それが気に入らないとばかりに、海の王様の口づけはより深く、その両手はより細やかに体をはっていく。
この海の奥底のこの時間を守るために、私は何をすべきだろう、と考える。
「俺の、俺のものだ。」
私を切なそうに見る海の王様の固い髪を抱きしめて、そのまま私の胸に顔を埋めむしゃぶりつく王様に甘い声をあげてしまう。
私の愛しい愛しい人魚姫の眠る姿を見つめながら、この混沌を手放したくないと思う自分がいる。




