第69話 邂逅①
そこで振り返って私が見たのは、数人のその筋の人間を引き連れた40前後の短髪のいかにもがっしりとした体が、そのダークスーツからも見て取れる「カシラ」と呼ばれた男だった。
「何を騒いでる。俺は自重しろ、と言ったはずだ。」
そう言って再び声を発する。
その重低音の声を、その感情の見えない眼差しの奥を見つめながら、透子は言った。
「あら、私ってば自己紹介した方がいいのかしら?」
無邪気に首をかしげながら、ガンちゃんが褒めた組織の上にいるらしい男を見つめながら言う。
「私が新しい魔法の言葉を教えてあげる、って言ってるのに、この人達ったら意味不明?なのよね。愚かだわ。がっかり。」
「ねえ、あなたはどうかしら?」
私はそこに這いつくばる人間に冷たい目を向けながら、その男を再び見つめる。
小娘の言葉に背後に控える人間が殺気立ち、それに呼応して私の護衛達が臨戦態勢に入る。
私を何の感情もない目で見つめる男が、背後の人間を叱りつけた。
バカじゃないみたいね。
「お話しできそうね。」
私を見つめた男は、
「事務所でいいか?」
とたった一言言って踵を返す。
私はそれに従い歩き出す。
優雅にお手本のような会釈をその場で立ち尽くす人間達にかえして。
その事務所は私が黒ユリの子たちと待ち合わせた駅の傍にある、こじんまりとしたビルの3階にあった。
その事務所の中は別段変わったところなど見受けられず、私がその男に続いて入っていくと、どこにいたのやらワラワラと大勢の人間がやってきて、こちらに物騒な眼光を向けてくる。
私はソファーに腰かけながら、出されたアイスティーをチラッと眺めてため息をついた。
時計を見ると既に夜の11時近い。
あ~あ、やっちゃったかな・・・まあ、とりあえずこちらをかたずけなきゃあ、ね。
男は黒竜会若頭藤堂と名乗った。
だから私も斉木だと名乗って、私の後ろにぴたっとついた黒幡の護衛を目で制する。
この目の前に座る藤堂という男が口を開いた。
「この日本では表立って行動はしていない黒幡の人間をはりつかせたお嬢さん、斉木さんと言ったか?いったい何のお遊びだ、と聞いていいか?」
その瞬間、護衛の黒幡らしき背後の気配が凶暴に膨れ上がる、思わず私の背筋も震えるくらいのそれ。
ふ~ん、さすがね、でも私がいないとこで、よろしく、だわ。
だから男って・・・またまたため息をつきたくなるのを我慢して、
「お礼がしたい、そう思っただけよ。今日の夜店とっても楽しかったの。本当にそれだけ。」
「え~と、取引先の銀行口座の消失、幾つかの焦げ付きに、あ、あとこういった事務所が3つだっけ?追いだしくったのよね。」
私の言葉にこの場の雰囲気が更に暗く重いものになる。
ここでかわいくテヘッってやってやろうかしらと、私の小さな堪忍袋がそろそろきれそうな気配に、現実逃避してみる。
ざわつく人間に私は初めて冷えた目を向けた。
自分でもわかるくらい冷えた目だ。
心の中で天秤にかける。
もうよくない?ここまで一応やろうとしたのに、この雰囲気は冷めるわ、もうソウの好き放題させちゃおうかしら。
それとも私がソウより先に潰しちゃう?それもありかも。
私からどんどんあの魔法の時間の効力がなくなりかけていた。
それを察したのか背後の護衛が膝まづいて携帯を私に渡してきた。
私はそれを見る。
そこに声が降ってきた。
「あそぼ」
と。
一斉に振り返った先には、ザングリ頭の中学生くらいの伸びきったTシャツとその目が印象的なひょろひょろと鎖骨も浮いてみえる男か女かもわからない子供がいた。