第56話 学園にて
はぁ、落ち着くわ。
この黒ユリ館の代表室のカウチに寝転がって、ぼけーらとしている幸福。
アイスティーとクッキーやシュークリームの差し入れをおいしくいただいた後はなおさらね。
反対側のソファーでふんぞり返って寝ているバカ、もとい、理事長のソウは無視して、私の足元に座り手作りのムーミンの塗り絵で遊んでいるシロとコロを愛でる。
夏季休暇目前で、いろいろやることがあるだろうに、ソウはいつのまにかこの黒ユリ館の私の部屋に堂々といる事が多くなった。
初めてソウがここに足を踏み入れた時は噂の理事長様だから、下の階にいたメンバー達は大騒ぎしていたが、今は何やら誤解して、生ぬるい目でみてくる。
ソウはもう学園の理事長に飽きていて、根っからの裏側の人間らしい仕事に戻りたがっている。
けれどロシアの事業・・・あれらを事業と呼ぶのも何だが、あれらは既に自分が育てた人間達で軌道に乗っているし、バカロンがバックについた事で、当仁会に、実際は高津組に逆らうバカもいず、かといって理事長に就任早々、挨拶にきた人間のほとんどを1、2週間の内に気に食わないという理由で潰してしまったので、ここでも自業自得?ってことで、現在まっとうな学園理事長としての仕事しかなくなってしまった。
それでソウいわくトラブルメーカーの私の所にいて、そのおこぼれで遊ぶつもりでいるらしい。
失礼しちゃうわよねぇ、まあ、この間も香蘭相手にやらかしたた私が言うのもなんだけどさぁ、トラブルは向こうからくるのよ、私のせいじゃ、これっぽっちもないと思うの。
それが空振りでも、ソウがここに入り浸る事で、ガンちゃんの怒りをかい、理事長職を退任できたら、それこそ万々歳なんだそうだ。
指の一本や二本、この退屈に比べたら安いもんだと、せせら笑う。
なにしろ、ソウの夢はどこぞの路地裏で「何だこりゃあ。」って叫んで死ぬことなんだって。
シロとコロのムーミンの事言えないよね、昔の刑事ドラマで亡き名優が言ったセリフにあこがれてるんだって。
何で私がその刑事ドラマ知ってるかって?
この部屋でその昔のドラマ、その俳優さんバージョン何度も見てるからだよ、誰がって?もちろんソウがよ。
自然見ていなくても耳から覚えちゃったわよ、私。
何なんだろう?夜の世界で生きる人って、ある意味萌え系?凝り性?人間ばかりなのかしら?
私の周りの男達の顔を思い浮かべつつ不思議に思う。
まあ、そんなわけでソウいわくヤバい事に飢えてる自分に、一刻も早くそれをくれそうな私の傍を離れたくないんですって。
いい迷惑よね、でもシロとコロがヨウちゃんの手作り塗り絵でこうして喜んでいる姿を見るのは癒されるから、善しとしよう。
塗り絵のクレヨンの色が、黒とか黒とかそこに赤とか上塗りして、ムーミンもフローレンもひどく不気味なのはスルーの方向で・・・。
そんな風に夕方まで時間をまったりと過ごしていたら私の携帯がなった。
あの姉の純朴彼氏専用携帯からだった。
私がどんな顔をしたのか知らないけど、私の顔を見たソウは、寝転がっていたソファーから起き上がり私の予備の携帯から聞こえる声を一緒に聞こうと寄ってきて、それはそれはあくどい冷えた目をして笑ってこちらを見た。
ほらな、っていう顔をしながら、私の携帯に目をやる様子は、まるで毒蛇がかまくびを持ち上げたかのようだった。
あんた一緒に来る気満々でしょ?やなんだけど。
私はソウを睨みつけながら、クチパクで言った。
(私のエモノ)と。
ソウはニヤリと笑い、耳をあて聞こえる声からの場所を声に出さず復唱し、せっかく楽しく無邪気・・・うん、無邪気なはず、遊んでいた足元のシロを蹴とばして車の用意を命じた。
「突然だけど、さっき飲み会やろうってなってさ、気の合う友人たちのだから、透子ちゃんもよかったら気兼ねなくおいでよ。ジュースを飲んでればいいからさ、それともやっぱ居酒屋は非常識だったかなあ。」という問いかけに、声は無邪気な女子高生のようにかわいく大丈夫だと、是非参加させてとお願いし嬉しそうに答えながら、しかし目ではソウときつくきつく対峙していた。
結局折れたのは私だ、確かにソウに少し息抜きに遊ばせなきゃ、こいつ嫌がらせに学園に何を持ち込むかわからないもの。
この間、お嬢たちを売りにした売春組織つくろっかな、とか新しい合成麻薬試したいなぁやら、何気に本気で言ってたもん、ソウ。
私がいる間は、そんなめんどうな事させません!私何度も言うけど面倒はきらいだから。
どうせ制服着替えに戻んなきゃいけないし、私はコロの頭に手をやって、塗り絵の手を止めさせ、私を嬉しそうに見るコロに、・・・うん、そのスナフキン塗ったの、ヨウちゃんには見せちゃダメだからね。
ヨウちゃんマジでスナフキンに関しては余裕ないから、心のシショーだからね、ヨウちゃんの。
そんな本来なら緑の帽子についている羽飾りが、おどろおどろしい黒で、どうみてもそれって出刃包丁が刺さってるようにしか見えないし、ましてスナフキンの服からあふれる赤のクレヨンはどっから見ても血が噴き出てるようにしか見えない。
不思議だ、あれだけ毎日見てるのに、何でこれ?この色?
これ絶対隠さないと、コロ、ヨウちゃんにやられちゃう。
私はコロに、その塗り絵ここに置いとこうねって優しく言って、シロに家に向かうからって行き先を伝えてきてって伝言をお願いした。
シロ舌切り取られてしゃべれないし、この2人どうみてもコミュニケーションとってるように見えないのに完璧に意志の疎通ができるのよ、これこそ不思議よね。
私は今から物騒なものダダ漏れさせてるソウに、「漏れてる、漏れてるよ、隠して。」と言いながら下に向かった。
階段下りる時「お前もな。」って返事は聞かない方向でスルーした。
こうして楽しみだった乱入計画に予想外の困ったちゃんがついてくることになった。
私は路地裏で野垂れ死に希望の、自他とも認める暗黒の天才とこうして居酒屋にいくことになった。
何がおころうと、私のせいじゃないよね。