第50話 乱入
7月に入ってすぐにある定期考査もやっと今日で終わり。
クラスもそして学園全体もどことなく浮かれているのはしょうがないよね。
頑張りましたよ、ええ、本当に。
私は白鳥になりました。
水の上を優雅に漂っていると見せかけて、水の下は勢いよく頑張って水を掻いているというあの白鳥に。
ゆったりと黒ユリ館で遅くまでいつも通り過ごしながら、家に帰ればエステ以外全てキャンセルして必死に勉強しました、頑張ったよ。
上位のみ発表されるテストの結果に名前が入ってなきゃ嫌だし、それに夏休み前に行われる全国模試の成績の為にも、うちの昼組みの奴らを家庭教師に総動員して、頑張りましたとも。
うん、やっぱ私って見栄っ張りなのだと再確認しました、どう?素直でしょ。
驚いた事にはね、同じように相手しないとすねる夜組みにもちょこっと勉強手伝わせたんだけど、テイちゃんとガンちゃんは、うん、少しはましかもと相手にした私の時間を返してよね!だったけど、何とキョーちゃんの数Ⅱのやまかけパーフェクトだったのよ、信じられないでしょ。
キョーちゃんごめんなさい、バイクやケンカ、それに人身売買以外の得意技があるなんて夢にも思わんかったのよ私。
まあ、そんなサプライズもあったけど、必死に頑張ったおかげで学年で成績ベスト10入りは確実だと思うのね。
そこで私はとても機嫌よくテスト終了後の楽しい午後の予定をたてたの。
車を正門の少し先に止めさせて、私は運転手さんに待っていてもらって護衛の二人、今日はヨウちゃんとこの範さんと王維さんという、普通の人にはどうしても見えないんですけど、きっぱりと無理、その大人しめなスーツを着ても意味ないですよ、とても残念だよ、という二人を連れて、姉の通う国立大学まできた。
うちの黒ユリメンバーの子のリサーチ会社で調べてもらってもよかったんだけど、うちの保護者ズが面倒な事にならないよう、みんなにオープンになるようにレイちゃんとこに調査をお願いした。
それでね、ガンちゃんなんか「壊すの手伝うかぁ」だって。
失礼しちゃうよね、私まだ壊すかどうか決めてないのに、っていうか私壊し専門みたいじゃない、その言い方。
それで、と、あ、いたいた、目標発見、第三教室から出てきたのを捕獲だ、捕獲。
うん、そりゃあ驚くよね、会うの2度目だし、初対面あんなんだったし。
「こんにちは、大輔さん。ちょっとお話したくてきちゃったの。」
そう無邪気に微笑むと、周りにいた友人たちが、私をぎょっとしたように、次にまぶしそうに見てくる。
たかが制服姿と侮るなかれ。
ほとんどこの制服じゃない?私達高校生って。
だからこそ髪型やリップや仕草にとても神経を使って自分をより美しくみせる努力は惜しまないでいるの、みんな同じ格好だからこそ、やりがいがあるのよ。
一緒にいた友人だろう男の人は、にやにや笑いながら大輔さんに肘鉄をしかけたりして、おい、おまえ~って雰囲気で。
そして女の友人はあからさまに私に警戒している、何なの?この子、って感じ。
「定期テストが終わったので、ちょっと話をしたくてきちゃったの。ごめんなさいね」
本当に無邪気に害はありませんよぉ、って感じに繰り返し話しかけた。
大輔さんとその友人たちにもついでに安全性をアピールする。
うん、後ろに控える二人は・・・無視の方向でよろしく。
ちゃんとこの後1限コマがあいてんの知ってるもんね、きっちり調べてあるのよ。
大輔さんは、戸惑っているようだけど、まず周りの友人たちに私を碧の妹だと紹介して、冷やかす男の友人たちを黙らせた。
女の人たちはそれを聞いて、碧の妹かと急にフレンドリーに私に話しかけてくる。
ばっかみたい、そう思ったけど、ニコニコして当たり障りなく挨拶して彼らとは別れ、大輔さんを促して外のベンチに向かう。
姉の碧は大教室のはず。
私を何で来たんだろうと不審げに見る大輔さんに、淡々と事実のみを話した。
姉たちとは殆ど音信不通状態で、この間みたとおり仲は良くないのだという事。
けれど何故か急に姉がどんな感じで過ごしているのか知りたいと思ったから、ここに来てしまった。
直接姉に会っても、今までが今までだから、うまくお互い話などできそうにないから、彼氏である大輔さんに会いに来てしまった。
迷惑だとは思ったけれど、と謝りながら、それにまた会えるかもわからないし、と。
不器用なんです、私も姉もって感じをアピールしながら話を聞いてもらった。
見知らぬといってもいい、碧の妹と言うだけの存在に戸惑っている彼に対して、私はこの間の空気を忘れさせるのに専念して、注意深くこの男の中での私と言う存在のあり方を軌道修正した。
ただ、ほんの少しボタンを掛け違っている姉妹という感じに受け取られるように話をした。
そうして、しばらく話し込んで別れる時、彼は言った。
「ちょっとお互い気持ちの伝え方が下手なだけなんだよ、たった二人の姉妹なんだし、お父さんの病気は悲しい事だけど、お父さんがくれたチャンスだと思って何とか仲直りができるよう、俺もできる事があったら手伝うよ。改めてはじめまして、よろしく。」
私はガンちゃんに新しく買ってもらった、この男専用にする携帯を取りだしメールと番号の交換をした。
「じゃあ、わざわざお姉ちゃんとのデートのときには悪いから呼ぶことはないからね、でも何かもう一度話せるようになるきっかけがあるときはお姉ちゃんに内緒で私も呼んでね。お願いね。」
そう言ってテイちゃんお墨付きの、心を蕩かすような、それでいて無邪気なあやうさを持つ笑顔を安売りし、ついでにその腕に可愛くそっと触れ、一気にこの男が持つ私の立ち位置をきちんと重さのあるものに変えて別れた。
いやあ、実際もう、限界だったからマジで。
ほら、最近表情がわかりやすくなっていたし、万が一にでもひどく冷めた目になる危険があるし、何より私がこの単純バカ、もとい、純朴王子と一緒にいるのが一分たりとも耐えられなかったからね、ホント限界でした。
セカンドラブの目標は、しっかりと黒いちょっとだけ純粋王子に修正しました。
ただの純朴王子って自分が耐えられないってわかったから、いやぁ、これが「百聞は一見にしかず」って事だね。
やっとこさ息をついた帰りの車の中で、早速あの純朴王子からメールがきた、はぁ、これが誠実って奴?やっぱり私にはいらないなぁ。
姉の碧とうまくいくよう、できるだけ協力するからよろしく、そんなメールだった。
ふふっ、何で大学にわざわざ行って、それも自分が出てくるのを待ち構えていたのか、疑問にも思わないんだね、早死にするよ、君、時と場所によってはね。
私はそれをみながら、この夏休みは姉の私生活にきっちり乱入してやろうと黒く笑い、私が現れたら、あの姉がどんな反応を返すか楽しみだとまた小さく笑った。
ばからしい、本当にばからしい遊びの始まりだ。
けど、そんな事もたまにはいいよね。
うん、いいはず。
頭にはまたマザーグースの詩。
「だ~れが殺したクック・ロビン。」
「そ~れは私と雀が言った。」