第61話 乱入⑤
気が付けば姉の碧だけが静かな、けれどはたから見れば、とても楽しい空間が出来上がっていた。
そして、私は、私をあの時のように睨みつけはじめた碧に、それこそが私の望みだとばかりに、心からの笑みを浮かべてみつめた。
姉の隣に座る純朴彼氏も、やっとその姉の空気に気付き、遅いよね、ほんと、私ならこんな彼女の気持ちに気づかぬ鈍感な愚かな男は願い下げだわ。
「碧、どうした?気分でも悪いのか?」
気分?そうかもね、確かに、ね。
姉の碧はそれを無視して、
「あんた、何のつもり?私が苦しむのが楽しい?今さらでしょ!」
そう私に向かって怒鳴った。
一瞬でし~んとなったテーブルで、戸惑うように皆姉の碧を見つめる。
「父さんにだって会いに来ないくせに、なんであんたがここにくるのよ!」
「なんで大輔と・・・。」
後は別に何か言ってるけど、聞きもしなかった。
おお、大輔君ね、名前だけでも今だけ覚えとかなきゃ、だわ。
どうしたの?と女友達に声をかけられ、彼氏の大輔君にも何やら声をかけられている。
そろそろ私もこの空間に厭きてきた。
さあ、猫の皮どころか、化け猫の皮にバージョンアップよ。
「お姉ちゃん、ごめんなさい、仲直りしたくて大輔さんにお願いしたの。」
「大輔さんも、お姉ちゃんのお友達も優しくて・・・・・ごめんなさい。」
私がうつむいて声を震わせると、ほらバカ男子達が、私に同情の視線と言葉をくれる。
それには首をふるふると振って応えず、隣に座る例のリーダー格の女子の服の裾をすがるようにテーブルの下でぎゅっと握る。
「仲直り?」
その女子が私と姉をみてそう聞いてきた。
私が答えずにいると、姉の碧を落ち着かせるように抱きしめていた大輔君が私の変わりに答える。
「なんか昔喧嘩して、そのまま妹の透子ちゃんは家を出たらしくてさ、ほら親父さんが入院しただろ?それを機にたった二人の姉妹だから、仲直りしたいって。」
「ほら、斉藤もいたろ?大学に透子ちゃんきた時頼まれたんだよ。」
斉藤と呼ばれた女子は、ああ、あの時ね、という顔をして私を見た。
私は彼女に頭を下げ、
「あの時は、」と話そうとして、姉の碧の怒声に遮られる。
「何よ!あんた大学まできたの!いつよ!いつ!なんで大輔に隠れて会うわけ?信じらんない!2度とあんたの顔なんかみたくなかったわ。」
「ずうずうしいわね、早く出て言って、2度と私に顔を見せないで!」
きつく私をにらむ姉に皆は驚いて、彼氏の大輔君は一生懸命なだめようとする。
「私に復讐のつもり?残念だけどそんなの気にしないわよ、私は!」
そう言って大輔君の手を振り払って、テーブルに手をつき立ち上がって私を睨みつける。
ふふっ、ここはうちの例のおどおど娘の真似っこで、と。
私がますます顔をうつむけ下をみると、ここにいる人間の空気が姉に対してひんやりとしてきたのがわかる。
「ご・・ごめんなさい、復讐とか、意味わかんないよ。私今とても幸せなの、私を大事にしてくれる人もいて、・・・だから・・・。」
姉の碧はその私の言葉を遮り、
「そう、幸せねえ、だったらその幸せのまま、こっちに関わらないでよ!迷惑だわ!」
「あんたっていつもそう、周りに大事にされていつも幸せそうに笑ってて!私はそんなあんたが大嫌いだったわ。お日様みたいなあんたが。」
「だから、あんたがもっと幸せそうに、本当に幸せそうにあいつとつきあうって喜んでいるのをみて、私はそれを壊してやったのよ。」
「どう?初恋の愛しの君を私に寝取られた気分は!あんたがいつそれに気づくかと、そればかり楽しみにあいつといつもいつも私のベッドでやってたのよ!キスもまだなあんたがそれを見て泣き喚いた時、ほんとにスッとしたわよ!」
その場の空気が更にシンとする。
姉はさすがに自分が言った言葉に気がついたようで、一瞬顔色が変わり立ったまま硬直している。
・・・だあれが殺したクックロビン~私は下にうつむきながら、頭の中で節をつけて歌った。
・・・そ~れは自分と言いました~。