第5話 何で?
親が何も言わずに仕事が忙しいふりをしている事に、私は心で別にいいのに、と笑った。
いつものように朝起きたらテーブルの上にはお金がおいてあった。
今はもう散策活動をやめてしまっているし、この夏休みは毎日陽二のマンションで好き勝手に過ごしているのでもう以前ほどお金は使わなくなった。
両親は私の目をみず話すから、だから私もよそを見てる。
そして親は毎日お金をこうしておいておく。
まるで、そのお金を渡すことで親であることを確認するかのように。
勿論、私も話すことをしないのが悪いのかもしれないけどね。
はたから見れば、ただの甘えてスネてる娘が親のすねかじりはしっかりばっちりしているという図だよなぁ。
馬鹿な子供にするその行為は親は自分が悪くない、そう安心する為の人に愚痴をこぼすための証明。
まあ、それほど当初の私は最悪だったんだろう、そう思って私は溜息をつく。
けれどたかだか14の恋なんて軽く言われたくなかったし、あれをなかった事にされたくなかった。
私には初めての、そして長く想い続けていた恋だった。
初めて人を本気で好きになったそれを軽く言われたくなかった。
だから母があの時、姉の肩を撫でながら、
「透子、あなたはまだ中学生でしょ、そんなのまだ早いし、ね、大丈夫よ。すぐに楽しい事で忘れられるわ」
そう言われ何もかもがわからなく、真っ白になっていた私にそう言った言葉は許せなかった。
姉の、娘の寝室で及んでいた行為は、あの時誰も触れなかった。
何もなかった、そう両親がしたがっていたけど、あの時私をにらむ姉の碧だけはちゃんと現実を私に教えてくれていた。
私も高校受験だけど、姉の碧も大学受験だ、最近顔をみないが、予備校とかで大変なんだろう。
姉は、うん、わからないけど以前にもましてトゲトゲしい、まあ私の人生には関係ない代表のような人だから今さらどうでもいいんだけど。
おかしい事に私の家族は私がもう平気になった、あの出来事に未だ囚われているみたいだ。
バカだ、としか言えない、時間は過ぎる、本当に容赦なく、いい意味でも悪い意味でも。
私は若く、本当に柔軟だ。
陽二のおかげで、この手にしっかりと私が生きられる世界を取り戻したから大丈夫だ。
もちろん砕けた以前の私は思い出せないくらい遠い人になった。
時々アルバムをみて、これはこの無防備に笑う子供は誰だ?と自分でも思うくらいだ。
私は陽二達が私以上に、高校についてあ~でもない、こ~でもない、とやってくれているんで、傍らでゲームをしたり漫画を読んだり、ちゃんと勉強もしたりと自由に好きなように生きて過ごしている。
そして何より、彼ら誰がみても大人で魅力あふれる彼らが私に溺れるほどの愛情を与えてくれている。
本当にひっきりなしに紡がれる愛情に嘘はなく、私はそれの海に浸り切りあの部屋に漂って生きている。
彼らは私といると幸せだと笑う。
本当に、まるで一つの生き物なのだ、私達は。
1日中おしゃべりをせずに静かに過ごす日もあるし、何やら馬鹿騒ぎをしちゃう日もある。
ゲームの対戦で、あんな大金かけるなんて、馬鹿じゃないかと言ったらガンちゃんが、
「あのなあ、透子、俺たちみてえな男にはな、はったりも大事なんだ。わかるか?できる男の条件の一つだ、覚えとけ」
そう訳の分からないこと言っては見たこともないような大金をかける。
でもね、肝心のそれがスマッシュブラザーズの対戦じゃあ、いろいろな意味で痛いし格好悪いと思う私だ。
ガンちゃん達は私に何も隠さず、必要とあればこの部屋で仕事をかたずける。
ガンちゃんとテイちゃんのおかげで、暗い昏いそちらの世界の片鱗を垣間見る女子中学生ってのもどうなんだろ?
少なくても私は、キャッチや諸々にひっかかる事はないと思うよ、おかげ様でね。
特にテイちゃんとこの話はえぐい。
そうか、水商売に入る女の人にもいろいろあるわけねえ、なんていらん知識もたっぷりだ、ほんといらん!
キョーちゃんは、早々と彼の信頼する人間を、ここに連れてきて私に紹介した。
ちょうどガンちゃんがいたものだから、彼らがすごく体も大きくて、むき出しの首や肩に入ってるチームのタトゥもかっこいいのに、ひどく小さくなっているのには悪いけど爆笑したな。
それで結局私が話ししてもいい人、何かお願いしても大丈夫な人が、そうやって次から次へ彼らから紹介されていった。
でもね、ガンちゃんとこの若頭さんや補佐さんなんて、どうして私が知らなきゃいけないんだろう、理解できないよ。
そんな感じで瞬く間に中学最後の夏休みが終わるころ、課題の忘れ物をした私がそれを取りにヨウちゃんに車で送られて家にもどる時、それが見えた。
いつも帰りが遅いせいで、危ないからと家まで堂々と車で送ってもらうんだけど、いつものように車で来たとき、うちの家の傍で姉の碧と、大学入学とともに家を離れたと聞きたくもないけど学校の噂で聞いた、隣の家のあの人が一緒にいるのをみた。
何か話ししているようだったけど、あの裸でお姉ちゃんといた、あれ以来見た事もみたいとも思わなかった人を目にした途端、私は急に体が固まってしまった。
何なんだろう?これは。
もう何とも思ってないはずの、いや、それどころか目に入れるのも、思い出すのさえ自分の人生から追い出したはずの男なのに、何故姿をみただけでこんなになるのか、と心が荒れ狂った。
そんな私をいぶかしげに見たヨウちゃんが、すぐさま車をそのまま走らせマンションまで戻ってくれた。
笑わなきゃ、話さなきゃ、そう思うのに心が、体がいう事を聞かない。
悔しくて悔しくて、もう1年以上たっているのに、私を無様にするこの感情が許せなくて、自分の手を爪でぎゅっとして、それでもダメで混乱する私を、マンションのソファに座らせ、ヨウちゃんがガンちゃんがテイちゃんがキョーちゃんがかわるがわる抱きしめてくれる。
それでも強張ったままの私を、顔色の悪いだろう私を心配して、病院に勤務中のユキちゃんを呼んでくれたらしい。
それこそ白衣のままユキちゃんが心配そうに私の脈拍や目の色をみてくれた。
私はヨウちゃんに小さな声で、あのピンクのジャンバーが欲しい、って頼んだ。
急いでクローゼットから出してくれた、あのけばけばしいジャンバーを抱きしめて、私はソファーに寝転がった。
なんで、なんで!こんなの嫌、絶対いや、なんで私は逃げたんだろう、逃げるなんていや!
きっとみんなにも聞こえるだろう唸り声をあげて私は自分にひどく怒っていた。