第70話 邂逅②
「お嬢!」
幾つもの声がそこかしこであがる。
女の子か、私は藤堂という男が初めて感情をあらわにするのを見た。
「守りのイサムはどうしたんです?さあ、もう遅い、上にお戻りください。」
一転して温度の感じる声をかける藤堂と、この部屋に詰めかけた男たちの心配そうな、困った顔を見る。
そろそろ厭きて、もういいか、と思っていた私はこの新たな登場人物に目を奪われ続けていた。
デレッと伸びたTシャツにGパンをはいた痩せこけた女の子の、痩せすぎているせいで、ぎょろりとバランス悪く大きく見える瞳は、今までみたどれよりも深い色を湛え、引き込まれるように私は思わず息を止めて見つめていた。
「あそぼ」
またその子が声をかけてきた。
そして浴衣をきた私の傍まで、本当に漂うようにきて、私の隣に腰を下ろすと、私の頬をさわりながら、ニコニコする。
どうやら私と遊ぼう、と言ってくれているらしい。
周囲のこれまた困った、という思わず出た反応に、いつもの私なら、ほら、素直じゃないから、何か一番嫌がりそうなリアクションを返すのだけれど、私はその子の顔を見つめ、ただ、見つめ続けた。
そしてその手に握られたままだったらしいキャンディーを私にくれようと、私に向かって、
「ん、」
と言って手を差し出してきた。
私の頬がべたつく気がしたのは気のせいじゃないらしい。
誰もどうしたらいいか動きが硬直する中で、私はまばたきを一度すると、ゆっくり口をあけた。
彼女の目を見つめながら。
自分の手に握られた半ば溶けたそれと私の顔をみながら、彼女はニコニコと笑う。
けれど手を開いたまま、その後のリアクションをしてくれないので、私は彼女の手の高さまで自分の顔を下げると、軽く歯と舌でその半ば溶けかけた物体と化したキャンディーをチロッと舐め、小さく歯ではさみ、彼女の目をみながら、それをゆっくりと口に入れた。
まるで教会で祝福を受けるように。
自分が今どんな蕩けた顔をしているか、それは私の目の前の藤堂の、私を見る色のついた眼差しを見なくてもわかる。
私の心からの充足は、この少女によって瞬間になされた。
何というのだろう?魂の片割れ?半身?今なら私はその言葉の荒唐無稽さを信じることができる。
私は壊れた自分のいびつさは認めていたけれど、それと共にある「飢え」が少なくとも初めて満たされた、そう感じた。
ソウが・・・もしこのままここで遊ぼうとするなら、ソウこそ私の真の敵になる。
私は彼女の手の平の甘さも舌でそっと堪能し、その甘さにうっとりと溺れながら、
「待っててね、私も遊びたいわ。ちょっとだけ我慢して、ね?」
自分でも半端ないと思われるどこまでも甘い声をだしながら、私は急いで電話をかけた。
そして電話口に出たソウに、今までで一番だろう極北の声で話しかけた。
「ソウ、貴女の望みは路地裏だったわね。今でも変わらない?」
と。
私は電話口で何かをわめくソウに、冷たい笑いを返す。
「すぐにいらっしゃい。すぐによ。」
ニコニコと私とあそぶのを待つ半身の頭を優しく撫でながら、私は凍りついた声でソウと電話を続けた。