第71話 邂逅③
事務所の中は異様な気配に包まれていた。
私は全身でもって「邪魔をするな!」と雄弁に語っていたし、あのあとソウとの電話を切って遊び始めようとした私の行動を、
「ふざけんな!」といい、阻止しようとした愚かな人間に、
「私が誰かは知らなくていいわ。その必要はないから。」
「けれど、チィちゃんと遊ぶのは邪魔しちゃダメよ。・・・わかるわよね。」
そう言った。
私が言うと同時に護衛の人間が待ってましたとばかりに、ありえない強さで彼らを次々に沈めていく。
目の前にいる藤堂とその腹心らしき数人を除いて。
そして、その藤堂は少しもそれらに頓着することなく、じっと動かず、私を、お嬢と呼ばれるチィちゃんを静かに見ている。
そこらにあるチラシで作った紙風船で私はチィちゃんと遊ぶ。
床には倒れたまま動かない人間や痛みにうめく人間、その他に聞こえるのは私とチィちゃんの笑い声。
「わたしチィちゃん」
そう言って遊び始めたチィちゃんと私の時間は、30分ほどでかけつけたソウとその部下達によって破られた。
藤堂たちはこの度の一連の騒動の主、高津組若頭の一人息子のソウを知っているらしく、血相をかえて
腹心らしき男達が身構える。
それを藤堂は目で制して座るよう促す。
それにすかさず私が声をかける。
「ダメよ、ソウ。お・す・わ・り。」
ソウは私の目を見てためらうことなく、そのまま私の遊ぶ足元まできて、きちんと正座をする。
それにコロやシロも嬉しそうに続けて私の足元に座り込む。
さすがにソウの部下達はできる人間が揃っていて、当たり前のように傍に控えている。
私は可愛いコロとシロの頭をよしよしと撫でてあげて、チィちゃんを手招きして、その手を取り、
「コロとシロ、可愛いでしょ?」
と一緒に頭を撫でさせて、コロとシロに言う。
「チィちゃんよ、これからはコロとシロはチィちゃんも守るの、わかった?」
そう言い聞かせる。
ソウにも「わかった?」と声をかける。
ソウは日ごろの彼を知るものなら、ありえない口調と態度で、
「ごめん、てば。悪かったってば。なあ、機嫌直して~。俺まだ壊したりない~。まだまだ足りない~。」
「路地裏はまだ許して、ね?」
そう言って私の好きなワンコに擬態する。
あんたは少なくても人間の範疇じゃ入りきれないし、それは知ってるよ。
「ここはダメ、他で遊んで。」
私が言うとブンブン首を縦にふる。
ソウの腹心の片岡さんが、どうやら既に和解の方向で話しを持っていっているようだ。
一方的に手を出したのは高津組のソウだけど、力のある方が正しい世界、どうやら黒竜会が詫び状と慰謝料を払うらしい。
それで万事おしまい。
私はコロとシロを相手に遊び始めたチィちゃんを見つめながら、私を本来の眼差しで、こんな目をする人間なんているもんですか、っていう無機質な目で計ろうとするソウに、わざともう一度目を合わせ、にこっと笑ってやった。
「ソ~ウ、誰が足を崩していいって言ったの?」と。
「え~、透子ってば、サドっ娘なの!俺のなが~い足じゃ正座なんてこれ以上無理~。」
「片岡~、ヘルプぅ~、俺透子にいじめられ中~。」
「俺、親にも厳しくされた事ないのにぃ~。」
そい言いながら口をとがらせて、さきほど一瞬お互いの中にあった緊張を忘れるかのように、いつものような会話を重ねる。
けれどお互いの眼差しは、それを裏切っていたけど。
そうよ、ソウお互い不可侵でいきましょう。
あんたは自分以外のものをいそいそ壊して今まで通り。
私もかわいいコロとシロの飼い主であるあんたと今まで通り。
何も問題ないわね。
話しが終わりそうな片岡さんに、
「片岡さん、全て元通りよ。元の状態で、ね。」
そう声をかける。
黒竜会は以前どおりの状態に戻る。
ただし詫び状と慰謝料を高津組に収める。
さあ、私もチィちゃんと遊ぼう。
コロとシロはもう帰るのかしら?
マナーにしている携帯は数秒もおかずなり続けている。
私の保護者ズの過保護ぶりに、帰ったらお説教だな、と覚悟を決める。
レイちゃんのが一番きついんだよな、ごまかされてくれないから。
ユキちゃんはあまりにも悲しそうに話されるから、私は最初からごめんなさい、と素直に言える。
キョーちゃんは、むっつり黙り込んで2日くらいは、そのブリザードに耐えねばならない。
ガンちゃんとテイちゃんは、軽く笑いながら話しをしてくる。
言ってくる事は監禁するかとか、いろいろえげつないけど。
ヨウちゃんは、何故か甘さが倍増して私を構い倒してくる。
ただ、今回はもう日付も変わろうとする時間だし、私の変化を何一つ見落とさない彼らに、チィちゃんの存在はどうなるのだろう?
私自身もわからないのに。